第5話 劉凜風は事故死じゃない。殺されたんだ

 ドンドンドン、ドンドンドン――。

 断続的に何かを叩くような音。その音は徐々に強さを増している。僕はドアの隙間からリビングをのぞき込む。明かりは消えているし、誰かがいる気配もない。ドンドンと物音だけが響いていた。

「っせえな、何だよマジでよぉ!」

 陽も寝室から出てきた。電気を点けると、ビール缶が転がったリビングが浮かび上がる。

「誰だよ、何時だと思ってんだ。ああ?」

 物音は玄関から聞こえる。正体はドアを叩くノック。上品なノックではない。鉄槌を叩きつけるように激しく殴っている。

「吵鬧! 是近處麻煩吧!」

 陽が何やら怒鳴る。きっと「うるせえ!」のような荒っぽい言葉だろう。するとノックがぴたりと止んだ。

「請……開。有話」

 女の声だ。それも若い。僕は「……何て言ってんの」と尋ねる。

「話があるから開けろ、ってさ。なまら怪しいべ」

 陽はドアに向かって「帰れっ!」と怒鳴った。

「困ってるんじゃないのか。話くらい聞いてやっても良いんじゃない?」

「ここは日本ほど平和じゃねえべ。夜中にアポなしで訪ねてくる奴なんて、ロクな奴じゃねえよ。強盗かもしれないし」

 特に夜の龍山寺周辺は危険らしい。

「そんな危ない場所に女の人だよ。助けを求めてるのかもしれない」

「そもそも、こんな時間に女が一人でウロついてるのがありえない」

 ありえない。それなら……まさか。

 ふとスマホの画像を思い出した。凜風の儚げな微笑み――、あの遺影――。僕の背筋を冷たいものが駆け上がった。

「もしかして、さ。幽霊」

 まさか凜風の幽霊が。

 ドアの向こうから「拜託您了。請開」と、すすり女の泣く声が聞こえる。

「バ、バカ言うなって。幽霊なんているわけねえべ!」

 そう言って陽は再びドアに怒鳴る。

「お、お、お前は何モンだ!」

 かすかな間を開けて、女の声が返ってくる。

「我是……劉凜風――」

 私は……劉凜風です――。

 僕にも聞き取れた。その瞬間、僕の膝は力を失い、崩れ落ちそうになる。鳥肌が肩から指先まで駆け降りた。

 そんなワケねえだろっ! と陽はドアを激しく蹴る。

 本当に劉凜風の幽霊なのか。位牌結婚した僕をあの世へ連れて行こうというのか。僕は両肩を抱えて震えた。

 すると陽は「えっ、マジか?」と蹴るのを止めた。ドアスコープを覗いた陽は「よし、ちゃんと足はあるな」と深呼吸する。

「安心しな、少なくとも幽霊じゃねえべ」

 陽は手のひらを返したように易々と鍵を開ける。

 ゆっくりドアを開くと、黒髪の女性の頭が見えた。若いというか、どこか幼さも残っている体つき。細身のTシャツにロールアップしたジーンズ、足下はアディダスのスタンスミス。

「夜間訪問抱歉。我是、劉凜風――的妹妹……欣怡」

 細くて澄んだ声。彼女はじっと僕を見据えている。僕が「え、何て?」と顔をしかめると、陽が訳してくれた。

「彼女は劉凜風の妹、欣怡シンイーさんだってさ」

 凜風には桃園市の大学に通う妹がいると聞いていた。結婚式の日取りがあまりに急だったために間に合わない、という話だったが。

「凜風さんの妹が、こんな時間に何しに来たの」

 欣怡は息を整えながら話し始める。何を言っているか分からないが目が必死だ。すると陽が「マジかよ」とこぼした。

 陽はこめかみを指で叩き、大きく息を入れ替えた。

「とにかく、この子が言った事がホントかどうか分かんないけど、そのまま言うからな。信じるかどうかは晴人が決めろよ」

 そして陽は欣怡を一瞥してから言う。

「劉凜風は事故死じゃない。殺されたんだ」

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