第31話 後夜祭!

 ようやくダンジョンから外へ出た。日差しがまぶしい! 思わず目を閉じて、ゆっくりと開いた。

 先に神官のイヅナキツネで連絡をしていたので、たくさんの人が出迎えてくれた。

 そういえば、私のキツネが帰ってきていないよ。逃げてないよね……?


「殿下、皆さま、お疲れ様でございましたわ!」

「今晩の宴会の準備は、ばっちりですよ」

 ソティリオの婚約者、フィオレンティーナ・スタラーバと、攻略対象サムソン・ヴィダル。この二人は気が合うのねえ。フィオレンティーナの明るい若草色の髪の近くを、シロくて細いものがよぎった。

「あれ、クダギツネ?」

「イライア様のキツネかしら? なんだか懐いてしまって、離れなかったんですのよ。ごめんなさいね」

 クダギツネはフィオレンティーナの肩を行き来して、くるくる回っている。私が竹の筒を出しても、ここにいたいとばかりにフィオレンティーナの肩を尻尾でぺしぺしと叩いていた。


「……クダギツネは、たまにとても人を気に入ってしまうんです。そうなると、引き離すのは難しいですね……」

「ケーン」

 言いにくそうにする神官の言葉に、そうだよーとばかりにクダギツネが鳴いている。でもこれ、神殿からの預かりキツネなのよね。

 どうしたらいいか神官に相談すると、言いにくそうに答えてくれた。

「そうですね……竹の筒をこちらの方にお渡しして、お預けするのが良いかと。イライア様もご入用でしたら、新たなクダをお探しします」

「ですよね……、まあダンジョンの連絡用としてお借りしただけですし、私はいなくて大丈夫です」

 フィオレンティーナにクダギツネの家になる竹の筒を渡し、神官から注意事項などを説明してもらった。

 なんだか寂しいなあ。


 お疲れ会は大いに盛り上がり、ダンジョンから出たばかりなのに夜中になってもまだ続いていた。なんせ久々の豪華な食事に飲み放題! 本当に出されたイノシシの丸焼き!

 ちなみにダンジョンでもシカやモーモーのお肉が食べられたので、今は野菜の方が輝いて見えた。私のビタミン!!!

 そして花火まで打ち上げられた。きれいだなあ。

「みなさんは時の人ですね」

 サムソンが意味ありげなセリフとともに、私と殿下たち、祭壇へ行ったメンバーの席にきて余っている椅子に座った。

「時の人、ですか?」

 アンジェラが尋ねる。サムソンが濃い紫の髪を揺らして頷いて、手に持った黄色っぽい紙を私たちの目に入るように広げた。

「これ、ダンジョン制覇の読売です。国中に出回ってます」

「ダンジョンから今日、出てきたばかりですよ!??」


 帰りも数日かかったから、情報が先に走っている!!!

 読売とは、木版印刷で刷られて街中で売られる、新聞の号外みたいなもの。ただし定期刊行の新聞はない。特別なニュースだけでなく、ゴシップや魔物情報、たまになぜか恋愛相談なんかも記事として売られる。

 名前が大きく載っちゃってるけど、私の家名は省略されていた。誰かが気を利かせてくれたのかな。

「インタビューいいですか!?」

 記事を読んでいたら、ノートとペンを手にした人が興奮気味に近付いてくる。

 まだ記者がいたのね! 突撃してきたよ。

「どうぞどうぞ!」

 笑顔で受けるアンジェラ。さすがヒロイン、疲れていてもファンサービスを忘れない。


「お話しするかわりに、ロヴェーレ商会の紹介記事を小さくでいいんで、載せてくださいね!」

 記者は二つ返事で頷いた。自分の家の宣伝を忘れない、さすが商売人の娘。

「動く死体が出たそうですが、どのように対処されたんですか?」

「それが、僧侶のイライアさんが言葉で説得してくださったんです! 涙ながらに“あなた達がこのような薄暗い場所でさまよっているのが、悲しくて辛い”と同情されると、命のない体にも感じ入り、すっかり彼女の言葉を受け入れたんです」

 あることないことペラペラ喋るよ、脚色がすごいな!!!

