ハシタダさんは、鍛冶屋へいく

 トンテンカンと、音がする鍛冶屋。

 この町で唯一の鍛冶屋の親方は、今日も愛用の槌と愛用の高熱炉を使って冒険者のための武器を作っている。

 荒々しい冒険者が、近場の『迷いの森』や『ダンジョン』で自分達の武器を壊してくれやがるから、親方の仕事は尽きることがない。


 そんな親方は、先祖代々受け継がれてきた私の槍、近衛の槍のメンテナンスをしてくれている。


 槍の穂先を片目を瞑りながらじっと至近距離で見てはトンテンカンと小気味いい金槌の音を立ててはまた見ることを、繰り返している。

 歪みがないかを確認しているということだが、私の槍がそこまで歪んでいるのかと問われれば、ノーと言いたい。そこまで使っているわけではないはず。なんせ私は門番。槍を地面に突き立てて外を見ていればいいだけの門番だから。

 なのに。あれだけ何度も槌で叩かれては、私は槍が心配になってくる。


 そんな不安を、この町の鍛冶屋の親方は腕は確かだからと考えを払拭する。

 弟子がいて、その弟子が名の知れた名工というのだから、その師匠である親方もさぞかし名のある名工なのだろう。


 ……親方の名前、知らんけど。


「なあ、ハシタダさん」


 じーっと穂先を見ている親方が、話しかけてきた。


「なんだい、親方」

「先日、空から降ってきた女の子は元気かい」


 一瞬、頭の中で妙なビジョンが頭に浮かんだが、ふるふると頭を振ってそれを取り払う。


「ああ、まあ元気だな」


 カーン。

 親方は勢いよく私の槍に槌を振るう。


「家族とも離れ離れなんだろう?」

「らしい。というかどうやらお腹に子供がいるみたいだ」


 カーン。

 調整するためか、一度狙い定めるかのように近くで見て、また槌を振り下ろす。


「……お前の子か?」

「んなわけない。私の娘みたいなもんだろう、年齢的に」

「手を出したのか」

「私のじゃないって言ってるよね!?」


 カーン。

 どうしても私の子といわせたいのかどうかはわからないけども、なぜにそこまで執拗に私とあの子をくっつけたいのか。

 私は亡くしはしたが既婚者だ。妻のことを忘れることはない愛妻家とも言える私に、あんな娘くらいの女の子をくっつけようとする親方の気がしれない。


 それは世間一般的に、犯罪にも近しいことではないか。

 門番の私が、そのような犯罪めいたことをするわけがないではないか。


「ほー。その旦那、身重な奥さん放り出してなにやってるんだ?」

「さあ? もし探すとしたらこの大陸の王都『クリム』になるだろうなぁ」


 ぽきんっ。


「今度、王都に向かう予定があるんだが、その時……っ!?」

「助かる。彼女も旦那に会いたいとは言ってるんだ――……ん? 今の音なんだ?」


 カーン。カンカンカンカーン――……


「「……」」

「あ、おい、おやか――」

「今日は店じまいだ。とっととかえんな。おいお前、そこにオイルさしておけ」


 待って親方。

 店じまいって、あんたまだ昼間だよっ!?


「いや、今日この時間に店じまいしたら冒険者達も困るよっ!?」

「だったら、今しがた急用を思い出した」

「いきなりだねっ!?」

「いきなりだから急用なのだろう。……どれ王都にでも顔出しにいってくるか。久しぶりに王都の弟子の顔でもみにいってくらぁ」

「それしばらく帰ってこないやつっ!っていうか、さっきの音ってなんの音っ!?」

「なんだ。だったらお前だけに対して店じまいだ。とっとと帰れ」

「なんか私に対して不都合なことあったよね!?」


 ねえ、やったよね、いまやったよね!?

 私の槍、ぽきんって。ぽきんって!


「今日も、町は平和でいいことじゃねぇか」


 それ私のセリフ! だから私の槍どうなったの!?


「どれ昼から一緒にくいっといっとくか?」

「う……ううむ。それはそれで魅力的――っじゃなくて私の槍っ!」

「おいそこの。そこに転がってるガラクタ、端っこに放置しとけ」

「それ私の家に先祖代々伝わるやりぃぃぃっ!」


 そんな門番である私が、こんな風にサボることができるのだから、


 今日もこの町は、平和だ。

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