リナナにできること

「ちょっと待て。」


 仮面のみやこロキへ出かけようとするリナナとドラゴフォートレスを、サクノミが呼び止めた。


「その前にこっちに来い。裏町うらまちめたからな。念のため仮面の模様もようを変えてやる。」


 サクノミはリナナをせると、リナナのつけている仮面に手をかけてふでを走らせ始める。リナナは、サクノミが自分の仮面に模様を書き入れているあいだ、じっとサクノミの顔を見つめていた。


「私、仮面をつけたままでいいの?」

「お前はこれをはずしたら何も見えなくなるだろ。」

「あ……うん。」

「頭、あんまり動かすなよ。」


 サクノミの真剣な顔をこんな間近まぢかで見るなんて不思議な感覚だった。

 ドラゴフォートレスがサクノミに聞く。


「お前もどうだ、サクノミ。気分転換きぶんてんかんになるぞ。」

「……いかねーよ。」


 やがてサクノミはリナナの仮面の左半分を金色の花の装飾そうしょくくした。


「ありがとう、サクノミ。」

「また面倒を起こされたくないだけだ。」


 それだけ言うとサクノミは再びやかたの奥に引っ込み、すぐに何かの作業に集中し始めている。リナナは行ってきますとだけ声をかけて館の外に出た。

 館の外ではドラゴフォートレスがすでに大きな黄色いドラゴンに姿すがたを変えてリナナをっていた。


「リナナ。れのに乗れ。ロキまですぐだ。」

「うん、ドラゴフォートレスさん。」


 ドラゴフォートレスはリナナを乗せて空にがると、高速で仮面の都ロキまで飛んだ。もちろん、リナナを振り落とさないように魔術まじゅつでリナナを背に固定して、空気抵抗や高所こうしょの低い気温を感じさせないように気をつけている。

 ドラゴフォートレスは竜族りゅうぞくの中でも人族ひとぞくと友好的な関係をきづいているグループにぞくしていた。そのため彼は、竜族とは比較にならないほど人族がかよわいことを、人族以上に理解していた。事実、彼は今までの長い竜生りゅうせいの中で、多くの人族の友人を見送っている。

 だがドラゴフォートレスは、そんな人族の友人たちが見せる一瞬いっしゅんかがやきのようなせいいとしく思っていた。


「サクノミのことだがな。」

「なあに?」

誤解ごかいしてやるなよ。あいつは不器用ぶきようなのだ。」

「わかってる。サクノミ、やさしいもの。」


 ドラゴフォートレスは、リナナのその純粋じゅんすい慈悲じひちた心を理解して微笑ほほえんだ。


     ◇ 


 仮面の都ロキにくとドラゴフォートレスはすぐに人間の姿になって漆黒しっこくの仮面をつけた。

 ドラゴフォートレスはリナナをれて、都で一番の市場いちばを案内する。以前に都に来た時のリナナは修道院しゅうどういんを探すことに必死で、都にある店や市場をながめるような余裕すら無かった。

 都の様子をあらためて見ていると、都はレンガを高く積み上げた建物たてものならび、食べ物の店だけではない、武器、防具、様々さまざまな店が存在していた。


「私、買い物もしたことないの。孤児院こじいんの外に出たことは一度もなかったから。」


 物珍ものめずらしそうに市場を見て回るリナナの様子を見て、まるでどこぞの姫君ひめぎみではないかとドラゴフォートレスは苦笑くしょうした。


「どれ、何か買ってみるか。これをわたそう。小遣こづかいだ。」


 ドラゴフォートレスは、金色にかがやくコインをリナナに数枚すうまい渡した。


「これがお金……。」

魔法金貨まほうきんかだ。センドダリアの通貨つうかだな。」

「私、もらってしまってもいいの?」

「もうこれはリナナのものだ。我れが譲渡じょうと意思いしを持って渡した。」

「譲渡?」

「魔法金貨の所有者しょゆうしゃがリナナにうつったということだ。自身の所有者を理解している。それが魔法金貨なのだ。」

「じゃあ、所有者じゃなかったら?」

「魔法金貨は自身の所有者を見極みきわめる。不正な手段しゅだんで手に入れることはできん。」

「不正な手段って?」

「たとえば、ぬすむ。うばう。盗品とうひんと交換することもできない。魔法金貨自身が不正な者の手の中にあると判断すれば、その者の手から魔法金貨は消えてしまい、本来の所有者の手に戻る。」

