第27話 九郎義経『院の悪行』極まれり。
建久元(1190)年5月 奥州平泉高館 衣川館
九郎義経 (32才)
先月、文治から建久に改元がされた。
改元の理由は、陰陽道でいう厄年の一つである『三合』のためである。
三合とは、暦の上で大歳・太陰・客気の三神が重なることで大凶となり、その年が、天災、兵乱などが多いというので、祓うためとか。
まったく改元に莫大な費えを使うなら、災害に備え、兵乱の起こらない政をせよだよな。
のんびり出来そうで出来ない俺の下へ、不快な報せが届いた。
また、院が謀略を企んだのだ。此度ばかりは許されぬ所業である。
俺は、史実の崩御まで2年あるが、後白河院に退場をしていただくことを決断した。
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【 後白河法皇side 】
後白河法皇は、安徳天皇と共に持ち去られた神鏡剣璽に苦心していた。
神鏡である八咫鏡の実物は、伊勢神宮の内宮にあり、宮中三殿の賢所には形代が保管されている。
草薙剣の実物は、熱田神宮にあり、皇居の『剣璽の間』に形代が保管されている。
八尺瓊勾玉のみ、実物が『剣璽の間』に保管されている。
とされるが、歴代の帝はおろか誰も見たことがないのだから、形代を作るのでさえ、容易なことではないのだ。
三種の神器を取り返さねば、鳥羽上皇の践祚もできぬ。都の帝の不在が続くのである。
しかし、平家追討を命じたくても、頼朝も義経も父の義朝が朝敵となっていることを理由に拒否しているし、ましてや、帝は平家のもとにあるのだ。朝敵はこちらになるのである。
そしてついに、後白河院は禁じ手を使った。
甲賀の志能便に安徳天皇暗殺を命じたのだ。
九条兼実の内覧をくぐり抜け、近臣の一人に密かに命じて、手配りをした。
院の近臣から配下の者へ、さらに暗殺などの裏仕事をする下賤の者へ。そして甲賀の志能便の一家中へと、依頼は引き継がれたのだ。
だが、依頼を受けた甲賀の一家は、甲賀望月家の配下にあった。依頼の出処を逆に突き止められて、義経の下へ知らされたのである。
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建久元(1190)年5月 九州筑前国 太宰府
平 宗盛 (44才)
貴船神社の遣いの者が、手紙を届けて来た。
例の者からだ。だが、その内容に驚愕するしかなかった。
『去る日、とある法皇が安徳帝の暗殺の命を出した。それが成れば、皇統に暗黒の歴史を刻むことだけでなく、朝廷の権威など、地に落ちるものとなろう。
その不届き者には、天誅が降るであろう。
だが、その悪行を明らかにせねばならぬ。
ついては一芝居演じ願いたい。……… 。』
それから数日後、安徳帝(13才)と母親の建礼門院が奥座敷に隠れ、帝が病に倒れたとの噂が流れた。
また、その数日後には、さらに崩御されたのではないかという噂が広まって行った。
こういう噂が伝わるのは速い。2週間後には京の都の院の耳に届いていた。
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【 後白河法皇side 】
「九条兼実、安徳帝が崩御したかも知れぬ。」
「噂でございましょう。何も確かな報せはありませぬ。」
「儂は真実と思うぞ。しかして、平家は隠しておる。事は朝廷の問題ぞ。見舞いの使者を遣わし、確かめさせる。」
「しかし、平家が使者を素直に受け入れましょうか。平家追討の命を出しているのですぞ。」
「事は朝廷の皇統に関わることなのじゃ。平家には関係のないこと。建礼門院に遣わす。」、
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【 建礼門院side 】
「藤原光雅、今ごろ何用ですかっ。気が狂っておる後白河院の用など、帝には無縁ですっ。」
「建礼門院様、麿は帝が病に倒れたとお聞きしお見舞いに参ったのです。ただそれだけにございます。」
「そうですか、帝はお健やかにお過ごしでございます。院の近臣などには目通り叶いませぬ、お帰りなさい。」
「建礼門院様っ、安徳帝にもしもの事あれば、国の大事となるのですぞ。事は、源平の争い事では済みませぬ。ご無事ならば、麿にお目通りをお許しくだされ。」
「藤原光雅、目通りして、帝が健やかならば、そなた、如何するのです。」
「どうも致しませぬ。ただし、安徳帝にもしもの事あれば、神器をお返しいただくことになりまする。」
「ほほほっ、本音が出ましたね。よろしいっ、
目通り叶えましょう。お出でくださりませ。」
襖が開けられ、部屋に入って来たのは、中年の下級武士と思しき男だった。
「これは、藤原光雅様。初の目通りを得ます。
某、甲賀の伴三次と申しまする。
過ぐる日、院の命を近臣の方から某の手の者へ、帝を殺めるよう申しつかりまして、その旨こちらへお伝えに参った次第にございまする。
先年、我が主が警告したはず。悪戯が過ぎれば許さぬと。此度ばかりは、許さぬとの仰せにございます。」
「な、なっ、なんだとっ。馬鹿なっ。帝を殺めるなどとっ、あり得ぬことだっ。」
「主が申しておりました。後白河院は、もはや気が狂っておると。このままでは、朝廷の敵を作るばかりで朝廷に滅びをもたらすと。
光雅様、なぜ院の過ちを止めませぬ。主の命に従うだけでは、忠臣とは成り得ませぬぞっ。
まあ、今さら手遅れですがな。」
藤原光雅は、そのまま太宰府の牢暮らしとなった。牢の中で安徳帝らしき子の声を聞いた。
帝を殺めようなどとした、大罪の一味としての咎であった。
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建久元(1190)年6月 相模国鎌倉 大倉御所
