第9話 偽物の聖剣


「なぁ、あれって……」


 この場で“偽物”と言えばどうなるかくらいルークでもわかる。

 だから、言葉を濁しながらリインフォースと繋いでいる手に少しだけ力を入れた。


「聖剣は二振りと存在しないわ。そして、本物の聖剣には必ずその力を制御する精霊が存在しているの」

「ふぅん……」


 リインフォースもルークの意図を組んで言葉を選んだ。

 聖堂の中に作られた水殿。その中心に向かって細く伸びた足場があり、行き止まりの円形部にルークの背にある聖剣と同じ形状のモノが刺さっていた。

 その入り口には神官服を着た男が一人いて、その正面にずらっと人が並んでいる。

 一人ずつ聖剣の元へと進んではそのグリップを握って引き抜こうとうんうんと唸っていた。


「あれってホントに抜けんの?」

「さぁ?でも、抜けるとは思えないわね」


 ルークとリインフォースの会話に、近くにいただけのおばさんが反応する。


「兄妹かい?仲が良いねぇ」

「まぁな」

「アンタたちも聖剣を見に来たのかい?」

「そんなとこ。なぁ、おばさん。あの剣ってホントに抜けんの?」

「そうさねぇ。あれは聖人様にしか抜けないすごい剣らしいからねぇ。そんな人が現れたらポンッて抜けるのかもねぇ」


 本物の聖剣が背中にあるルークからしてみると茶番も良いところだ。


「じゃあ、聖人てどうやったらなれんだ?」

「善い行いをすることだよ。真面目にコツコツと働いて、周りの困ってる人に優しくするのさ。そうやって善行を重ねれば聖人様になれる」

「ふぅん、そういうもんなんだ」


 言葉では納得したように言ったつもりだが、内心では全く理解していない。

 ルークは孤児(ミナシゴ)で、物心ついた時には盗賊団の中で下っ端として働いていた。

 だから、森での生活を除けば、他人から盗み奪う事を主として生きてきた。

 人里とは金目の物を盗み奪う場であり、その金を使えば森での生活よりもちょっと美味いモノにありつける所くらいの認識だ。

 なんとなく殺す事をためらう性格だったからそれほど人を手にかけたことがないものの、他人の物を盗んだり、奪うことへの抵抗感はまったくない。


 そんな人間が聖剣の主となったと知ったらこのおばさんは卒倒してしまうだろう。


「逆に人様から物を盗ったり、傷つけたりすれば天罰が下るよ」

「ハハハ、じゃあそうならないよう気を付けるよ」


 視界の端にセレスティアの姿が映ったからルークは足を動かし始める。


「ありがとな。おばさん」


 ルークはおばさんの姿を見ながら心の中で呟く。

 偽物をありがたく祈り続けて、善行を重ねてもあんな細い体なんだな。

 逆に悪い事をして生き延びて、本物の聖剣を手にしてしまったオレはそれなりに肉が付いているというのに……。

 何が善くて、何が悪いのか……。


 未だルークにはその答えを出せるほど、世界を知らない。

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