第16話 三者会談

 元婚約者であるロドリゴの家、バンプロナ侯爵家では、当主である侯爵を含めた三人の男性が、客間でテーブルを囲んでいた。


『まさかロジェ侯爵も、パストール伯爵家の内情を調査していたとは』

『義兄から連絡があったんですよ。義兄の名で伯爵家から使用人を引き抜きました。仕えているうちは、主家に都合の悪い情報はもらしにくいでしょう。王宮警備隊を預かる僕が動いていると分かれば、警戒されますからね』

 年下の男性は、ロジェ司教の義弟の、ロジェ侯爵だった。三十代前半に見える。

 言われてみれば、どことなく司教に似ている。穏やかで真面目な雰囲気が漂う司教よりも、人懐こい笑顔を振りまく。

 うちの使用人を引き抜いたのは、捜査の目的もあったようだ。


『バンプロナ侯爵は、サマーパーティーでの婚約破棄に関与していない、そう考えて宜しいかな』

『面目ない、スタラーバ伯爵。次男を自由にさせ過ぎました』

 こちらは攻略対象ソティリオの婚約者である、フィオレンティーナの父親、スタバ伯爵。もとい、スタラーバ伯爵。

 深緑の髪をオールバックにしていて、目付きが鋭く厳しそうな印象。後ろに立つ近侍が、つやつやと光る黒い杖を持っている。年齢は五十歳前後かな。三人の中で、一番年上っぽい。


『パーティーで婚約破棄だなんて、思い切った行動をしますね。先に把握していたら、僕もこっそり眺めに行ったのに』

『笑いごとではありません、ロジェ侯爵』

 目を細めて愉快だとばかりに口を歪めるロジェ侯爵を、スタラーバ伯爵がたしなめる。

『卒業すら危ぶまれる不肖の息子と違って、イライア嬢は南部で急激に功績を残しているからな……。しかもダンジョン攻略のメンバーに選ばれているとか。我が家がそしりを受けるのは、もう避けられませんな……』

 バンプロナ侯爵は、遠い目をしている。

 やっぱりロドリゴは成績が悪いようだ。出席日数と授業態度さえしっかりしていれば、あとは寄付金で卒業だけはできるよう便宜を図ってもらえるはずなのにな。


『パストール伯爵はイライア嬢を探させていて、さっさと金持ちのヒヒジジイに嫁がせる予定のようですね』

『恥知らずな男め! 彼女は使用人の実家である、男爵家に身を寄せているのでしたな。ダンジョン攻略後は我が家に招待しよう、娘のフィオレンティーナも喜ぶ』

 スタラーバ伯爵が髪と同じ色の髭を撫でる。そうそう、フィオレンティーナからも招待されているのよね。

『ここは僕が。王宮警備隊に守らせよう、安全だ』

『ロジェ侯爵。君が動くということは、よほど得になるとの計算があるのですな。南部のエストラーダ公爵家が後見に名乗り出ているそうですが?』

『話題の人物が南部にいるだけあって、動きが早いな……!』

 スタラーバ伯爵からの情報に、出遅れたとばかりにロジェ侯爵が手で膝を打った。



『イライア、取り合いになってるね! 人気〜ヒュウヒュウ』

「女神様、楽しまないでください」

 まさか女神様に茶化される日がくるとは。

 しかしどう見ても逆ハーレムものみたいな、愛されての取り合いではない。

 女神様が楽しみすぎている。集中が途切れたのか、映像が揺れた。

『奇跡は信心がないと難しくなるのよ。イライアの私への信仰が足りないよ』

「あ〜……それは不足してますね」

『本神の目の前だから! 女神様美人で最高〜とか、あつく信仰して』

「それは信仰ではなく、単に持ち上げているだけは」

『似たようなもんよ』

 大雑把な区分ね。それでいいならと、適当な褒め言葉を並べた。

 映像がまたクリアになって、途切れかけていた音声もハッキリとしてくる。女神様の気分の問題では……?



『で、その使用人から事情を伺いました。伯爵家では、ろくに食事も必要なものも与えず、疎外そがいされていたようです』

『はあ……、うちの息子は婚約をしながらどこを見ていたんだ……』

『新たに婚約した義妹でしょうねえ、あはは』

『ロジェ侯爵、今の話に楽しい部分がありましたか?』

 笑いながらのロジェ侯爵の発言は、またもやスタラーバ伯爵に注意された。

 他には祝いごとを義妹モニカにしかしない、義妹との関係で何かあれば私が叱られた、などごく日常の報告が行われた。

 冬にコートを買ってもらえなくて、見かねた使用人が買いかえるからと私にくれたという話も出た。あれ、お古じゃなくて新品だったんだ。どうりで新しいお古だと思ったわ。


『現時点では、破滅させるほどの問題が見当たらないのが残念です。罪状が足りなければ、王室侮辱罪で僕が捕らえましょう。そちらも僕の管轄かんかつですからね、どうとでもできますよ。援護する面倒な貴族も、免除すべき功績もないでしょう。死刑も爵位剥奪も思いのままです』

