【短編】略して『デ部』!~アームチェアーディテクティブ部にようこそ!

ばかのひ

一話「私はなぜこの学校に入学したでしょうか?」


 背中にかけられる声を無視して、私は早足にその場から逃げ出しました。あんなにもたくさんの人と話すと気分が悪くなってしまいます。いや、話してはいません。一方的に声で殴られたのです。もはや私にとって、興味のない年上の方から馴れ馴れしく話しかけられる部活の勧誘というものは暴力に等しいものでした。好意を持っているならさておき、興味の無い先輩なんて、苦痛でしかありません。なぜ一つか二つ、早く生まれただけなのにあんなにも横柄で礼儀知らずになってしまうのでしょう。後輩というのは先輩のおもちゃではありません。後輩にだって先輩を選ぶ権利、好き嫌いはあるのです。私は何度目かのため息をついて、残り数滴だったペットボトルの水を飲み干しました。どこか捨てる所はないか、と辺りを見回した所で気付きます。ここは部室棟だったはず。それにしてはあまりにも静か過ぎるのではないかと。


「ここは……部活棟か。部活棟なのに静かってことは、さっきの勧誘の場所に居るのかな」


 思わず出た独り言が、誰もいない廊下になんだか響いて聞こえました。遠くには先輩方の鬱陶しいほど元気でにぎやかな声がわずかに届いてきます。今戻るとまたあの洗礼を受けてしまうと思い、私はこの部室棟をしばらく見て回ることにしました。


「天文部、文学部、写真部」


 教室の壁には先程私を勧誘してきた各々部活の名前が書いています。この学校は部活が盛んで、新入生は一年間は入部が必須だと聞きます。しかし私はどこの部活も魅力に感じませんでした。先程まで洗礼を受けていたノリとテンションで全てを解決しようとするものではなく、私はもっと謙虚で知性にあふれているような、そんな部活動を求めています。


「数学部、落語研究会、フランス語研究会」


 中学の時には無かった変わったものあるようで、少し面白いです。


「競技かるた研究会、あ、アームチェアー、デ、ディテク、ティブ、部?」


 部室棟のはしっこ、教室の前には大きく墨で書かれた張り紙が部活の名前を語っていました。アームチェアーディテクティブ部。ティブ部。首をひねり親指と人差し指でブイの字を作ってあごにやってみてもその単語はしっくりきませんでした。


「変な部活もあるもんだな。……ん?」


 端まで見終えたのでそろそろ下校をしてやろうかときびすを返した瞬間、何か妙な声が私の耳に入り込んできました。なにか、女性の、泣き声のような。


「……ぐすっ、ひっ、ひっ」


 空耳の類では無い。間違いなくどこかから聞こえてきます。そうとなったら私の出番だ。泣いている女性の出どころを探るべく神経を尖らせました。


「ふむ、予想はしていたけど確実にこのアームチェアーディテクティブ部から聞こえる」


 この後半がグチグチしている部活名をよく言えた、自分を褒めてやりたいです。しかし自分を褒めた所でこの泣き声の主は泣き止んでくれません。私はこほんと咳払いをした後、教室の扉を数度ノックしました。


「すみません、入って良いですか」

「え?! ちょ、ま、待って!」

「入りますね」

「待ってって!」

「失礼します」

「全然言う事聞かないね?!」


 がたがたと古臭い扉を開けると、中には女性が一人、大仰な椅子に座っていているのが見えました。しかしすぐその後に、私は彼女の顔へ視線を移すことになります。整えられた眉、大きめでくりんとして、少々赤くなりうるんでいる目。胸元のピンクのリボンはけして着崩さず、しっかりと主張しております。折り目がくっきり残っているワイシャツは首元も袖元もボタンがかけられていました。一年生の私より長い、膝より下のスカートから伸びる白く絹のような足には無駄な脂肪はついていません。美しさを通り越して神々しさを感じました。神を見たことはありませんが。


