第20話 嫉妬

「白斗さん、何故私以外の女性と長々とお話ししているのでしょうか、それにお名前まで聞いて…何か目的でもあるんですの?」


「え、どういうことだ…?」


 さっきまでは俺の腰にだけタオルを巻いた姿にあんなにも動揺していたが、今はそれどころでも無いと言いたげだ。


「白斗さんには私以外の女性とお話しされてしまっては困るんですの」


「なんでだ?」


 意味がわからない。

 推測できるのは立場的に何か美弦との関係を変に誤解されたりするとまずいからできるだけ会話はしないでほしいということだが…それだと女性に限定する意図がわからない。


「それは…お分かりにならないんですの?」


 何やら俺がおかしいとでも言いたげなようだ。

 ここは俺の考えたことを意見しておこう。


「美弦の家のことと関係があるのか?」


「そうじゃないですわよ!ですから…以前にも申しましたとおり、私は白斗さんに恋する乙女なんですのよ?」


「それが?」


「それがじゃないですわよ!恋している方が他の女性の方と会話しているのを見ると嫉妬してしまうというか…気分良く居ることなんて不可能ですわ!…法律なんて無ければ何をしでかしていたかわかりませんわよ」


 美弦が話し始めたタイミングでちょうど竹がコツン、と音を立てるのがお風呂中に響いてきた。


「悪い、なんて言った?」


「もう!なんでもありませんわよ!」


 …なんだか悪いことをしてしまったようだ。

 その後美弦が体を洗う関連のことで理解不能なことを言ってきたため、俺は逃げるようにしてお風呂場を出て、すぐに部屋に戻った。

 美弦も出てきてはいたが男子と女子とでは女子の方が色々と手間がかかるのか、美弦はまだ帰ってきていない。


「はぁ…」


 疲れたな。

 お風呂場は癒されるはずなのにほとんど癒されることなんてなかった、だが高級露天風呂というだけあって雰囲気は本当に良かったな。


「ん、どうぞ」


 ノック音が聞こえてきたので俺は入るように伝える。

 多分美弦が帰ってきたんだろう。


「あのっ…!」


「え?君…」


 入ってきたのは美弦ではなく、沙藍と名乗った俺より1つ年下の少女だった。


「君じゃなくて沙藍です!…じゃなくて!私、ずっと先輩にお礼が言いたくて先輩とゆっくり話がしたかったんです!」


「お礼…?俺に?」


「はい!」


 …改めてこの沙藍という少女を観察してみるが、やはり見覚えはない、つまりお礼を言われるようなことはないはずだ。

 …こんなに派手な見た目なら忘れないと思うんだけどな。


「や、やだなぁ先輩、お風呂上がりにじっくり見られたりしたら恥ずかしいなぁ〜」


「あぁ、悪い…」


 俺は一度目を逸らしてからもう一度向き合う。


「それで…お礼したい内容っていうのは?」


「はい、私が夜ちょっと遅い時間に出かけてた時にガラが悪いというか、ちょっと怖い人たちに絡まれてしまって、その時に先輩が助けてくれたんです!」


「あぁ…」


 そういえば一度だけそんなこともあった気がする。

 助けたと言ってもその間に割って入って警察を呼ぶと大声で言っただけでほとんど何もしてないから俺の記憶にはあまり残っていなかったのかもしれない。


「でも私、あの時は帽子を深く被っててマスクもしてたので、先輩が私のことは覚えてなくても仕方ないと思うよ!」


「なるほど…前から思ってたが、なんで前から敬語とタメ口が入り混じってるのは何か理由があるのか?」


「あ、すみません…それは…実は、私アイド─────」


「白斗さん、先程はすみません、私も感情的になってしまって…ですがわかっていただきたいのは私は─────どうしてあなたがここに居るんですの…?」


「あっ…私はこれで失礼します、じゃあまた!」


 沙藍は俺たちに一礼すると美弦と入れ替わりになるようにしてこの部屋を後にした。

 俺は美弦に何かを問い詰められることを予期したため、美弦と顔を合わせない作戦を決行したが、それは呆気なく失敗に終わった。


「どういうことなんですの?白斗さん」


 大声で詰めてくるのかと思ったが、今度は淡々と詰めてくるような口ぶりだ。

 …たまに美弦はこうなる時があるが、この時の美弦は持ち前の頭の回転の速さを生かして冷静に詰めてくるため感情的になっている時よりも言葉選びをしなければならない。


「誤解だ、俺は何も─────」


「誤解?私は何も責めているわけではありませんのよ?それとも何かやましいことでもあるんですの?」


「そうじゃなくて…いきなりあの子が来て、ちょっとお礼を言われただけで、本当にそれだけだ」


「お礼というのは?」


「なんか…あの子がガラ悪い人たちに絡まれてた時に俺が助けた、って言っても警察呼ぶって言ったらどっか行っただけなんだけど、それのお礼を言われた」


 俺は別にそれを恩を売っただなんて思っていなかったから言われるまで本当に記憶の片隅に追いやられていた。


「…そうなんですのね、ではもうお礼を受け取ったのであれば、もうあの方と関わる必要はないですわよね?」


「一応そういうことにはなるが…そんなに大事なのか?」


「…いえ!なんでもありませんわ!」


「…え?」


「そろそろ就寝のお時間でしょうし、私は少しお手洗いに失礼しますわ」


 美弦は俺にそう伝えてから、この部屋を後にした。

 …美弦の様子が少しおかしかったな、どうしたんだろうか。


「…危うく白斗さんに私の見苦しいところをお見せしてしまうところでしたわ、この問題は私が解決してみせますわ」

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