「へえ……。なんかすごい……。」


 リナナは魔法金貨をにぎりしめて周囲の店々みせみせを見渡した。

 お花を売っている花柄はながら模様の仮面のお姉さん。焼き鳥を売っている鳥の仮面のお兄さん。かぶとかぶった武器屋のおじさん。

 リナナは様々な野菜を広げている老人の露店ろてんが目についた。老人はカボチャのお面を被っている。リナナは老人の露店に近づいてトマトを手に取った。お世辞せじにも立派とはいえない店構みせがまえなのに、そのトマトは表面がツルツルしていて瑞々みずみずしく新鮮しんせんだ。


「これいくらですか?」

「五十だね。」


 その声で、老人がおばあさんであることがリナナにもわかった。


「ドラゴフォートレスさん、これで買えるかな? サクノミにトマトのスープを作ってあげたいの。」

「買えるさ。」


 ドラゴフォートレスがリナナに渡した魔法金貨一枚で二千の価値だった。

 リナナはトマトを四つ、いもを二つ、葉野菜はやさい一束ひとたば選ぶと、店のおばあさんに魔法金貨を手渡した。チャリンと金貨から音がした気がした。おばあさんはおりとして小さな魔法金貨をリナナに返す。


「ありがとう。」


 ふくろいっぱいの野菜をかかえて歩くリナナに、ドラゴフォートレスが聞いた。


「リナナ、あの老人の仮面をよく見たか?」

「うん。他のお店の人と同じ印があった。」

「そうだ、あれが公認印こうにんいん。どのような店であっても、まっとうな商売をしている者であれば商会の公認印を持っている。それの確認を忘れるなよ。」

「うん。」



 リナナとドラゴフォートレスはそれからいくつかの店を見て回ったが、リナナが働けそうな店はなかなか見つからなかった。

 リナナは読み書きも計算も孤児院でならったので出来る。しかし、リナナはまだ非力ひりきな少女で、たいていの店で求められる労働は体力が勝負だった。

 落ち込むリナナにドラゴフォートレスが言った。


「そうだ、リナナよ。海の魚は好きか? センドダリアは内陸ないりくだから海が無いだろう? だがロキには海の魚の料理を出す店がある。我れはそれが好物こうぶつでな。……実は店主が水棲族すいせいぞくなのだ。ロキは仮面の下を詮索せんさくされないので、このように他種族たしゅぞくがまぎれて生活していることもある。」

「海の魚……、食べたことない。」

「はっはっはっ、それはもったいないぞ。食べに行こう、リナナ。」

「……うん。」


 ところが、ドラゴフォートレスが案内した魚料理の店は閉まっていた。店先みせさきには仕入れのため留守にすると張り紙があった。


「なんと、休みか……。すまない、リナナ。」

「ううん。ドラゴフォートレスさん、また連れてきて。」

「ああ。そうだな。今日はこの辺にして帰るか。」

「うん。夕飯は私作るね。」

 

 リナナは野菜の入った袋をドラゴフォートレスに見せて笑顔を作った。

 もう日はかたむき始めた夕暮れ時だった。

 今日のところは仮面の館に帰り、夕飯はまたリナナにご馳走ちそうになるのもよいか。……しかし、それならば肉も買っておくべきだったな。ドラゴフォートレスは、仮面の都ロキを出て周囲に人がいないことを確認すると、ドラゴンの姿になりリナナを背に乗せて飛び立った。

 都の外、空を飛ぶドラゴフォートレスたちの目下もっかには草原が広がっている。そこを何か小さな影が十数匹、同じ方向を目がけて走っていた。


「あれは魔物レッドウルフか。れで人間をおそう。街道かいどうの魔物けに近づくことはないが、ロキ周辺では比較的よく見かける魔物だ。」

「あ、ドラゴフォートレスさん、あれ見て!」


 リナナがレッドウルフの先をゆびさして言った。

 

「むっ。あの馬車、ねらわれておるな。」

「ドラゴフォートレスさん! 助けに行こう!」

「おう!」


 ドラゴフォートレスは竜族の戦士である。もとより助けにいくつもりであったが、ドラゴフォートレスが言うより先に、躊躇ちゅうちょなく救助を決断したリナナの意外とも言える勇敢ゆうかんさにドラゴフォートレスはいさぎよさを覚えて心が高ぶった。