「び、美少女だ……」

「え?」

「いやあの、泣き声がしたのでどうしたものかと」

「……それは、誰かしらね」


 ずびびーと音を立てて鼻をかみ、美少女は目をつむります。数度深呼吸を行って、何度目かを吐ききった後、にこりと笑って大きく息を吸いました。


「さて、ここの部屋に入ったということは、少なくともこの私、もしくはこの部活動に興味があるということでいいのかな?」

「わ、急に元気になりましたね」

「ようこそ、我がアームチェアーデテク、ディクティク、ディ、デチク、デチ、デブブ、へ!」

「やっぱり言いづらいですよねそれ」

「こほん、略して『デ部』へようこそ!」

「その略称本当に納得してます?」


 泣き止んだと思ったら、その外見に似合わない豪快な台詞が飛び出してきました。


「私はここの部長だよ。部長と呼んでね。部屋が散らかってて悪いね」

「あ、どうも、部長さん」

「よし、それじゃあ君のプロフィールを聞かせてもらおうか。なに、時間はたっぷりある」


 部長さんはその白く長い脚を大きく天空に突き上げてから大げさに足を組みました。にやにやとこちらの表情を伺ってきます。


「プロフィールもなにも、私はたまたまここに行き着いただけで」

「よしわかった。……なるほどね。何も言わなくて良い」

「はあ」

「一年ちゃん、君は入学式が終わった後、激しい部活の勧誘に疲弊してしまい、ここにたどり着いた。なのでけしてアームチェアーデク……デ部には興味が無いと。そこの椅子、どれでもいいから座ると良いよ。疲れを癒やしていきなさい。なにせ時間はたっぷりある」

「あ、どうも」

「……で?」

「はい?」


 自分の体に合っている、一番小さな椅子に座って一息つくと、部長さんはわくわくするように私の反応を待っているようでした。


「すごいだろう、そんな事がわかって」

「……そんな事、とは」

「だから君が一年生で、とか部活の勧誘にあって疲れてる、とか」

「……なるほど?」


 私は手元のペットボトル手で遊びながら少し考えます。


「一年生というのはリボンでわかりますよね。部長さんはピンクだから三年生。今年の新入生はグリーン」

「うん、まあ」

「部活の勧誘が激しいのは三年生の部長さんは知っていることだし。見ての通り、私は活発な元気少女でも無いです。ノリが辛いんだろうと簡単に想像がつきます」

「そうだけど……」

「デ部に興味が無いのは、まあ認知度でしょうか。おそらくこの部室棟、部員数が少ないと端っこに追いやられますよね? 歩いて見てきたんですけど、どんどんマイナーな部活、というか研究会になってました」

「隣の競技かるた研究会が怒りそう」

「それでもここが部活の名を保っているということは……部長さんが辞める前の一つ上には部員がいくらかいたんでしょう」

「む、過去のことまで……君はもしや」


 部長さんは大仰な椅子から立ち上がり近づいてきました。近くで見ると、その端麗で美麗でお綺麗な顔立ちがよりはっきりとわかります。


「アームチェアーディテクティブの素質があるな! ……あれ、今私言えた?」

「言えました。おめでとうございます」

「やった! いやーずっと噛みっぱなしでさー、もう本当に恥ずかしくてしょうがなかったよ部長として。もう安楽椅子探偵部、略して椅子部に変えようかと真剣に考えてたよ」

「安楽椅子探偵? あの、ずっと流してたんですけどここはどういう部活動なんでしょうか」


 よくぞ聞いてくれた、部長さんの満面の笑みにはその言葉がわかりやすく張り付いていました。


「説明しよう、時間はたっぷりある」

「その『時間はたっぷりある』って誰かの台詞の引用ですか?」

「……ゲーテ」

「あ、探偵ではないんですね」

「そ、その話は別にいいでしょ。わ、我々は、……今は一人だけど、この部活はいわば謎解きをする部活です」

「謎解き。はあ」


 決め台詞を指摘したのがよほど恥ずかしかったのか、部長さんは少ししょんぼりとしてしまいました。そんな気は無かったのに。反省です。


「アームチェアーディク……安楽椅子探偵とはその名の通り安楽椅子に座る探偵を意味する。ほらこれいい椅子でしょ」

「ええ、そんな豪華な椅子、初めてみました」

「これは代々うちの部活に伝わる部長だけが座れる椅子さ。どうしてもというなら後で座らせてあげてもいいよ?」

「そこまでじゃないので続きを」

「あ、うん」


 部長さんはこほんと咳払いをして私の方に振り返りました。


「安楽椅子探偵は外には出ない。この椅子に座り、来訪者の話す内容やこの部屋から得られる情報、例えば新聞記事やインターネットニュースを駆使して事件を解決していくんだよ」

