第18話『古傷』

 精霊学を進めるにつれて、基礎授業の薬草学では知識が足りないと感じたサシャは、五月の半ばから選択授業を増やした。元々、スケジュールの関係で午前中しか授業がなかった日だ。

 アミーカやフラターの体調管理の面からも薬草学は重要になってくる。精霊は基本、主人から魔力を供給されれば傷は治る。しかし薬が必要になる場面もある。そう言う時、動物から精霊になった者の多くは錠剤や注射を嫌う。お茶や飴などが作れたら役立つだろう、と考えた。


 選択授業の中途入室というだけあって最初は苦労したものの、サシャは何とか授業に食いついた。今日も授業後、使わない工房を借り授業のおさらいをする。

「えーと、レモンバーベナとラベンダー。あとリンデンフラワーとペパーミント……」

少女は薬が苦手そうなアミーカでもハーブティなら飲めるだろう、と調合をしてみる。調合済みのハーブを布製の茶袋に入れてもたせれば、袋は使いまわせるし効能ごとに管理ができる。本人が飲めるタイミングで飲んでくれればと思いながらお茶を調理用ハサミで小さく刻んで適量の配合をする。

「サシャー!」

「あ、リル」

 工房に顔を出したのは水属性の女子生徒リル・フェリー。薬草学は水属性や土属性の魔法と相性がいいため、この教室の多くはそういった生徒たちばかりだ。

 サシャはそばへ来たリルへ、アミーカが退役した傭兵ようへいであることと雷雨の日に古傷を痛がっていた話をした。

「えー、ちょっと可哀想だねー」

「そうでしょ? でもアミーカ、あんまり痛い痛いって言わないからさ……」

 調合を終えたサシャはリルと見合って大きく頷いた。

「いけると思う!」

「うん! サシャ頑張って!」


 月寮、六人部屋の共同リビング。神経痛緩和かんわのハーブティーだと説明してティーセットを見せると、アミーカは目を丸くしてから気まずそうに顔をそらした。

(あー、やっぱり普段もちょっと痛いんだ……)

「錠剤はともかく、お茶なら飲めるでしょ?」

 サシャが自らお茶をれると聞いてアミーカは静かに頷いた。熱湯を用意しティーポットを先に温め、湯を捨ててから茶葉を蒸らし始める。

 主人が何かやっている気配を察知したフラターは笑顔で戻ってきて、部屋に充満した薬草の香りに驚いた。

「うわ草!!」

「薬草だもん」

 すごいニオイ、とつぶやきつつもフラターは自分も飲むと言ってサシャの前に座った。

「さあどうぞ、冷めないうちに」

 サシャは味を確かめるため自分の分もれた。

「……うーん、自分で淹れたせいなのかあんまり美味しくは……。フラターどう?」

「草ぁ……」

「そう……」

草っぽい草の香りしかしない、とフラターは渋い顔をして舌を出したが、アミーカはスイスイと飲み干す。

「あ、どう!?」

「飲める」

「やったぁ!」

サシャは抽出ちゅうしゅつを終えた茶葉をもう一度使って二杯目をれる。

「二回淹れていいのか」

「二回目までなら成分出るからね! 薄くなるけど」

アミーカは二杯目も綺麗に飲み干した。サシャは早速知識が役立って満面の笑みになる。

「よかった」


 すぐ効果が出たのか、アミーカは珍しくサシャのベッドで昼寝をすると言って横になった。お茶で体が温まったのもよかったのだろう。熟睡しているアミーカを見たサシャはフラターと微笑み合った。

「次からこまめにれてあげようかな」

「オレはあれいらねーから」

「フラターは風邪引いたりしたらね。カモミールとか」




 アミーカが目を覚ますと真横にバンザイをして寝ている主人サシャの姿があった。昼寝のつもりが半日以上眠ってしまったらしい。カラスはいつもならジクジクと痛む首の後ろを触ってみて、痛みが穏やかになっていることに気付く。

 サシャはアミーカの過去の一部を知った時、彼を大事にすると決意していた。カラスはあの決意が本気だったことを知り、主人に対し申し訳のなさを覚えた。


 アミーカは誰かと気さくにお喋りもしないし医者は嫌っている。なので学園の西の森にある精霊寮にはほとんど顔を出さなかった。

 アミーカがフラターにくっついて精霊寮へ来ると、珍しいものを見たと動物霊や騎士たちは目を丸くした。

 アミーカはティーポットを借りて主人が調合してくれたお茶をれる。精霊たちは何をしているのかと気にして周囲でそわそわする。しかし、アミーカににらまれそそくさと散った。