 ドラゴフォートレスは馬車とレッドウルフの群れめがけて急降下する。

 魔物は人を襲う。だがその存在には不明な点が多い。魔族まぞくが作っているのだとか、三百年前に起こった流星の夜から現れだしたのだとか言う者もいる。しかし、魔物に共通しているのは、たましいを持たないということだった。倒せばきりになって消える。

 ドラゴフォートレスはリナナを安全な場所に降ろすと、その口からいた炎でレッドウルフを焼き払い、そのきたえられた爪で切りいた。

 馬車を襲っていたレッドウルフたちはあっという間に消え去り、残りは逃げていった。

 ドラゴフォートレスとリナナは馬車に近づいて安否あんぴを確認する。

 

「大丈夫か? おや、魚料理屋の店主ではないか。」


 馬車の中には珊瑚さんごの仮面を付けた女性と、リナナよりも小さな少女がいた。どうやら、仕入れの帰りをレッドウルフに襲われたらしかった。

 

「あ、竜族のかた……。助けてくださって、ありがとうございました。でも、むすめが……襲われた際に仮面を落としてしまって。」

「いかん、これはロキの呪いか。」


 店主の女性に抱えられた少女は赤い顔でき込んでいる。

 少女は持っていた金魚の仮面をつけ直したが、仮面に呪いを防ぐ効果はあっても出てしまった呪いの症状をおさえることはできない。


「子供は呪いの進行が速い。このままでは……。」

「ルビー!」


 悲痛な表情のドラゴフォートレス。

 店主の女性が少女の名前を呼ぶ。


「ドラゴフォートレスさん! なんとかならないんですか?」

「ううむ。呪いは我れの力では……。」

「サクノミは!?」

「いや、魔術では無理なのだ。聖女の神聖術しんせいじゅつでもない限り……。」

「神聖術……?」


 リナナは、自分の持つ神様のやしの力を、サクノミが神聖術と呼んだことを思い出した。


「もしかして、私なら……!」


 リナナは、苦しむ少女のひたいに手を当てた。

 リナナの手のこうに光りの模様が浮かび上がると、みるみるうちに少女の顔色が良くなり汗が引いていく。少しすると呼吸もおだやかになった。


「こ、これは……。」

「良かった。神様の癒やしの力で治りそう。」

「ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいのか。」


 店主の女性は泣いて二人にお礼を言った。

 抱き合って喜ぶ店主の女性と少女の様子をみて微笑むリナナを、ドラゴフォートレスは信じられないものを見たというように凝視ぎょうししていた。



 リナナとドラゴフォートレスは馬車を安全なところまで見送ると、店主の女性……サファイアにまた魚料理を食べに行く約束をして帰路きろについた。


「遅くなっちゃったね。サクノミ待っていてくれるかな?」

「ああ、そうだな……。」

「お仕事、もしかしたらサファイアさんのお店で働かせてもらえるかもって。」

「ああ、よかったな……。」


 ドラゴフォートレスは、らしくもなくリナナに空返事からへんじをした。ドラゴフォートレスにはそれよりも気がかりなことが出来てしまっていた。

 夕飯をえて、リナナが寝たことを確認すると、ドラゴフォートレスはサクノミを館の外に連れ出し追求するように聞いた。

 

「お前、とんでもないものを拾ったな。なぜだまっていた? あれはノートラスの聖女の力だぞ。ということは、リナナはノートラス王家おうけ血縁者けつえんしゃということだ。」

「……そうとも限らないだろ。」


 サクノミはドラゴフォートレスを見ずに答える。

 

「人族で魔力を持つものは限られておる。その多くは王族の血筋……、多種族との混血。もしくは魔物と交わりし魔女だ。もちろん神聖術を使える種族もおるが、聖女の力はノートラスが聖域せいいきとしている。それが使える人族となればリナナは……。」

「俺には関係ない。」


 相変わらずぶっきら棒に言うサクノミに、ドラゴフォートレスは言う。

 

「関係ないことがあるか。お前は……センドダリア国王の弟なのだぞ。」

「いいや、今の俺は魔術師サクノミだ。あいつだってここにいればただの娘だろう。」


 サクノミが見つめる先、それは星空。ただし、その方向にはセンドダリアの王都おうとがあった。

 

「そうか、サクノミ。……お前の考えはわかった。だがな、いつか必ずそれに向き合う時が来るぞ。」

「……。」

 

 サクノミは無言むごんで、館の中に戻っていった。

 ああ、小さき我が友人たちよ。その短い生でなぜ困難に立ち向かわなければならないのか。ドラゴフォートレスは、二人の行く末を見届けることをちかったのだった。

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