「……うーん、いまいちピンと来ませんね」

「ならちょうど良い。それじゃあ一つ……」


 部長さんは私の頭から足の先までを一瞥すると、ふふんと自信たっぷりに笑いました。


「中学の時テニス部だった友人は、この学校でもテニス部に入部したのかい?」

「……え、なんでそんなことわかるんですか?」

「合ってるでしょー! ほらー!」


 部長さんは嬉しそうに足をばたつかせています。しばらくすると、我に返ったようにニヤける頬を押さえつけました。押さえつけられてないけど。


「空になったペットボトルを持っている。その水は毎年テニス部が配ってるものだ」

「なるほど」

「見たところ君は体も華奢だし肌も白い。とても運動をやってるようには見えない。あ、悪口じゃないからね?」

「わかってますよ」

「先生に言う?」

「言いません。続けて下さい」

「よし。それで、ペットボトルが空になってるってことは、時間が経ってるってこと。多分入学式が終わってすぐに、この数ある部活の中からテニス部を選んで友人と体験入部した。一番に行くってことは、過去にテニスの経験がある人の可能性が高い。うちはそこまでテニス部強くないし、イケメンの顧問も居ない」

「ふむふむ」

「友人と一緒に体験入部を経験し、そのまま友人は本入部した。その友人と別れた君は、一人で勧誘の集中砲火を浴びてここに流れ着いた、っていう推理だよ」

「素晴らしいですね。だいたい合ってます」

「でしょ! すごいでしょ! ピンときた?」

「はい、ピンときました」


 嬉しかったのか、部長さんは両手を上げてやったーと喜びながら部屋を駆け回ります。しかし私の視線に気づくとゆっくりと大きな椅子に戻りました。


「ということで、我がアームチェ……デ部はこういう日常の謎や問いかけを外に一歩も出ること無く、解決をしていこうという部活なんだよ」

「素晴らしいですね、よくわかりました」

「そうだろそうだろ」

「部活の内容も、先程部長さんが泣いていた理由もわかりました」

「え?」


 椅子に座る部長さんに近づくと、やはり目は赤く、目元にもこすった痕が見えました。目が合うと、部長さんは気恥ずかしそうにその素敵なお顔をそらしてしまいました。


「昨年までは六人も居たこのデ部が今年は一人になってしまった、勧誘をしなければならないけど、あの喧騒の中一人でやるのも心細い。ここはデ部ならデ部らしく、この部屋で一歩も出ずに新入生を待ち受けようと考えたんですね。しかし中々人は来ない。このままだと部活は無くなってしまう。徐々に不安が押し寄せ悲しくなってる時に私が来た、という感じでは無いでしょうか」

「……なぜ六人居たと?」

「当たりました? この部屋の、教室で使ってるのとは違う特別な、かつ座れる状態になっている椅子の数を数えただけです」

「なるほど……。もう一つ、私がそんな事で泣くとでも?」

「部長さんはきっとがんばり屋さんです」


 私は椅子の元まで戻り、深く座って部長さんを真正面に見据えました。


「この部屋に散らばっているゴミは勧誘チラシの書き損じでしょう。教室の壁に大きく書かれたあのどこよりも目立つ部活名の張り紙は新品でした。今年部長さんが書いたものだと思います。あと、そんなことよりさっきから喜び過ぎです」

