第25話 前日

 明日はとうとう楽しみ半分不安半分の体験学習実施日だ。

 新しいことに触れられるという点では知的好奇心がそそられるため楽しみではあるが、体験学習、要は半分仕事のようなことを学習としてするというわけだ。


「…やっぱりちょっと不安だな」


 アイドルイベントのスタッフ…一体何をさせられるんだろうか。

 そのアイドルの人が歌ってる最中に上手く照明を当てろなんて言われたら絶対に俺じゃ役不足だ、頼むから誰でもできてかつ今後に生きる、そんな役を当ててほしい。


「何が不安なんですか〜?」


「え…?!」


 学校の廊下でそのような考え事をしていると、一つ年下の女子高生かつ前たまたま旅館で出会った沙藍さらという少女が俺に質問をしながら俺の左手を両手で握ってきた。

 俺は咄嗟に振り解く。


「何を─────」


「…へぇ、天霧先輩とはかなり進んでそうなのにまだ手も繋いでないんだぁ、もしくは私だから照れただけ…?とにかくメモメモっと」


「そんなことメモしなくていい!」


 俺は沙藍が出した開いたメモ帳を閉じる。


「あぁ〜、まぁ後でいいや…」


「後でも良くない!…それより何か用事か?」


 ここは2年生の階層だ、1年生が何の用事も無く来ることはないだろう。


「先輩って明日から体験学習じゃないですかぁ、私も明日からちょっと忙しいので忙しい同士話したいなぁと思って」


「忙しい…?家の用事か何かか?」


「ううん、実はこう見えて私仕事してるから、それで忙しいってだけの話…それより先輩の話しよ!」


 仕事…何をやっているのかまるで想像できないな。

 外見だけで判断するならモデルとかだろうか。


「俺の話って言っても何も面白い話は無い」


「え〜?さっき不安とか言ってたの聞いてたから!そんな嘘には騙されないよ〜?」


「あぁ…それは純粋に明日の体験学習が不安ってだけだ」


「そうなんだぁ、先輩どんな体験学習選んだの?」


 さっきから少し気になっていたが、どうやらもうすっかり敬語は使わないことにしたようだ。


「イベントスタッフってやつで、これがまた難問そうなんだ」


「あはは、何それ〜、先輩スタッフなんかより表出る方が絶対向いてるって〜…イベントスタッフ?」


 沙藍は何かを考えるように唇に手を当てた。


「ん〜…どっかで聞いたなぁ、何だっけそれ…先輩、それってどんな感じの仕事〜?」


「アイドルのイベントを補助するらしい」


「あぁ〜!…ラッキー」


「ラッキー?」


「あははっ、それより先輩、それの何が不安なの?」


 ラッキーとまで言ってなんでもないことは無いだろう。


「何がって…初めての体験学習で不安にならない方がおかしいだろ?中学生の時に職業体験はあったがそれ以外バイトだってしたこと無いんだ」


「あぁ、初体験ってことか〜」


「言い方!…しかもそれが特殊で、アイドルのイベントのスタッフらしいんだ」


「うんうん、そうなんだ〜」


「そうなんだって…驚かないんだな」


 普通突然アイドルという単語が身近に出たら驚きそうだが、沙藍はこの歳にしてもう肝が据わっているようだ。


「えへへ」


「別に褒めてない」


「白斗さん誰と話してるんですの」


 顔を見なければ誰の声か分からなかったため声のかかった方向を向いてみる。


「あぁ、その方だったんですのね」


 顔を見るとしっかりと美弦の声だと識別できるが…さっきの声は本当に誰かわからなかったな、声が暗かったように聞こえたが聞き間違いだろうか。


「沙藍さん…と、下の名前で呼ぶのは忍びないので、苗字の方を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 それは俺も前に聞きそびれていたことだ。

 俺も特に女子のことは下の名前よりかは上の名前の方が呼びやすい。


「やだ〜だってそれ教えちゃったら空薙先輩まで私のこと苗字で呼び始めちゃってこの下の名前で呼ばれてる特別感が無くなっちゃうもん」


「…はい?」


 美弦は珍しく怒り口調だ。

 だがその気持ちはわからなくもない。


「私だって美弦と下の名前で読んでいただいていますわ、ですのであなただけの特別では無いということと、あなたはあくまでも苗字を隠しているから他に呼ぶ術が無く白斗さんに下の名前で呼ばれているだけに過ぎませんわ」


「じゃあ空薙先輩、また明日ね」


「私のことを無視しないでいただいてもよろしくて!?」


 沙藍は美弦のことをそのまま無視して階段の方に行った。

 おそらく自分のクラスに戻っていったんだろう。


「なんですのあの方!白斗さんに下の名前であえて呼ばせているなんて!」


「まぁまぁ…明日からは体験学習だし、今あったことは一度記憶の片隅に置いて切り替えていこう」


「…はいですわ」


 俺は美弦よりも先にクラスに戻った。


「あの方、思っていたよりも厄介かもしれませんわね…どうにかして近いうちに彼女のことを嵌めてでも排除しなければならないかもしれませんわ…私の白斗さんにあのような言動を…しかも2人で密談?本当に処罰対象ですわ、犠牲を厭わず必ず報いを教えて差し上げますわ」

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