源 頼朝 (44才)
九郎から文が届いた。由々しき大事が書いてあった。こともあろうか、院が安徳帝を殺めるよう命じたとあったのだ。
その始末は、九郎が着けるということだが、儂には、院亡き後、安徳帝を都にお戻しして、安徳帝を象徴とし、公卿から政を取り上げて、儂に、武家を従える政をせよとある。
そして、酒の瓶に透明な酒に見せた毒の判別薬も贈られてきたわ。
近臣、妻子、愛妾まで気を緩めてはならぬ。
儂は人の何万倍も恨みを買うておるそうな。
相変わらず、言いおるわっ。
「誰かある。都で騒ぎが起きそうじゃ。報せがすぐ届くよう手配致せっ。
それと、5日後に重臣達を集めよ。最重要な取決めを行う。」
「畏まりましてございます。」
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【 七郎side 】
御曹司から命が届いた、噂を流せと。
しかして天誅を下せともある。天罰ではなく天誅である。
数日後、都にしずかにその噂が流れた。
『太宰府におられる天子様を暗殺しようとした者がおっただと。貴船神社にお告げが降って、その者に天誅が下されるだとよっ。』
『するとなにかい、その不埒者は都におるってことかいっ。そうだよな、天子様を殺めようなんて、普通は思いもしねぇよな。
きっと、公卿かそれとも、あいつだぜっ。』
『ちげぇねぇ。あいつだっ。』
『おいっ、声がでかいぞ。』
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【 後白河法皇side 】
「主上、光雅殿が戻らず、長門国の地頭に調べさせたところ、太宰府の牢に、入れられているそうにございます。
なんでも、主上が安徳帝を殺めるのに送った暗殺者が、全てを告白したそうで、帝の暗殺を企んだ罪だとか。」
「な、なんだとっ。わ、儂は知らぬぞ。」
「都の民達にも、主上が帝暗殺を企てたと噂になっております。」
「ば、ばかなっ。そんな馬鹿な噂を止めよ。
そうじゃ、公卿達を呼べっ。」
「主上っ、公卿の方々は誰も出仕なされておりませぬ。おそらくは噂を耳にしたためかと。」
「…………。」
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【
私は
だから、都の院御所の下働きとして潜入する任務に選ばれたの。
此度は、法皇様に天誅を下すのが私の任務。あら、忍務かしら、ふふふ。
隙を見て、法皇様の居所に忍び込み、
それだけの簡単な忍務よっ。結果を見届けるまでは屋敷にいるけどね。
平安時代の末には、帝や公卿など身分の高い男性も化粧をしていた。
平安初期の化粧は、額や頬に絵柄を書く
宮廷官女は、鉛からつくる
そして、まさに日本独自の伝統化粧法と言える「眉化粧」と「お歯黒」が、平安貴族の間では一般化していた。
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【 後白河法皇side 】
その日いつも通り、朝起きて化粧を施した。
間もなく、
昼頃に顔に痒みが生じ、冷水で顔を洗うが、痒みは治まらなかった。
翌朝、目が覚めると顔全体が
三日目には腫れが酷くなり、瞼まで腫れ目を塞いでいた。
そして騒ぎとなった。院のお顔に穢れが降ったと。貴船神社の天誅かも知れぬと。
公卿達は誰も出仕せず、院御所の政は停止してしまった。
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10日ほど過ぎて、ようやく腫れが引き始めた頃、鎌倉の頼朝から使者が参った。
『此度の騒動は、院の不徳である。ついては、政務を退き隠居なされよ。後のことは、公卿の方々に諮り頼朝が差配致す故に心配なきよう。
なお、院に置かれては、向後は高野山に動座されるがよろしい。』
「なんじゃこれはっ。頼朝ごときに従う謂われはないわっ。」
「これは、勅命にござる。帝の命ですぞ。」、
そう言って、使者は勅命の詔書を取り出して見せた。それは確かに安徳帝の詔書であった。
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【 平 宗盛 side 】
『安徳帝は、どのような曰く因縁があろうとも我が国の皇統を継がれている御方である。
そして、如何なる権力者もそれを阻むことがあってはならぬもの。
此度は、世情に鑑みて源頼朝に政を任せて、安徳帝にあっては都に戻られ、政を眺めるお立場になられることを奏上する次第。
都に戻られた後は、平家に代わり源九郎義経が命を掛けてお護り致す所存にございます。
なお、宗盛殿には、九州守護として兄頼朝の武士の政に、お加わりいただきたい。』
「三次、そなたの主は、源義経殿であったか。
度々平家をお助けくださったな。」
「はい、我が主 義経様は、争いを鎮めて戦のない世の中を、民達のためにお望みです。
そこには、源氏も平家もありませぬと。
頼朝殿とは兄弟ではありますが、組みしてはおりませぬ。頼朝殿が民を苦しめる政を為せば滅ぼすと明言しております。」
「分かり申した。この奏上は、お受けするよう帝にお伝え致そう。義経殿のこれまでの信義に応える意味でな。」
「良かったです。つきましては帝の詔書を一通所望致したく、お願い申し上げまする。」
「なんの詔書だ。」
「後白河院への隠居を命じる詔書にございます。頼朝殿から院へお渡しいただきまする。」
「 … … 、さようか。」
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