「そ、そんな喜んでた?」

「とっても。そんな謎解き好きな部長さんがこの部活を真剣に考えているがんばり屋さんなのは推理するまでもなくわかります」


 合ってますか? そう問いかけると部長さんはびっくりしたように目をまんまるくしていました。


「一年ちゃん、やっぱり君センスあるよ!」

「本当ですか?」

「本当本当。一年の頃の私より、なんなら今の私よりずっと!」

「それは言いすぎですよ」

「そんな事無い。君みたいな人が探偵になるんだろうなあ」

「褒めすぎですよ。でも悪い気はしないですね」

「まだ部活決まってないんでしょ? ぜひうちに入らない?!」

「やです」

「この流れで?!」


 私は笑いたくなるのを抑えて続けました。


「すみません、私はバイトをしようとしていまして。部活は遠慮しようと思ってるんです」

「で、でもうちの高校は一年生の間は部活動入部必須だよ?」

「ええ、なので今年一年は活動が活発じゃなく真剣にやってなさそうな、競技かるた研究会あたりに入ろうと思っています」

「競技かるた研究会に怒られるよ?」

「見たところ、デ部はしっかりと活動するようですし、今の私向きじゃないかなと」

「そ、そんなことない!」


 部長さんは椅子から飛び出して私の元へと駆け寄って手を取りました。どきどきと鳴る心臓は驚きだけが理由ではないでしょう。


「さっきのやりとりでわかっただろう? 競技かるた研究会なんてマイナーなところはやめて、うちに入ってくれ!」

「部長さんもわりと競技かるたに失礼ですね」

「お願い、うちに入ってくれない?」

「うーん」

「この部活には君が必要なんだ!」

「……も、もう一声」

「え?」

「い、いやなんでも無いです。先輩ちょっと近いですよ」

「あ、すまない」


 照れくさそうに笑う先輩を押しのけて、私は呼吸を整えました。


「ちょっと話の途中で申し訳ないんですけど、喉が渇いたので下の自動販売機に行ってきます」

「あ、お茶ならあるよ。淹れるけど飲む?」

「本当ですか、じゃあ、よろしければ」

「よしよし、じゃあ少し待っててね。……ふふふ、なんとか引き止められたぞ」

「部長さんは独り言の声量が会話と同じなんですね」


 そんな私の皮肉も聞いてないのか聞こえていないのか、部長さんはるんるんで電気ポットに水を入れに行きました。部室に一人残された私は改めて部屋を眺めてみることにします。開けるのがうるさそうなタイプの本棚には、私でも知っている作家の小説が並べられていました。ミステリ小説の書き方、ミステリの何か条のような本まであります。アームチェアーディテクティブ部、というと大げさに感じるかも知れませんが、言い換えるとここはミステリ研究会のようなものなのでしょうか。


「戻ったよん」

「おかえりなさい」

「本棚、興味あったら見てもいいからね」

「大丈夫です全然無いので」

「……一年ちゃんは物事をはっきり言うよね、さっきから」

「そうですか?」


 そんな意識はありませんでした。ただ物事というのははっきり言わないと意思が伝わらなかったりします。言葉を濁して直接相手を傷つけないのは日本特有の素敵な所ですが、それはかけちがえるともっと面倒なことになったりするのが、あまり性分に合っていないのです。


