今回、中途採用として入社したのは天宮星七ひとりだ。


 そもそも、今回はDIVINEディヴァインチームがふたり目のプランナーを希望したことがきっかけで始めた募集だったが、井坂が認める人材は応募者の中に存在せず、そちらは時期を改めて再募集をかけることになった。


 リリース当初から爆発的な売上を叩き出し続け、セールランキングも上位常連、神々の対立を描いたタワーディフェンスゲーム『DIVINEディヴァイン』――……一気にゼノ・ゲームスの顔となった大型タイトルである。そんな花形チームへの人材補強を目的とした面接で、弱小のアスクロチームが採用を決めるなど、よくもまぁ通ったものだと改めて思う。


「ここがアスクロチームの部屋だ。天宮のデスクも用意してる」


 浬はゼノ・ゲームスの東側、倉庫やサーバールームなどと並んで存在する旧会議室――俗称、サ終部屋の前へと天宮を案内した。緊張しているのか、天宮の「はいっ」という返事が裏返る。しかし浬も、別の理由で緊張していた。


(……初日から逃げられませんように)


 天に祈りながら、浬は少しひん曲がったドアノブを捻り、中へ入る。


 そして、壁に向かって走る男の姿を見た。


「…………」

 

 更に男は銃を構えるように両腕を曲げ、カクカクと奇妙な動きをする。


 震える浬の背後で、天宮がハッと息をのみ「ヴイオだ」と呟いた。


「いやいや簡単すぎるってー、初代ヴイオハザード!」


 山のような雑誌が積まれたデスクの向こうから、はつらつとした明るい声が聞こえた。男は上機嫌に「宇佐見うさみくん、正解!」と指を鳴らしてみせる。


「いえーい! ……あっ、浬ちゃんだ! おかえりー」


「……その呼び方はやめろと、何度言ったら……」


 頭を抱えると、ヴイオの物真似をしていた男――あずまが後頭部に両手を当てながら、楽しげに笑った。


「浬ちゃんはアレだよ、ほら、初恋の女の子が自分の名前と同じだったのがトラウマなんだよな。かわいそうに……浬、俺はいつでもそばにいるよ」


「やめろ、あのエンディングを汚すな。……黒木、テーマソングを歌うな……!」


「あの曲が流れるタイミングが神オブ神なので、つい、ね……」


「わかる。……いや、そうじゃなくてだな」


 ごほん、と咳払いをして、片手をあげる。


「全員、注目。新しいチームメンバーを紹介させてくれ」






 アスクロチーム全員――いや、厳密にはふたりほど足りないが――が、立ち上がった。みんな、興味深そうに浬の隣に立つ天宮に視線を注いでいる。


「初めまして、天宮星七です! プランナーの経験はありませんが、一日でも早くア

スクロの……皆さんのお力になれるよう頑張ります。よろしくお願いします!」


 ぺこ! っと勢い良く頭を下げた天宮に、宇佐見が「美っ少女ぉ」と感嘆の声を漏らす。


「じゃ、今度はメンバーを紹介しよう。まず、シナリオ担当の宇佐見」


「ども、宇佐見うさみあずさでーす! 名前も髪型もウサギっぽいのでそれで覚えてねッ!」


 ゆるくふたつに結わえた髪を引っ張り、ニコッと満面の笑みを見せる宇佐見。天宮は元気に挨拶を返しているが、浬はいまいちピンと来ずに首を傾げた。


「ふたつに括ってるだけでウサギは厳しくないか?」


「なんでよぉ、どう見てもホーランド・ロップでしょー」


 聞き覚えのない単語はウサギの種類か何かだろうか。残念ながら浬は、ゲーム以外の物事に対する興味が極端に薄い男である。


「……次、イラスト担当の……」


「ホーランド・ロップが分かんなかったからスルーしたな、浬ちゃん」


「これがゲームのアイテム名ならすぐに覚えるのにな、浬ちゃん」


 東と宇佐見がデカい声で悪口を言うので、浬はギロッと睨んでふたりを黙らせた。

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