第4話 オリエの訪問 ダインの趣味

 思わぬ出費が発生してからというもの、俺はマークガイ工房からの仕事は受けていなかった。一度エルヴァンが連絡してきたのだ。


「結局ファルゲン社がいくらか肩代わりしてくれる事になってな。という訳でせっかく振り込んでくれた1500万エルクだが、1000万エルク返すわ。またうちから仕事を引き受けてくれると助かる」


 俺が使用した対レヴナント用機鋼鎧、《トライベッカ》。これはファルゲン社が製作しているものだった。


 ファルゲン社のメイン事業は自動車メーカーだが、民間のレヴナントハンター用に機鋼鎧も販売していたのだ。


 今回は良い宣伝になったと連絡があり、弁償代の一部肩代わりとして、1000万エルクがマークガイ工房に振り込まれたとの事だった。どうせなら全額肩代わりしろよ。


「しかし車会社が機鋼鎧の開発にも着手しているなんてな……」


 対レヴナント用兵器のほとんどは、ヴァルハルト社で作られている。ヴァルハルト社は開発室によっては、帝国政府の資本も入っており、半ば共同開発で日々様々な兵器が研究されているのだ。


 だが金に糸目を付けない分、開発費は高く、ヴァルハルト社製の兵器は非常に高い。定期メンテナンスも考えると、公殺官くらいでないと維持も難しいだろう。


 だがレヴナントに対処するのは何も外災課だけではない。民間の資格所有者……レヴナントハンターと呼ばれる者たちもいる。


 なにも本当にレヴナントをハントする訳ではない。レヴナントと正面からまともに戦えるのは公殺官くらいの実力者だけだ。


 しかしレヴナントが発生し、現場に直ぐに公殺官が来られるとは限らない。公殺官は特権階級だが、その分人数も少ないのだ。


 そうした公殺官が来るまでの時間稼ぎや、周辺住民の避難誘導に動くのが、レヴナントハンターと呼ばれる民間組織だった。


 こちらは公殺官と違い、それなりに数はいる。この間はいなかったが。そしてレヴナントハンターのほとんどは、ヴァルハルト社製の兵器はそろえていない。


 マークガイ工房はこうしたレヴナントハンターの機材整備も請け負っていた。ヴァルハルト社製のものは、やはりヴァルハルト社直轄の工房でないと整備できないからな。


 俺は朝食のコーンフレークを食べ終わると、朝刊を片手にテレビのスイッチを付けた。


『さぁ今日から大型セールの開始です! 足りないものはありませんか!?』


『ベルトガルから新型車発売! 新開発ツインクアッドエンジン搭載! 五代目ベルトガル7、是非試してみてください!』


『先日41区で現れたレヴナントについて、帝国政府は……』


 いろいろチャンネルを変えるが、とあるニュース番組でリモコンの手が止まった。その番組では、司会者と複数のタレントが意見を交わしている。


『では犯人は64区の者だったと?』


『普段は除染施設で働く作業員だったそうですね』


『まぁ。64区の人がどうやって41区に?』


『住民は不安でしょうねぇ。帝国政府の対応次第では、また帝国民の反感を買うのではないですか?』


『またってなんだ! そうやって視聴者全員が、帝国政府に反感を持っている様な言い方は止めてもらおう!』


『あなたこそ。そんな物言いでは、帝国政府から何か言われているのかとあらぬ噂を呼びますよ?』


『えー、二人とも。続きは裏でやってくださいね! ですが魔力持ちのレヴナントが発生した割に、被害は大きくなかったようで何よりです!』


 原因と目されている人物は、64区のクラースという男性だったらしい。俺が戦ったレヴナントの中にいたのだろうか。


 クラースは職場から高濃度汚染水を持ちだしたとの事だった。毎日酒を飲んでおり、特に下町で流行っているアルコール飲料「ラムジン」を好んでよく飲んでいたそうだ。


 今回の事も酒の影響で人格破壊が起きたのではないか、ラムジンには規制も必要ではないか、という論調で話が進んでいた。俺はラムジンについて、情報端末で検索をかける。


「新分類の酒で製造元はアーキスト社、か。安くてすぐ酔える事から下町で人気、ね……」


 俺自身も酒は飲むが、一人で飲む事はない。最近は知り合いとの関係も希薄なため、すっかり飲む機会も無くなった。


 今日の予定が終われば、たまには秘蔵の酒の封でも開けようか……と考えていると、インターホンが鳴った。しばらく無視していたが、インターホンは何度も繰り返し鳴り続ける。俺は溜息を吐きながら玄関を開けた。