「はいどうぞ」

「いただきます」

「その椅子、気に入った?」

「え、まあ。座りやすいですね」

「それはね、去年居た中で唯一女性の先輩が座ってた椅子だよ」

「あ、だから一回り小さいんですね」


 確かによく見ると、私が座っている椅子だけ可愛い感じがします。


「となると、他五人は男の先輩だったんですね?」

「そう、皆卒業してしまったけど、男女の隔たり無く仲良くやってて楽しい部活だったよ」

「ちなみに部活と研究会って何が違うんです?」

「特に違いはないけど……まあ部費の額かな。部員が三人以上で顧問も必要な部活の方が多く出る」

「なるほど。やっぱり部長さんは『部活』を存続させたい感じなんですか?」

「うーん、でも謎解きにお金はかからないからさ。椅子もあるし去年までの部費で買ったボードゲームもあるし、興味ないかな。私としては、まあ」


 部長さんは先程までの自身ありげな表情を一瞬曇らせました。


「一人じゃなきゃ、何でも良いかな」


 私は部長さんがそう言って苦笑いをするのを見て、私は確信しました。それならば、ここは一つ何かイベントを起こさないといけません。


「部長さん、提案があります」

「ほえ?」

「私が謎を一つだして、部長さんがもしそれを解決できたなら入部するというのはどうでしょう」

「……な、なにその私には願ったり叶ったりな提案!」

「どうでしょうか」

「もちろんやるに決まってるでしょ! ……あ、一年ちゃん時間大丈夫?」


 私は時計をちらりと見ました。今日は入学祝いに家族で外食する約束をしていますが、まだおやつの時間も過ぎたばかり。時間にはまだまだ余裕があります。


「あと三時間ほどは空いてますので」

「よし、それではゆっくりと考えよう。なにせ時間はたっぷりあるからな」


 部長さんは自信ありげに腕を組み、大きくうなずきました。お茶をもう一杯淹れてもらい、私は唇を湿らせました。


「謎は私のことです。『私はなぜこの学校に入学したでしょうか?』」

「……それは、難問だなあ」

「頑張ってください」

「ちなみにそれは、問題として成り立ってる? 例えば……今までのやりとりで導き出せる解答なのかしら」

「なるほど……まあ、おそらくは」

「それじゃあ質問はありにしよう。例えば……イエスかノーで答えられる質問五つまでとか」

「ウミガメのスープみたいになりましたね」

「まあ、これは厳密には謎解きというよりも……言葉遊びに近いからな。よし、頑張ってみようか。君のことを考えよう」


 私は思います。人の事を知るのは時間だけではありません。濃密で濃厚でお互いの心の縁で繰り広げられるやりとりの「質」で近づくのです。


「早速質問をしたい所だけど、まずは状況の整理から」

「わ、本当に探偵さんみたいですね」

「……ふふん」


 嬉しそうににやりとしました。可愛らしいです。


「まず、わが校の特徴を整理する。私の様にすでに二年在学している人間ではなく、新入生が知り得る情報で、だ」


 部長さんはそう前置きして続けます。


「といってもやはり特筆すべきは部活動。かなり盛んだし一部の部活は全国大会まで行けるほどの強豪でもある」

「へえ、そうなんですね」

「そのリアクションはヒントになっちゃうね」

「あ、そうか」

「まあいい。だが先程の一年ちゃんの反応から、部活動にあまり熱を入れたいとは思ってないってことはわかる。バイトがしたいって言っていたしね」

「ですね」

「だとすると……うーん、うちの学校そんなに魅力あったかな」

「新入生からすると悲しい言葉ですね」


 少なくともこれから三年間通うのですから。


「付随する特徴として、生徒数が多いということか。まあ生徒数は間違いなくこの近辺で最大だ。しかし偏差値的には、並より上だけど特別専門分野を学べる訳では無い」

「おお、素晴らしいですね」

「ヒントゲット。こりゃ質問いらないかも」

「ああしまった」


 口の前に手でバッテンを作りました。しかしその私のあざといかわいこぶった仕草はあごに手をやって考える真剣な部長さんの目には入らなかったようです。残念。


「男女比も……特別変わったところはない。少し女子が多いくらいか」

「ふんふん」

「……ここから導くのは難しそう。では次は君の気持ちになって考えよう」


 先程までそっぽを向いていた真剣な視線は、今度は私に一直線にやってきました。少しどきりとしてしまうのを、仮の笑顔を作り前髪を整えて誤魔化します。


「性格分析……を出来るほど私も経験豊富な訳では無い。が、今まで話していた感じ、君はなんだか理系な所を感じる。論理的というかさばさばしているというか。夢を見ていない現実主義な感じが」

「お褒めの言葉として受け取ります」

「ん、そういう年上に対する対応もだ。豪胆な所もあり……いわゆるコミュニケーション能力が豊富そう。きっと賢い……ずる賢いんだろう。あ、悪口じゃないよ。そういう性格は嫌いじゃない。むしろ話しやすくて好ましい」

