第7話「乱舞のような打音の雨」
ここでもう少し回想しよう。俺たちがバンドを組むまでの軌跡だ。
そういうとすごくドラマチックに聞こえるが、実際は陰キャラ学生の世知辛い日々である。
俺とスパコンの出会いは、情けないほどにつまらない日常の中だった。
高校入学当時、俺は霧島に不用意に声をかけてしまうという愚行を働き、挙句スクールカーストを転落することとなった。
「クチ男君がさぁ。ひでぇんだよアイツ。周りのセンパイに挨拶もせずに帰るしさぁ」
「演奏もひっでぇの。わざと俺らの邪魔してると思うね」
「しかも、教室でもあんな負のオーラまき散らしまくってさぁ。陰キャラだよ」
霧島はスタジオでの一件以来、俺のことを『イタイ奴』認定したようで、クラスメイト達にいかに俺が無様で嫌な奴であったかを脚色多め固め濃いめのごつ盛りで吹聴していた。
そのせいで、俺に声をかけ、友達になろうとする人はおらず、事あるごとにバカにする人間が増えた。
「ぶっ、クチ男キモッ」
「アイツの自己紹介マジウケたわ。伝説級じゃん」
「あー、俺アイツの隣の席だけどマジだるいわ。なんか近くに居るだけで肩凝る」
正直、まともに話したことすらないやつから、侮辱の言葉や態度を受けるのは嫌ではあったが、俺の中には真剣にロックと向き合うという一つの目標ができており、周りの雑音は気にならなかった。
むしろ、あの日。
川の側であの人と出会うことができなかったら。
俺はどうなっていたのだろう。
そう考えると、少し恐ろしい。
しかし、恐怖以上にあの人への感謝の気持ちと、もっとベースを上手くなろうという気持ちがふつふつと漲ってくる。
ただ、学校で友達が居ないというのはいくつか不都合なことがある。
例えば、忘れ物をした際に借りる相手が居ないとか、テストの範囲を忘れても聞くことができないとかというのはあるのだが、その辺は自分の努力でカバーすることができた。
だが、グループを組まなくてはならないようなイベント事は別だ。
中でも体育のように、毎週ある授業の中でペアを組む時間は特に厄介だった。
うちの学校の体育は二クラス合同で行われる。
準備体操が終われば、サッカーだろうがバレーボールだろうが必ずペアを組んで柔軟やパス練習を始めるのが授業の決まりだった。
たとえ、クラス人数が偶数であっても、俺と組まなければならないはずの人間は別なペアと三人グループを作ってしまい、俺は一人で壁あてをすることになっていた。(そして、それを霧島グループが楽しそうに眺めるというお決まりの構図ができていた)
俺は気にせず、最初の数週間をそのような状態で過ごしていた。
ゴールデンウイークも過ぎた五月ごろ。
相変わらず体育のペアが居なく、俺は一人、壁に向かっていた。
なあ壁よ。壁に耳ありっていうだろ。俺の声に耳を傾けてくれまいか。
「おい、お前ペアいないのか?」
野太い声が後ろからかかった。振り返ると、そこに仏頂面をぶら下げてダルそうに俺を見ていたヤツこそ、スパコンこと須原紺太だった。
「え、おう」
面食らう俺をよそに、「じゃ、頼むわ」といい、須原はサッカーボールを蹴ってよこしてきた。
呆然とそれを受け止める俺に、「どうした? やらないのか?」と聞き返す須原。
俺はふっと笑みをこぼし、ボールを蹴り返した。
それからというもの、俺たちは体育のペアを組む仲間となった。
仲間といっても、友達になったわけではない。お互いほぼ無言のまま、体育の授業をこなしているだけだった。
それでも、俺にとって少し肩の荷が下りたというか、気持ちが楽になっていた。
まるで学校中が俺を敵視しているような錯覚に陥っていたのかもしれない。本当は大半の人間は興味がないだけなのだ。
好意の反対は無関心とは言ったものだが、ディスって来ない人間はディスって来る奴らよりも気が楽だ。
しかし、ふと思う。
こいつは何でペアが居ないんだろうか。
少なくとも最初の数回の授業の時には別の奴とペアを組んでいたわけである。
何か理由があるんだろうか、その程度に考えていた。一年の当時はクラスは別だったので、普段の教室での様子は知らなかった。
*
授業から一転、放課後の俺は解き放たれたかのように、ベースの練習に励んでいた。
ある日の放課後、俺は市街地にある商業ビルに来ていた。楽器屋でベースの弦を新調するためだ。
ベースの弦は金属なので、時間が経つと錆びてしまう。