「一回で出てくださいっ……!」


「……ああ。また来たのか」


 玄関先に立っていたのは、この間知り合った外災課の女。オリエ・カーライルだった。真面目なのか、こんな時でも外災課の制服だ。


「悪いが何度来られても答えは変わらん」


「今日はあなたが公殺官に復帰したくなる様に、いろいろ資料をお持ちしました! あがらせてください!」


 オリエは何度か家を直接訪ねてくる様になった。要件はいつも同じ。俺の公殺官への復帰だ。断り続けているのだが、中々退いてくれない。


 結局この日も、オリエはずかずかと家に上がり込んできた。来客用のコーヒーを準備している横で、オリエは机に資料を広げ始める。


「……という制度もできまして! 今なら12区内に家を建てる事もできます!」


「不動産の営業か何かか……? 悪いが俺は今の生活で十分満足しているんだ」


「公殺官の特権はそれだけではありません! 他にも……」


 俺はオリエを無視して、淹れたばかりのコーヒーを目の前に出す。


「あ……。ありがとうございます」


「どういたしまして。せっかく買った来客用のコーヒーに、俺も活躍の場を与えられて嬉しいよ」


「え……。もしかしてずっと前に買ったやつですか……?」


「消費期限ならまだまだ先だ。気にするな」


 自分の分も一緒に淹れていたため、俺はゆっくりとカップに口を付ける。それを見てオリエもコーヒーを飲み始めた。


「あら……美味しい……。香りといい、味わいといい……。どこのコーヒーですか?」


「ええと。ああ、あった。ディアーヌ社のものだ」


「ディアーヌ社……! 帝国貴族御用達の一流メーカーじゃないですか……!」


「そうなのか……? 通販で買ったものだからな。それは知らなかった」


「う、うぅ……。人生初ディアーヌコーヒーをこんな場所で飲む事になるなんて……」


「喜んでいるのか悲しんでいるのか、どっちなんだ……」


 オリエはコーヒーを飲んだ後も、俺に公殺官に戻る様にと話してきた。


 いつかはこんな日がくるかも、とは考えていた。公殺官はいつだって人手不足だからな。俺も辞める時、散々引き留められた。


「なぁオリエさん」


「なんでしょう?」


「俺が何故公殺官を辞めたのか、その辺りの事情も知っているんだろう?」


「それは……」


「悪いがもう一度機鋼鎧に乗って戦おうなんて気はないよ」


「でも……! この間は戦ったじゃないですか……!」


 まぁそうなるよな。俺は過去、調子に乗ったおかげで大きなレヴナント被害を起こしてしまった。この間戦ったのは、それがその時の贖罪になるかもしれないと考えてしまったからだ。


 戦う事が贖罪になるのかは正直分からない。だからという訳ではないが、どうしようもない状況ならともかく、俺は自分からまた公殺官として働こうとは思えなかった。


 しかしこれはあくまで俺の気持ちの問題だ。いくら話したところで、目の前の女には理解されないだろう。


「あの時の事は、あなただけの責任ではありません……!」


 それはあんたが安全圏にいるから言える事だ。実際に被害にあった者やその遺族は、そう考えないだろう。


 これは俺に限らず、全ての公殺官に言える事でもある。レヴナント被害にあった者の遺族は、やり場のない感情を公殺官にぶつけるのだ。


 もっと早く来てくれれば。今まで何をしていたんだ。そんなどうしようもない気持ちを抱いたまま、残りの人生を生きる事になる。この閉じられた箱舟の世界で。


「悪いが今日はこれから行くところがあるんだ。あんたにこれ以上付き合っていられるほど暇じゃない」


「どこへ行かれるんですか?」


「ファルゲン社の整備工場だ。この間のレヴナント被害で、俺のミニバンが故障したからな」


 仕事用の車、《イグナント》。この間いろいろ壊れてしまったが、俺はファルゲン社に持っていき、修理見積りを出す様に依頼していた。今日はその詳細を聞きに行くつもりだ。


「なら道中で、今の公殺官の特権についての解説をさせてもらいます」


「え……。まさかついてくるつもりか……?」


「そのつもりですが?」


「あんた外災課だろう。忙しいんじゃないのか」


「ええ、忙しいです。ですからいつも仕事を夜中から朝方に終わらせ、こうしてできた時間であなたに会いにきているのです」


「どうりでいつも顔色が悪いと思った……」


 多分仕事は溜めこまないタイプ……早く終わらせる性格なのだろう。それを可能にする能力もある。


 まぁ外災課の人間はみんな有能だからな。しかしそんな話を聞くと、無下に追い返すのも悪い気がしてしまう。


「……はぁ。言っておくけど、話を聞いても俺の考えは変わらないぞ」


「それは私が仕事をしない理由にはなりません。さぁ、行きましょう」


 俺を公殺官に戻すのが仕事、ね。そりゃ大変だと他人事の様に考えてしまう。


 俺はガレージに行くと車のカバーを剥がした。中からはベルトガル社のスポーツクーペ、ベルトガル7がその姿を現した。


 こいつはベルトガル社のスポーツクーペの中でもフラッグシップモデルとなる車種、その初代モデルになる。今朝宣伝で見た五代目ベルトガル7とは違い、レトロな雰囲気を感じさせる。だが俺はこいつがお気に入りだった。


 そもそも今も動いている初代ベルトガル7は数少ない。整備できる場所も少なく、現存している部品も少ないので維持も大変なのだ。


 しかし初代から今も続く2ドアのまとまったボディ、それにクーペらしい曲線美は見ていて飽きがこない。フロントノーズは長く、リヤトランク開口部の長さは人差し指一本分という、矢の様なスタイルは、これからのドライブに期待を持たせてくれる。


 そして内装。インパネは運転席側に角度をつけており、コックピット感を強く演出している。随所に金属があしらわれており、シンプルな内装ながらもスポーティ感を演出している。


 さらにシート。バケットタイプになっており、運転者の身体をしっかりとホールドする。


 シート自体もやや固めになっており、長距離の運転でも疲れづらい様に工夫がされている。縫い合わせのステッチには赤い糸が使われており、こちらもレーシーな雰囲気を感じさせる。


 ペダルにもアルミを使い、内張りの色も黒に統一されている。余計なラグジュアリー感はなく、スポーツクーペとしてのコンセプトにブレがない。


 そんな俺の数少ない自慢の車ではあったが、オリエは何も興味を示さず、さっさと助手席に座ってきた。


「……なにか?」


「いや。べつに」


 ……まぁいいさ。分かっている、気にしていない。俺は別に、車の趣味を他人と共有したい訳じゃない。俺が満足できていればそれで良いんだ。それにこいつの良さを分かる奴なんて、そうはいないだろうしな………………。

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