第16話 身分

「とうとうこの日が来ましたわ!一体この日をどれだけ待ち望んだことか白斗さんにわかりますの!?」


「え、まぁ…」


「わかってないですわ〜!なんですのそのテンションは!もっと楽しそうにしてくださいましよ!」


 朝6時からそのテンション間で居られることの方が驚きだ、お花見の時のテンションだ。

 お花見の時でさえお酒を飲んでるから早朝でもテンションが高い、みたいな話があるのに何も飲んでいない素の状態でそれは本当にどうなっているんだ。

 …そんなことより、今はとうとうゴールデンウィークに突入し、行くところも決定したためその移動のためにこんな朝早くから美弦と集まっているというわけだ。


「十分楽しみにしてたから安心してくれ」


「むぅ…これでは私1人が勝手に舞い上がって少し煩いような感じになってしまうじゃありませんの!」


 正直言葉を選ばないのであれば半分ぐらいは間違っていないかもしれない。

 …が、それは流石に可哀想だし俺だって本当に楽しみにはしていたため、注釈を挟んでおこう。


「俺は本当にこの旅行のことを楽しみには思ってたんだ、だから勝手になんてことはない、気持ちは俺も同じだ」


「本当ですのっ!?」


「本当…だがあんまり高いところとかだとちょっと気が引けるっていうのはあるかもしれない」


「そうですのね…白斗さんの高いというのがどのくらいなのかお聞きしたいですわ」


「そうだな…」


 確か美弦はゴールデンウィーク丸々全てを旅行に使いたいと言っていたな。

 これだけでまず高校生ではあり得ない話だが、そんなことを言っても聞いてくれそうにない。

 つまり4泊5日になるのか。

 …改めて鑑みても長いな。

 こんなに日数があると金額は…


「4泊5日なら、大体合計費用6万…高校生なら頑張っても7万円ぐらいが普通だと思う」


 そもそも4泊5日なんてスパンの旅行高校生だけで行うのが普通ではないためここで普通を持ち出すのはおかしな話かもしれないが、それでもこれが俺の高いだな。

 …正直1万円を超えれば俺の中では普通に高いんだが。


「7万円ですの!?そんな…!」


 そんなに使って良いのかと感心しているようだ。


「それだけしか使ってはダメなんですの!?1泊しかできませんわよ!」


 全然違った、長年一緒に居るが未だに美弦の考えを大幅に外すことがある。

 …1泊、冗談もいいところだ。


「7万円で1泊なわけないだろ?」


「そんなことありませんわよ!食事代とかも含めると足りないくらいですわ!」


 本当に一体どんなところに泊まる気だったんだ。


「あのな、7万円なんて俺のほぼ貯金額なんだ、高校生の観点からしたら決して安くない値段だ」


「…え、白斗さんそれだけしかありませんの!?」


「それだけって…これでもバイトしてない割には結構頑張って貯めてる方だ」


 お年玉を使う欲を我慢し、お小遣いを使うのも我慢し将来のために少しでもと貯めている。


「そんなっ…!ポケットマネーで申し訳ないですがこれ受け取ってくださいまし!」


 美弦は俺に封筒を手渡してきた。

 中を開けると札束がまとめられていた。


「な、なんだこれ!ていうかこの束…知ってるぞ!これ100万円なんだろ!」


 このまとめ方をするのは100万円だというのを前にテレビで見たことがある。


「カードであればもっとあるのですが、白斗さんにカードを渡してしまうと白斗さんが女遊びというものを初めてしまうかもしれないので…それで我慢してくださいまし!」


「100万円もあればそんなこと多分できてしまうしていうか俺はそんなことしない!俺をなんだと思ってるんだ」


「世界で一番かっこいい方と思ってますわ」


「……」


 そんなことを実直な目で言われると少しだけ照れてしまう。


「と、にかくこれは受け取れない、返す」


「…そうですわ!でしたら、それを旅行費に致しましょう!」


「…え?」


 なんだかとんでもないことを言い出し始めた。


「これをって…何円あると思ってるんだ!」


「100万円ですわよ?さっき見事な洞察眼で当てられていたじゃありませんの」


「そうじゃなくて!こんな大金使って旅行は贅沢すぎるだろ!」


「普通じゃありませんの…?白斗さんの身分を考えれば少し安すぎるぐらいですわ」


 俺は普通の家の普通の高校生なため身分なんていうものは存在しない。


「身分で言うなら、俺より美弦の方がすごい身分だろ?」


「そんな…私なんて白斗さんに比べれば塵芥ちりあくたですわ!」


 …これは反論してもあまり意味をなさなそうだな。


「わかった…じゃあ今からどこに行くか決めるか」


「いえ!私もう決めてありますの!」


「そうなのか」


「はいですわ!」


「どこに行くんだ?」


「行くと必ず結ばれると言われる恋愛成就を願う温泉付きの旅館ですわ〜!」


「何…!?」


 恋愛成就を願う温泉付きの旅館…?

 …恋愛。

 そうか、美弦は俺に恋、恋愛をしているのか。


「……」


 俺はどうなんだろうか。

 長く美弦と一緒に居るが、俺は美弦のことをただの幼馴染だと思っているのだろうか。

 それとも…


「行きますわよ!」


 俺たちは予め持ち物は用意していたため、すぐに行動に移した。

 道中、俺は美弦の言うままに動いていたが、頭の中は少しうわそらだった。

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