練習をするごとにウエスでキレイに拭けば長持ちするらしいのだが、俺はそんなこともつゆ知らず、ベタベタ触ったままにしていた。
さらに、梅雨なのか雨のせいで湿気もつゆだくになっており、あっという間にサビサビしてしまった。
冬はサビーナぁとはよくいうものだが、夏だってサビーなぁという具合である。(ローカルネタ)
楽器屋があるフロアに行く途中、エスカレーターに乗りながらゲームセンターのある階を通りがかる。
以前はこのゲーセン目当てに通ったものだ。中学の友人たちに連れられて、レースゲームやリズムゲームをやっていた。
そういえば、楽器を練習したことにより、ちょっとはリズムゲームの腕もあがったかな。
興味本位でエスカレータを降り、ゲーセンに入ることにした。
期間にして数か月もたっていないが、とても懐かしく思える。
中学生から高校生になった自分の環境の変化のせいだろう。
俺は代わり映えしないゲームの筐体の間を歩き、リズムゲームコーナーへ向かった。
普段はボタンをリズムよく押すゲームをしていたのだが、そういえば楽器風のコントローラで遊ぶ奴もあったよなぁ。
ふふふ、ガチな演奏者がゲーセンで腕を披露しちゃおっかなと欲をかきながら、辺りを見回す。
電子ドラムのようなリズムゲームには、太った男が座っていた。
俺はそのプレイを後ろから見ることにした。
明らかに、オタクな感じのチェックのネルシャツを着た後ろ姿を見つめる。
曲を選択……おいおい。
それは最大難関曲の『くれない?』だった。
かつての伝説的メタルバンド、『XLパンパン』の名曲で、メンバー全員が大食いの巨漢であり、ひたすら『それ一口くれない?』を繰り返してしまいにはすべて平らげてしまうという歌詞も有名だ。
この曲のBPMは二百を超え、ライブ中にはカロリー不足でドラマーが失神することもある。
ゴクリ……。
俺は生唾をのんで曲が始まるのを見守る。
静かで美しい旋律のイントロから、一気に爆発するような激しいドラムが始まる。
プレイするデブは、完璧にたたき上げた。
「……すげえ」
俺は思わず絶句する。
プルプルの二の腕を震わせて、デブはドラムスティックを狂い咲かす。
乱舞のような打音の雨。響き渡るツーバス。やがて、最も激しいドラムソロに突入する。
そこには本家のドラマーである『YOSHINO』の特盛ツユダク紅ショウ大盛なドラム捌きの姿が重なって見えた。
もうね。アホかと。馬鹿かと。
お前は本当に何者なのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
よーし俺の技術見せつけちゃうぞー、とか言ってたさっきまでの俺。もう見てらんない。
そんなことを考えていると、デブはプレイを終え立ち上がり、清々しい顔で振り向いた。
「「あっ」」
二人の声が重なる。
正真正銘のスパコンとの出会いであった。
ちなみに後日、急に体育のペアを組み始めたきっかけを聞いてみた。
須原曰く、高校入学当時はクラスのオタク仲間と仲良くなり、楽しくオタクトークで盛り上がっていたらしい。
しかし、須原が彼らを事あるごとにニワカだの罵ったり、自分がいかに古き良きを知るオタクであるかでマウントをとってくる事に苛立ち、しまいには好きなロボアニメの傑作シリーズは何かという議題で大論争になった。
「しかもアイツら、オタクのくせに彼女がいやがった」
それは完全に逆恨みだろ……と内心苦笑する。
最終的にクラスのオタクたちは須原をハブにするようになったとか。
そんなこんなで、ゲーセンで流浪のドラマーをしていた須原と俺は偶然会ったらしい。
なんともこいつらしい、しょーもないはみ出し者のされ方だった。
それでも、こいつの中には変え難い芯のようなものがあるのだろう。
周りに話を合わせて、自分の好きを引っ込めれば、交友関係は丸く収まるのかもしれない。
しかし、孤独と引き換えにしても譲れない物もあるのだ。
俺は須原のその頑固な意思と、ドラムスティック捌きを見込み、バンドメンバーとして勧誘した。
返事は拍子抜けするぐらい、あっさりとOKだった。
「オタクなワイが実はバンドの天才ドラマーか……悪くねぇぜ」
なんだか、過去の俺のような見栄にとらわれている気がしなくもないが、こいつの演奏は確かなものだろう。
そんなこんなで、俺はメンバーの一人目を確保したのだった。
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