「本当ですか?! その言葉は胸に大事にしまっておきます」

「だから先生に言わないでね」

「安心してください」


 褒めてもらいました。おそらくきっと褒めてもらえているはずです。なので嬉しいです。やったー。


「そんな君がこの部活マンモス校に来た理由……単純に言えば多くの人に会いたかった。逆の言い方をすれば人目に触れたい、名を売る必要があるとか? ……なんだか怪盗のアリバイ作りになってきたな」

「リアクションは、しないようにしておきます」

「それは助かる。うーん、解答してしまおうか。君は『友達をたくさん作りたかった』から、この学校に入学した?」

「残念。はずれです。これ、解答権何回にしますか?」

「じゃあ、質問と解答の権利を合わせて五回にしよう。今一つ解答したから、あと四回」


 私は笑顔でうなずきます。きっとこの調子なら、部長さんは解答まで辿り着くでしょう。


「じゃあここで質問。『この学校じゃないといけなかった?』イエスかノーで答えて」

「答えは『ノー』です。私の希望を叶えられるのであれば、この学校の必要はありません。質問と解答はあと三回ですね」

「ふむ……ではやはり付随の情報か。土地柄的な所や目当ての部活や教師、進学校に有利だということも除ける」

「へー、となると結構絞れたんですね、今の質問で」

「ふふん、すごいでしょ。これがデ部で培われた推理力よ」

「素晴らしいです」

「入る気になった?」

「正解が出れば」


 部長さんはくすりと笑う。真剣に考えているようなので、立ち上がる部長さんを制して今度は私がお茶を淹れることにしました。


「ありがとう。気が利くね」

「いえいえ。自分も飲みたかったので」

「それじゃあ続きを。質問の結果からこの学校の付随情報が魅力に感じたといえる。なのでやはり考えるべきは生徒数かな。……そういえば、バイトもしたいってのもヒントになるのかな」

「それは質問ですか?」

「いや、まだ取っておく。しかしそうとなると……また考えることが増える」


 部長さんは椅子から立ち上がり、部室内を歩き回りました。椅子に座らず考えるなんて、なんだか本末転倒な感じもしますが、部長さんは真剣なので茶々を入れるのはよしておきます。ぐるりと一周したかと思うと、今度は私の事を凝視しはじめました。上から下までじっくりと見られてしまっています。


「……な、なにか」

「いや。ヒントが無いかと。……その靴下可愛いね」

「本当ですか! 嬉しいです」

「君は……モテそうだな。男を手玉に取っていそう」

「まさかそんな。部長さんだって、……その、お綺麗で、モテそうです」

「はは。今まで恋人が出来たことなんて無いよ」

「マジですか?!」

「……びっくりした」

「……失礼。少し取り乱しました」


 誤魔化すように飲んだお茶はまだ熱く、少し口の中を火傷したように思います。うーん、熱いお茶は怖い。


「大丈夫、水で冷やすか?」

「いえ、それほどでは。少し熱かっただけなので」

「水……そうだ、さっきの『だいたい』だ」

「はい?」

「いや君は私がテニス部の友達について推理をした時に『だいたい合ってます』と言った。言い換えると少し間違ってるということになる」

「……まあ、そうですね」

「何が間違っていた? テニス部の体験入部の後、君は勧誘の集中砲火を受けて……」

「……」

「わざとここに来た。目当てのものがあった。いや、それはバイトの話と矛盾する。むしろ目当てのものがなかったから」

「あー」

「三つ目。質問、君は『勧誘された全部の部活の体験入部をした?』」

「……すごいですね。答えは『イエス』です」

「なるほどね」


 部長さんは「五つもいらなかったな」と言いながらまだ少し熱いお茶を一気に飲み干しました。


「少し会話にヒントがあったのが納得いかないが」

「というと、もう目星がついたのですか?」

「先程の恋バナへの食いつきやそのスキのないスカート丈。何度も髪を整えていたし、全部活での体験入部か。この学校の生徒と一通り関わる方法としては一番簡単だ。更に学校外、バイト先にも触手を伸ばそうとなると」


