第2話

場の空気が落ち着くと、領主のアイリスは簡単な説明を続け最後に言った。




 「ここに集まっている者で組んでも良いし、腕に自信がある者は一人で討伐へ向かっても良いだろう。私としては首さえ持ってきてくれれば良いのだ。本日はそれぞれに個室とディナーを用意した。明日の昼までには手形を発行してもらい、出発してくれ。健闘を祈る」




その後、執事のような男が耳打ちをして、それを聞いたアイリスはすぐにその場から去った。




 見計らったかのように手際よく邸宅のメイドたちが謁見の間に料理を運んでくる。料理も尾頭付きの高そうな肉や魚ではあるがどれも俺がいた国では見たことがないものだ。間違いなくここは俺が知らない場所ということか。何が起きたのかは分からないが、せっかくだから成り上がってやろうじゃないか。




謁見の間が立食会場に早変わりする様を見ていると、自分のお腹が鳴る。恐らくこの立食で親睦を深めてパーティーを作ってほしいということなんだろう。名乗りを上げて招集に参加したというだけでとんでもない待遇だ。それだけ蛮族王という輩が強いということなのか。




 食事も各々取りはじめて少し落ち着いた頃、肉料理を食べていると男が近づいてきた。斧で盾を打ち鳴らしていたやる気満々のドワーフだ。手には酒の匂いがする飲み物を持っていて非常に酒臭い。だがそれがいい。




「おう、良い食いっぷりじゃの。お主、もうパーティーメンバーは決まったかの?」




見たところ前衛タイプ、とてもガッシリした体つきでちょっとやそっとじゃビクともしなさそうだ。現実には存在しなかった種族に話かけられて舞い上がりそうになるワクワクをどうにか押さえつける。




「いえ、まだ決めていません。あ、肉は食べますか?」




「ガハハ!気が利くじゃないか!お主はアレか?本を持っているから魔術が使えるのか?」




来た。恐らくパーティーに誘うために情報を収集しているのだろう。しかし待てよ…俺、魔術師なのか?確かに見た目はそれっぽいかもしれない。青っぽいローブを着ているし。そもそも魔術ってどうやって使うんだ?この本はただのルールブックだ…そんなもので魔術の発動は期待できないだろう。参った、自分のクラスがわからないうえに、戦い方も何も分からないぞ!こういうのは転生したときに知識として情報を持っているものじゃないのか~!とにかくどうにかしてやり過ごそう。時間を作って自分になにができるか確かめなくてはならない。




 「あ~、え~っと…そうですね。そんな感じですよ、多分…あ~ちょっと失礼します」




そう告げて肉を取り分けてやり、逃げるようにトイレへ立ち去った。




「なんじゃ?ノリが悪いのう…」




 トイレに駆け込むが状況がまずい。感動している場合じゃなかった。転生にしても、もっとマシな状況が望ましかったと思えるほど焦る。恐らく俺のクラスは魔法系の何かだとは思うが、検証するにしても時間が足りない。皆この立食でパーティーメンバーを決めて旅立ってしまうだろう。一人で討伐できる訳もないし。手持ちを見たが、ポケットに入館証のようなものが入っていた。豪華な食事とお泊りまでして逃げれば恐らく出発手続きの時点でバレる…。タダ飯喰らいのお尋ね者はゴメンだし、土地勘もない。




「こうしていても意味がないな、とりあえず…戻ろう」




 謁見の間へ戻るとほとんどの人はパーティーを作ったのか、所々で団子になっており人はほぼ残っていない。あのドワーフも他の人と意気投合しているようだ。時間をかけすぎたか…? 頭を抱えていると誰かが話かけてきた!




「あの、大丈夫?」




目をやると一人の少女が立っていた。桃色の髪と目、髪はショートで目がクッキリしている。すごく目立つ色だ!ファンタジーではこんなのが普通なのだろうか。痩せ型で身長は少し俺より小さい。服装は剣を佩いているようだが、鎧は一切つけておらず違和感を感じる。




「ありがとうございます。大丈夫です…少し考え事をしていただけですので」




「そう、それなら良かった。私の名前はカルミア。あなたは?」




「俺は…」




俺は前世?では佐藤悟サトルという名前だった。しかし、この世界で名字を名乗ることはどういう意味か、まだ分からないうちは明かさないほうがいいだろう…ここは名前だけで良い。




「俺はサトルです。パーティーメンバーを探しています」




「そう、奇遇ね。私もよ」




お?これはもしかして誘いに乗ってくれるのでは?一時はどうなるかと思ったが、これで首の皮一枚つながったかもしれない。とにかく仲間を作らなくては。ただその前に戦闘スタイルをそれとなく聞いてみる。




 「それは良かった…ところで、見たところ剣士の方とお見受けしますが、防具は着けていないのですか?珍しいスタイルですよね」




「…軽い防具しか着けないようにしているの。私の剣術は動きが命で、重い防具をつけると上手く技が出せなくなるのよ。仲間には誘われたわ。ただ防具の件を話すとみんな興味をなくしてしまったの」




確かに前衛タイプで重い防具を着けられないのは一般的には致命的と判断される。どのゲームでも前衛は耐えてこその世界。なるほど、それで余っている俺に声をかけてくれたんだ。戦闘スタイルを素直に話してくれた。俺も当たり障りない方法でその誠実さに答えるべきだろう。




「そうですか…実は俺も、こんな格好をしていますが全く実戦経験がないのです。魔法もまだ練習中で扱える自信がなくて。もし、戦力を当てに声をかけてくれたのであれば、申し訳ないのですが」




カルミアは目に見えて元気がなくなっていくようで、申し訳ない気持ちになる。ちょっとフォローを入れよう。




 「ただ、明日になってもメンバーが見つからないということであれば、俺で良ければ力になります。あと個室の場所もあとで教えておくので、メンバー集めで何かあれば遠慮なく仰ってください」




少し驚いた表情をしたカルミアだったが、元気のない笑顔を見せると別れの挨拶も程々に謁見の間から出ていった。

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