第50話 誰かが出した極論と結末
気が付いたら警察署にいた。
長椅子に座ってボーっとしてた。
きっと、どれだけか時間は過ぎていると思うけど、長かったような短いような不思議な感じ。
ちょっと現実感もない。
真っ青になって、魚を抱えた一樹がやってきた。
おお、イワシだ。青い顔して、青魚を抱えてって、面白いか? 面白いよね。
だめだ、思考と意識が変。
また、私は人が刺されるところを見てしまった。
さっきから婦人警官さんがよりそってくれるけど、一樹が来たら、私の横を開けて、一緒に座る様に促す。
直塚は、あの後、すごい雄叫びを上げながら私なんて無視して、白井先生に襲い掛かっていった。
その叫びも、悲鳴にも似た嗚咽は、全部頭に残ってる。
「一花は俺の事を好きになりかけてるって嘘いいやがって!」
「何が俺を気にかけてるだ!」
そんな事を叫びながら、ざくざくと白井先生を刺した。
それほど長い刃物ではないが、近くの100均に売ってるものではあるが、それでも、人一人を重体にするには十分だったようで、今、白井先生の意識は無い。
出血性ショックって話らしい。
このまま血が止まらないと命に係わるって話らしいの。
白井先生に体を預けて、何度も何度も刺し続けた直塚先生は、自分の体も返り血で真っ赤にしながら、
「すまんな、数藤、今、噓つきは懲らしめてやる、せめてお前が安心していられるようにしてやるからな」
何を言っているのだろう?
普通に授業中みたいな、さわやかな笑顔だった。
走り方のコツを教えるみたいな、血しぶきの張り付いた笑顔でそう言って、、ようやく駆け付けた警察官には、
「いや、あいつ、まだ死んでおらんでしょ? 私は正しい事がしたいのですよ」
って、手錠とかで拘束されながらそんな事を言ってた。
きっと、直塚先生は私を傷つけるつもりなんてなかったと思う。
あの白井先生だけを、その関係性なんてしらないけど、自分をだましたであろう彼を殺傷する事だけを考えていたのだと思う。
「大丈夫かよ、一花!」
ああ、優だ。
すごい心配してる。
「うん、わたしは大丈夫」
って言うんだけど、そういって目の前に立つ優にね、安心させたいのだけれども、立ち上がって、さあ帰ろうって言いたいんだけど、足に力が入らない。
膝がね、笑っちゃるくらいガクガクするの。
「立てるか?」
って言って優の差し出す手を取る私の手が震えてる。
腰が上がらない。
変な力の入れ方になるけど、そのまま一樹の置いた手がね、腰と肩をそっと下に押して、
「無理しなくていいよ、一花、ずっと座っててもいいから、一緒にいるからね」
囁くみたいに言ってくれる。
そうだね、私はこの結末を最後まで見届けないといけないかもしれない。
寄り添ってくれる一樹は、安心してって感じの笑顔を私に向けてくれる。
でもちょっと顔色が悪い。
私を心配したせいもあるけど、きっとあの時の事を思い出しているってわかるわ。
自分だって、今の常態なら、あの時の事件がフィードバックしているのに、私に優しくしてくれるの。
もっとも、今日の私は、あの日の一樹ほどではないと思う。
でも、笑っちゃうくらい、この事件の衝撃は自分を病みさせてる。
しっかりしないと。
私を抱きしめるでもなく傍に寄り添ってくれる一樹。
そこに警察が来てるんだけど、きっと私に状況を聞きたいのだとわかるけど、決して無理やりには尋ねてこない。
あとで聞いた話だと、もう犯人も現行犯だったし、状況のすり合わせについては、目撃者の常態を見て、可能ならって事らしいの。
こうしている今、私は私の現状を踏まえて、今日起こった事件を考えてみるの。
避けられなかったかなあ?
でもね、これからわかることだとおもうけど、私としては白井先生の自業自得って思うのよ。
どんなに異なる考え方でも、誰かを不幸にしてしまうような情報は、嘘は、やはり控えるべきなのよね。
でも、何で直塚先生、私が自分を好きって考えられたのだろう?
男性の恋愛観ってわからない。
絶対にそんなことにはならないのに。
白井先生の嘘で私に好かれているって考える直塚先生は幸せだったのだろうか?
でなきゃ、あんなに強く抱きしめたりしないよね?
ボーっと考える。
一樹と優を見る。
…………………?
あれ? 翔は?
って思って、どっかにいるのかな?
そんな私の様子を見て、一樹が、
ひとまず半分、家の冷蔵庫に入れに行ってくれたらしい。
一樹はそのまま袋かつい来てるのにね、魚の鮮度を優先したのか。
やっぱり、翔ってどっかズレてる。
心配されてない私を自覚すると、不思議と体に力が戻ってきたような気がした。
うん。
帰れる。
一樹の担ぐ袋の中のイワシも心配だし、帰ろう。
その晩の学校の連絡網からの言葉で、白井先生が亡くなった事を知った。
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