 部長さんは目をつむり、しばらくするとかっと目を見開きました。まるで犯人はお前だと言う探偵かのように私を指を指しました。


「解答。君は『恋人を作るため』にこの学校に入学した!」

「正解です。四つ目でわかっちゃいましたね」


 小さく拍手をすると、部長さんは控えめな胸をえへんと大きくそらしました。いや、むしろ「えへん」と言っていたはずです。言っていたと勘違いするほどのドヤ顔でした。気持ちの良いドヤ顔って、あるんですね。


「いやー良かった良かった。まさかこんなに単純だとは」

「最初に友達を作りたい、と答えた時はどきりとしました。すぐに当てられるんじゃないかと」

「ちょっと深く考えすぎたかな。高校一年生、恋人が作りたいなんてすぐ思いついたはずなのに。ずる賢い君が出すもんだからよっぽど特殊な答えだと思ったよ」


 部長さんは嬉しそうに部長椅子へ腰掛けました。ゆらゆらと椅子をゆらし、勝利の余韻に浸っているようです。


「それじゃあ、ここの机借りますね」

「えへん。ふふーん。……いいけど、なにそれ」

「入部届ですよ。部長さんが正解したんで私はアームチェアーディテクティブ部に入ります」


 言えました。部活の名前が言えて嬉しいなんて奇妙ですが、やはり嬉しいものです。私と部長さんだけの、二人の部活ですしやっぱり嬉しいです。


「ん? ……待って待って。いま謎解きに夢中になってたから考えてなかったけど、改めて君が恋人の候補を探すなら入らない方がいいんじゃないの?」

「何故です?」

「いや、だってもっと人の多い部活の方が、男子もいるし。ここ、今のところ私たち二人きりだよ?」

「だからですよ」


 部活名にアームチェアーディテクティブ部、と書きました。文字にしても書きづらい部活名です。


「……どゆこと?」

「急に鈍くなりましたね。わからないんですか?」

「……いや」


 部長さんは手で髪の毛をわしわしとやっています。せっかくのきれいな髪に癖がついてしまいます。私がぜひ、撫でて直してあげたいのですが……。


「……もしかして、その、『私』?」

「あ、それは最後、五つ目の質問ですね? 答えは『イエス』です」


 更に学年クラスと名前を書きます。その間、部長さんは頭を抱えぶつぶつと何かを言っています。


「どうかされました?」

「……あー、いや、違和感があったんだよ。さっき、自動販売機に行くって言った時。私がお茶を淹れると言ったら君は残ったんだ。別に入る気が無かったら残る必要なかったのに。……君は『この部活に入る前提』でこの謎解きを提案したな」

「その方が、よく私の事を知ってもらえると思ったので。少なくともしばらくの間は部長さん、私のことしか考えてなかったですよね」


 部長さんは苦い笑いをこぼしていました。そう、仲というのは時間で深まるものではありません。お互いの事を真剣に考える質が大事なのです。


「部長さん、気づいてなかったんですか?」

「……いや、まあ。ほんの少し。だって、君の反応が、明らかに、……好意がさあ、漏れてるっていうか。乙女なんだもん……」

「では、その可能性を最後まで残したのは何故なんですか?」

「……そ」

「そ?」

「そんなの! ……自意識過剰だって思うでしょ、普通!」


 部長さんは顔を真っ赤にしています。これにはわたくし、にやにやが止まりません。友人らには鉄を通り越して鋼のポーカーフェイス、冷酷無比の氷の女と言われているこの私がです。


「あの……」

「はい。入部届けです。部長さん、これからよろしくお願いしますね」

「え、あ……」

「あー……でも私の気持ちはあまり気にしないでくださいね。これは、片思いなので」

「わ、わかったけど……私、そういうの、あんまり考えたこと無くて……特に女の子同士なんて」

「大丈夫ですよ部長さん」


 ここは部長さんのお好きな言葉を借りて、愛情たっぷりにこう言ってやるのが『正解』でしょう。


「なにせ私たち、これから『時間はたっぷりある』んですから」



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