『それはいけないだろう』

『職権の乱用は、こちらの大義を欠きます』

 足を組んでの大胆なロジェ侯爵の発言に、バンプロナ侯爵とスタラーバ伯爵が釘を刺す。三人の中で一番優しそうで一番年若い侯爵が、実は一番血気盛んだった。

『爵位については、早まってはなりません。パストール令嬢の意向を伺わなくては。伯爵位を継ぐつもりでしたら、剥奪してしまうと継げなくなります』

『そうですね、スタラーバ伯爵の懸念ももっともです。では義兄から、それとなく尋ねてもらいましょう』


『……ところで先程から、他家の問題に周囲の動きが随分と大きすぎるのが、気になるのですが。君達は何を知っているんですか?』

 ギクッと、二人の肩が僅かに動揺を示した。

 もしかして、聖女認定を二人は認識していて、スタラーバ伯爵だけが知らないのかな? コレが一番大きな秘密だよね。


 バンプロナ侯爵とロジェ侯爵が、苦笑いで目配せをする。

 その様子に、スタラーバ伯爵が口を結んで頷いた。

『……お二人が示し合わせるのですから、神殿関係ですな。答えなくて結構ですよ。パストール令嬢の保護が必要だということは理解できました』

 スタラーバ伯爵は答えられない質問だと判断して、引き下がった。

 信心深く神殿との信頼関係が強いバンプロナ侯爵と、司教を義兄に持つロジェ侯爵の二人が関わっているから、神殿関係だと推測したみたい。


『しかし爵位はイライア嬢が継ぎ、配偶者が代理伯爵に就く事実は変わらない。どうする気なんでしょうね、パストール伯爵は』

 気を取り直そうと話題を転換して、ロジェ侯爵が首を捻る。多分、お金儲け以外はロクに何も考えていないと思う。

『継承者に瑕疵かしがあり、継承を辞退すればあるいは、ということもあり得ます』

『陛下が動かなければ、問題ありませんよ。どうせです、義兄に頼んで神殿側からゆさぶりをかけてもらいましょうか。国王陛下でも破門すると脅せば、迂闊な行動はできません』

『それ、やりたいだけだろう』

 ロジェ侯爵の発言、時々危ないよね! バンプロナ侯爵がやめておけと制止する。ロジェ侯爵の言葉は、どこまで本気なのか分からない。


 ちなみにこの世界は神殿の権力も大きくて、国王でさえ神殿からの要望は無下むげにできない。即位の際に法皇猊下げいかが王冠をかぶせるのが、神殿の権威を象徴している。

 神話ではこの世界にまだ国の区切りがなかった頃、女神様が国王を選んで王冠を被せたとされていて、代々の即位式ではそれを再現しているのだ。

 きっと本当にやったんだろうな。リアル王権神授説。


『どうも侯爵は向こう見ずなところがありますね。ロジェ司教は穏やかでお優しいというのに』

 ため息をつく、スタラーバ伯爵。

『義兄が〜!? 人を見る目を養った方がいいですよ。大丈夫ですか、スタラーバ伯爵!』

『そう仰る伯爵の方が百倍、優しいですぞ』

 私もスタラーバ伯爵と同意見だった。あんな温和な司教なのに、二人は思い切り否定する。

『義兄……ロジェ司教は、異端審問官から司教になったんです。外面そとづらはいいですが、神殿内の一部では“青い血の司教”と噂され、冷血貴族として恐れられていますよ。そういえば、誰が異端審問官かは公表されていないんでしたね』



 い……いたん、しんもんかん!??

「女神様! この世界、異端審問があるんですか!??」

『そうなのよ。イライアの世界を参考にしたせいか、自然発生的に生まれちゃって』

 地球の責任にしないで欲しい。ここは女神様が作られた世界ですよ!

「まさか魔女狩りも……?」

『それはないはね、魔法はむしろ貴族や富裕層が独占してるもの。魔女の概念がないし、自分達の首を絞めちゃうもん』

 あっけらかんとしている。

 信仰に反する教えを持ったり、女神様を冒とくしたとされると異端とみなされ、捕らえられて裁判にかけられる。お告げや降臨があって神の奇跡が実証されている世界なので、信仰が篤い人ばかりだ。

 裁判はたまにしか開かれないので、存在すら知らない人が多かった。



『ロジェ司教の裁判を受ける者は、死か破滅しか残されていないと評判だよ。司教は本当に女神様を妄信していて、お力を疑うだけで許せないような方だから……』

 バンプロナ侯爵が語るのは、本当にあの微笑みで迎えてくれた司教についてなのか、疑ってしまうような事実だった。

『父上は信仰が薄い方でしてね。しかしある日、義兄に用があって仕事場を訪ねて。真っ白な顔で帰ってくるなり、寝室に直行して布団をかぶり“女神様の素晴らしさをたたえよ……。我々は女神様のしもべおごるなどもっての外……”と、震えながらうわ言のように呟いていましたよ』


 何を目撃したんだろう。怖すぎる。

 ロジェ司教の前で女神様について話す時は、お世辞をたくさん並べようと決めた。

 知りたくなかったよ、こんなこと!!!


『あのお優しい笑顔の司教が……』

 これにはスタラーバ伯爵も絶句してしまった。

 窓の外では輪郭のはっきりしない薄月うすづきが、膜のような薄雲を通して光を地上に届けている。

『そういえば、バンプロナ侯爵は何故ご子息とモニカ嬢を、わざわざ郊外に小さな家を購入して住まわせるんですか? パストール家に押し付けてしまえばいいでしょうに』

 不意にロジェ侯爵がバンプロナ侯爵に顔を向けた。

『どうせ庶民落ちだろうから、二人でやってみろという意味もある。……もしイライア嬢が家に戻られた時、二人がいては余計に辛いだろうからな……。私にできる、最後の心遣いでもあるんだよ』

 私の為でもあったの!? この人、本当にあの考えなしのロドリゴの親かな???


 まだ会談は続けられているが、だんだんと声が小さくなり、視界が遠くなっていく。結局、ロドリゴのその後とかは分からなかったけど、包囲網ができていてることは分かった。

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