第12話 お風呂

「…一旦今の状況を整理してみるか」


 今の状況は、俺が美弦に対して立場が違いすぎるからと婚約を断り、美弦がそれならと絶対にしてはならない天霧財閥を倒産させようと直談判するために美弦の邸宅に連れてこられ…

 いざ来てみると美弦の両親は旅行に行っていて、急遽美弦の家に泊まることになり。

 眠る時に一緒に寝ようと言い出しているため、それをどう回避するかを考えなければいけない、と言ったところか。


「…本当にどうすれば良いんだ」


 子供の頃はよく一緒に寝てはいたが、今は年齢、体、心と言った重要なものがあの頃とは変わり果てている。


「白斗さん、先にお風呂に入ってくださいまし」


「え、良いのか?」


「えぇ、大丈夫ですわ」


 そういうことなら遠慮なく入らせてもらうが…


「俺の着替えは…?」


 大丈夫だとは思うが念のため確認しておこう。

 …そもそも俺用の服を持ってる時点で大丈夫なのかは怪しいところだが。


「こちらですわ」


 美弦は俺の目の前に着替えを差し出す。

 どれも俺好みのシンプルで、かつサイズまで俺と合っている。


「良いな…」


 これは普通に俺が欲しいぐらいのものだ。


「本当ですのっ!?」


「あぁ、俺の好みにピッタリだ」


「ありがとうございますですわ〜!」


 美弦はわかりやすいほどに喜んでいる。

 前に甘奈さんと前美弦と行ったショッピングモールで服を買いに行ったことがあったが…


「甘奈さんより断然美弦の方が俺と意見が合うな」


 甘奈さんは家では少しだらしない一面を見せることもあるが、外に出ればザ・オシャレ、みたいな人だ。

 だから俺に勧めてくる服も明らかに俺の好みではないオシャレなものが多かった。


「…甘奈?誰ですの?」


「従姉妹の─────」


「男性ですの?女性ですの?」


「え…女性だ」


「…女性の、それもお洋服の意見を交換するほどの方がいらっしゃるんですね」


 美弦はどことなく面持ちを暗くしている。

 どうしたんだろうか、さっきまであんなに嬉しそうにしていたのに。


「あぁ、従姉妹の人なんだ」


「…あっ」


 美弦は虚を突かれたかのような声を出した。


「どうした?」


「い、いえ…!なんでも無いですわ…!従姉妹…なるほどですわ、従姉妹さんなんですのね…!ですが従姉妹さんと言えども私以外とお洋服の話をしていると言うのは少し羨ましいというか妬んでしまうと言いますか…私は白斗さんに恋をしていますので、少し思うところがあるんですの…わかりますわよね!?」


「落ち着いてくれ、何を言ってるのかわからない」


 魔術でも詠唱しているのかと思うほどには早い。


「〜!なんでわかりませんのよ!」


「早すぎてわからないに決まってるだろ!」


「白斗さんは私に普通どうのと仰いますが、恋愛面においては白斗さんの方が私から普通の恋愛というものを学んで欲しいですわ!」


「早口でわからなかっただけでなんでそんなこと言われないといけないんだ!」


「聞こえなくてもなんとなくわかるものですわ!」


「お2人とも、睦み合うのはよろしいですが、湯が冷めてしまうのでできるだけお早くすることをお勧め致します」


「あ、すみません…ありがとうございます」


 俺は神崎さんの静かな声で冷静になった。

 …今の話聞かれてたのか?だとしたら少し恥ずかしいな。


「神崎!あなたからも言ってくださいまし!」


「申し訳ありません、私はこれから別のお仕事がございますので…」


 神崎さんはいい具合に言い訳を作りこの場を後にした。

 これに関しては助かったと表現せざるを得ない。


「あ、神崎!逃げられてしまいましたわ…まぁいいですわ、白斗さんをお風呂に案内いたしますわ」


「あぁ、頼む」


 なんとかこの窮地を乗り越え、俺は美弦にお風呂場に案内された。

 しっかり脱衣所とお風呂が別れているようだ。

 というか脱衣所が広い。


「ここにお着替えを置いておきますので、お脱ぎになられたものはそこの籠に入れておいてくださいまし」


「ありがとう」


「…白斗さん、ここで着替えるん…ですのよね」


「…え?あ、ここじゃなくても大丈夫だ」


 もしかするとデリケートな面で見られたくないことがあるのかもしれない。


「いえ…!大丈夫ですわ!」


 美弦は以前どこかで見たように急速に顔を真っ赤にし…


「で、では…!ごゆっくり…ですわ!」


 美弦はどこか辿々しい感じで脱衣所の入り口扉を閉めた。

 …どうしたんだ?…まぁいいか。

 俺は服を全て脱いで言われた通り籠に入れる。


「…他人の家のお風呂には入ったことがないから少し不思議な感覚だな」


 俺はそんなことを思いながらお風呂への扉を開ける。

 その先で見た俺の所感。


「広すぎるだろ…」


 美弦は普通にお風呂と読んでいたがどう考えても浴場も浴場の大浴場だ。

 …ライオンらしきものが水を出しているお風呂なんて本当に実在したのか。


「…こうも広いと逆に落ち着かないな」


 俺は体を洗おうとシャワーの方に向かおうとするが、そこで妙なものを目にする。


「扉…?」


 入り口扉とは別にもう一つ中には扉があった。


「どこに繋がってるんだ?」


 俺はその扉を興味本位で開けてみる。


「…嘘だろ」


 そこは正面からは見えない側面の庭と繋がっていて、そこは風流のある感じの浴室になっていた。

 竹なんかも置いてあって本当にここだけは和風だ。


「どんな家なんだ…」


 俺は深く考えることをやめ、体を洗い純粋にお風呂を楽しんだ。

 俺が庭の方のお風呂を楽しんでいると、奇声が聞こえてきた。


「すごすぎですわ〜!今…ぁぁぁですわ〜!」


 …美弦の声か?何かずっと叫んでるようだ。

 俺はちょうどそろそろのぼせそうだったため脱衣所に出て体を拭い、用意されていた着替えの服を着て脱衣所から出ると、美弦が脱衣所の前に居た。


「美弦、待ってたのか?」


「い、いえ…!できるだけ早くお風呂に入りたくて…!」


「そうか?」


「は、はい…ですわ!…白斗さん」


「どうした?」


 美弦はどこか言いづらそうに言う。


「本当は今日…ご一緒にお風呂に入りたかったん、ですのよ」


「…え?」


 そう言い残すと、美弦は脱衣所の中に入ってしまった。

 なんだか申し訳ないようなことをしてしまったようが気がするが、そう言うのは恋人になってから…


「…恋人、か」


 俺はそろそろ真剣に向き合わなければならないことに、1人向き合うことにした。

 美弦がお風呂でどんなことをしていたのかは俺が知る由もない。


「今日は最高のお湯ですわね、白斗さんの残り湯、庭の方から白斗さんのお匂いが強く残っていると言うことは白斗さんは和風な雰囲気の方がお好きなのでしょうか…一考に入れておかないといけませんわね、ただでさえ今幸せですのにさらにこのあとは白斗さんと…きゃあですわっ!幸せすぎませんのっ!?私明日死んでしまうんじゃないですの!?いっそもう死んでしまっても良いですわ〜!」

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