 ちなみにキョンシーはダンジョンを出た後、ちゃんと出身地や名前を告げて死体に戻り、連絡を受けて招集された南部の神殿騎士団が送り届けているとのこと。

 これでダンジョンに動く死体がでることは、ないだろう。また死体ができて迷っちゃったら、話は別だけれど。


「最後の守護者は手ごわかった、と騎士様からお伺いしました」

「それもイライアさんが弱点を見極めて、適切な指示をくださいました。みんなで協力して倒したんですよ、殿下がカッコ良かった! ソティリオ様も目にも留まらぬ剣さばきで……」

 ノリノリで語るアンジェラは、記者に問いかける隙も与えない。彼女の演説はまだ続いている。

「騎士の方々も頑張ってくださいました。灯り持ちの方も常に警戒してくださり、周辺のチェックや、寝る時の見張りも騎士と協力してくれて。結局ジャンティーレ殿下が一番カッコ良かったです!」

 最終的に殿下に落ち着いた。


「アンジェラさんは、シュリケンという手で投げる珍しい武器をお使いになったとか。どんなものなのか、教えて頂けませんか?」

「いいですよー! 木でも的にしましょうか」

「いらない板を的にしよう、みんなも見たいだろ?」

 記者とアンジェラが移動しようとしたら、集落の人が任せろとばかりに周囲に目配せする。

「お~! せっかくだし俺も投げてみたい!!!」

 その後、古くなって取り替えた戸板が運ばれてきて、適当な場所に赤と白で男性が丸を書いた。ここを狙うわけね。木箱を並べて戸板を立てかけ、準備完了。

 アンジェラのお手本の後、手裏剣投げ大会が開催された。記者まで投げているわよ。古畳でもあれば刺さって、ちょうどいいんだろうなぁ。


「お嬢様、アベル、お疲れ様でした」

「たくさん待たせちゃったわね、パロマ」

 私がみんなから離れたタイミングを見計らって、メイドのパロマがやって来た。私達がいたテーブルはアンジェラと私が席を立ってから、男性が集まって大きな笑い声を響かせていた。

 殿下もいますよ、そこに。

「いえ、ご無事で何よりです。アベルはちゃんとお役に立ちましたか?」

「野営の時に積極的に準備をしてくれて、とても助かったわ。戦闘でもピノ様が指揮をしたりして私から離れる時は、必ず守ってくれたのよ」

「俺がもっと強ければ、もっと役に立てたんですけどね」

 照れながら、申し訳なさそうに頭を掻くアベル。

「十分だったわよ。今回は熟達した騎士様が一緒だったから、実力差は仕方ないわ」

 殿下の護衛や、神殿の立派な騎士団の団員だからね。騎士の中でも強い人だったに違いない。魔法を使う人もいたし。


「そういえばお嬢様、これから王都へ行って王様に謁見されると伺いました。私たちもお供しますが、ピノ様や神殿騎士の皆様は、王都に戻ったらどうされるんでしょう?」

 ダンジョン攻略を機に聖女認定が正式に公布される予定だから、護衛として残してもらえるかな。私がこれからどうなるのか、なんかイメージが付かないわ。

 神殿で暮らすか、またパロマの実家のモソ男爵家にお世話になるのもいいなあ。なんだかんだで快適だった。男爵夫妻も、いつまでも泊まってと言ってくれたし。社交辞令だったとしても、本気にしちゃうもんね。


「……俺、気になってたんですけど。この読売で、イライアお嬢様の活躍が大々的に知れ渡りましたよね。伯爵様が知ったら、お嬢様のところに難癖を付けに来るんじゃないでしょうか……」

 心配そうに呟くアベル。

 あの父ならあり得るわ……! 記者の様子からして、しばらく張り番をされそう。私の行動があちらには筒抜けになるかも……!

 国王陛下に報告するのは決まっているから、いったん王都に戻るのは避けられない。宿なんかで訪ねてきても、家族は通さないようにしてもらおう。

 三人で悩んでいたら、男性が近付いてきた。


「イライア様、楽しまれていますか?」

「ピノ様、やっぱりシャバはいいですねぇ」

「シャバ?」

 しまった、つい釈放された囚人の気分になってしまったわ。この世界にはない単語だったかも。言いつくろおうとマゴマゴしていたら、アベルとパロマが意味ありげな笑顔を浮かべた。

「ピノ様、イライアお嬢様は緊張していらっしゃるんですよ。では後はお二人で」

 まるでお見合いの仲人のようなセリフを残し、二人が離れる。

 嫌な気の使い方をするなあ。余計に気になっちゃうじゃないの。息を吸って、吐いて吐くんだ。


 ピノは不可解な面持おももちで、二人を見送った。

 これからどうされるのか、質問しないとね。

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