第7話 花は好きですか?

「どうしようロン、退院したくない」

 タツヤは突然にそう言ってきた。

 ミコトと会ったあの日からすでに何週間か経過していて、年も明けていた。タツヤ自身も俺の教えにより上手く走れるようにはなってきている。ただ、筋肉は未だ貧弱だった。


『そんなに退院したくないなら仮病拗らせればいいんじゃないのか』

「そうじゃなくてさぁあ」


 俺は俺で考えていた。タツヤの体を乗っ取れなかった原因。

 こいつが持っていた大半の本によれば転生した時点で人格は上書きされることが多い。だが俺はどうだ。こいつの中で、人格が形成されただけ。ちょっと酷すぎるだろう。


 それから、この世界についても色々知れてきた。まず、この国は日本というらしい。鉄の馬車は車、自動車とも。そしてちっこい板のスマホとやらによると転生については公式的な文献は存在せず、ほとんどが創作物だということだ。だが、同時にこの国にはことわざと言うものも存在する。それによれば、


 火のないところに煙は立たない。


 元を辿ればきっと見つかるはずだ。



 気づけば、タツヤはミコトの隣にいた。二人とも年相応の話をしているかと思えば、大人びた意見交換が行われる。一体なんなんだ、こいつら。


「この木、桜だったんだ。綺麗だよね」

「達也さんは花は好きですか?」

「普通、かな。確かに綺麗だけど、常に何かを彩る脇役みたいな気がして」


 分かる気がする。人間は飾りに何か物足りないと感じると花を持ち出す。花が中心になることはないのだ。俺が生きていた時もそうだった。

 みんな強くなるぞと努力して、訓練して。でも強くなったら道具になる。脇役になる。そして死んで、散って、全部無駄になる。そういうものなのだ。


「私は大好きですよ。あの純粋な美しさが。美しいから、脇役になってしまうんです。知ってますか?主役となるものにはいつも前提が付くんです。汚い前提が。それを覆い隠すために、純粋な美しさが必要なんですよ。それを持っているのが花なんです。私はそんな花たちを大切にしたい」


 タツヤの視界越しでも、タツヤがどんな表情をしているか分かった。それは俺が体を持っていても同じ表情をしていただろう。存在しない涙が溢れているような気がした。


「ねえ美琴。ぼくが退院したら、花を持ってお見舞いに来てもいい?」

「え、本当に?来てくれるの?嬉しい!」


 ハッ、ガキの頃から恋愛脳ですか。確かにミコトは尊敬すべき所はあるが、俺なんか別れも言えずに死んだっていうのに。

 そういえば、俺の国はどうなった?記録を辿ればあの日の真実がわかるんじゃないか?

『おい、タツヤ!急用だ。病室に戻れ』


 タツヤはビクッと肩を上げると、立ち上がって、

「ごめん美琴、少し待ってて」

 そのまま声が聞こえないであろう木の裏まで隠れた。


「で、なに。人の恋路を邪魔する気?」

『俺の国がどうなったか知りたい』


 そう、俺はあの時確かに味方に砲撃された。裏切られたのか、間違えたのか。俺の努力は無駄だったのか。なんにせよ、家族のことも気になる。知りたいことがたくさんあった。


「帰ってからでいいだろ?早めに切り上げるから」

「誰と話しているんですか?」


『「あ」』


 タツヤは勢いよく振り返る。そこには美琴が立っていた。

「すみません、タツヤさん時々変な挙動するから気になってついてきちゃいました」

 タツヤの手から汗が滲んでいるのが分かる。おそらく、葛藤しているのだろう。


 真実を言うべきか、誤魔化すか。


 どちらにせよ、これは俺が割って入る問題ではなかった。


「えーと..この前多重人格の話、したじゃん?いるんだよね..俺の中に」

 タツヤはトンっと胸に指を当ててみせ、真実を告げることを選んだ。鼓動が早くなっている。それは緊張もするだろう。

「つまり、タツヤさんは人格が変わると..?」

「いや、違くて..その、来て」


 タツヤはミコトとベンチに戻ると、口を開いた。

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