「それ美味い?」

 フラターが真横に座って聞くと相棒は珍しく素直にうなずいた。

「体に合ってるんだろうな」

「ふーん? オレからすると草々くさくさの草なんだけどよ」

 相棒は自分で淹れたからさほど美味くないとつぶやきつつも二杯淹れてきちっと飲み干した。

「おー、飲んだ飲んだ。ちなみにどの辺痛いんだ?」

フラターが気楽に聞くとアミーカは首の後ろを触る。

「ここ?」

 フラターは相棒の首の後ろを触ってみて、肉が変なもり上がりかたをしていることに気付く。

「げっ、これ何?」

「医者が不器用でな。綺麗に治らなかった」

「おめーこんなん放っといたんか。せたほうがいいぞ」

「医者は嫌いだ」

主人マスターが泣くぞ」

主人を引き合いに出され気まずくなったのか、アミーカは黙った。

「なー、治しといたほうがいいってー」


 フラターが相棒を精霊寮の医務室へ連れて行くと、暇そうな精霊医は目を丸くして騎士たちを見上げた。医師は肌が浅黒く、大陸中央から東側の顔立ちをしていた。

「ほう、初めて見る顔だ」

「高等部一年生の使い魔っす。てほしいのはこいつ」

 医師は騎士の首の後ろのもり上がりを触診で確認すると、細長い針を取り出した。フラターはびっくりしつつも相棒が決してそっちを見ないように頭を掴んで固定する。

「おい、なんだその顔」

「動かんといて」

「そう、動かないでね」

 医者は魔力を通した針をカラスの首の後ろにスッと刺し、ちょちょっと動かすと痛みの原因となっていた血の塊を抜き取った。

 アミーカは首の後ろから血がつーっと流れた感覚に驚く。

「こりゃあ痛かっただろう」

「え、今の一瞬で取っちゃったんか? つかそれ何?」

「血と魔力のかたまりだな。治り方が悪いと腫瘍しゅよう変貌へんぼうする。よかったよ取り出せて」

「うげえ」

 フラターは精霊医ってすげーなとつぶやき、アミーカは一瞬の治療で長年の痛みがほぼ消えて驚いた。

「医者を見る目が変わったかな?」

「二人とも苦手意識はちょっと変わったっすかね」

「おお、よかった。痛いところがあったらすぐおいで。なるべく苦手じゃない治療法を探そう。あ、一応痛み止めを処方するからね。錠剤じゃないよ、大丈夫。お茶に溶かして飲みなさい」


 フラターがアミーカを医者にせた話をするとサシャは喜んだ。

「そう! よかった!」

 アミーカは照れくさそうに、でもまたあのお茶が飲みたい、と主人に甘える。

「うん、れてあげる」

太陽の娘が微笑むと、アミーカは切なそうな顔をした。




 アミーカのいらつきの原因に首の痛みがあったことを知ったサシャたちは、何故もっと早く言わないんだと怒った。

 サシャはハーブティーに慣れるためにも練習したいと、学園の丘にいつものメンバーと使い魔たちを招いてお茶会を開く。

 それぞれの体の悩みを聞いてその場で調合し、各人に合ったハーブティーを淹れる。オルフェオは頭痛、アガサとアリスは慢性的まんせいてき倦怠感けんたいかん。マシューは不眠症、アミーカは神経痛。ジェミニ、ローズとリス、フラターとイゥスは特に悩みがないので紅茶とブレンドしたミントティーを淹れた。

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

 お茶を一口飲むと、それぞれほわっと表情を和らげる。

「美味しい……」

「ほんと!? やった!」

 ハーブティーと共にプレーンクッキーのお茶菓子をつまみながら、少年たちはほのぼのと話をする。

 ジェミニはチラッとアミーカの様子を気にして、声をかけられずにカップの水面を見つめる。

(やはり迷惑なんだろうか……)

 アミーカが気になってたびたび交流を持ちかけるものの、最初は断固拒否。プレゼントは避けられる。求めるとキスは許してくれるものの、好きと言っても本気に取られたことはない。

 しゅんと肩を落としたジェミニは、誰かが密着してきてハッと顔を上げた。アミーカは後ろを向いたまま何も言わず、ジェミニに腰をくっ付けている。初めて彼から甘えられ、ジェミニは驚いた。

(……ああ)

もしかしたら甘え方がわからないのかもしれない。彼からしたら距離の詰め方が急だったのかもしれない。

 ジェミニはそうっとアミーカに声をかけた。

「アミーカ、今度一緒に買い物へ行かないか?」

君の好きなものを買おう、と提案すると、アミーカはチラッとジェミニを横目で見てうなずいた。

 ジェミニはよかった、と胸を撫で下ろした。決して心の底から嫌われている訳ではなく、アミーカが思ったより繊細なだっただけだった。

 ジェミニの主人マシューも、二人の様子を見てふっと微笑んだ。




 王立魔導学院高等部キャンパスの入り口からそう遠くない表通り。コーヒースタンドの若い店主は今日も笑顔と試飲のカフェオレを振り撒いていた。

「あ!」

 馴染みのカラスの騎士アミーカが、よく似たカラスと見知らぬ白い騎士を連れてこちらへやってくる。

「いらっしゃいませ!」

「カフェオレ。砂糖なし、ブランデー入り」

「いつものですね! ほかのお二人は?」

「オレ砂糖たっぷりのカフェオレでー。ジェミニは?」

「ええと……まず何があるのだろうか?」

「うちはですね、カフェオレかカフェモカかダークコーヒーという感じでして。あ、ミルクはアーモンドミルクに変えられます」

「ああ、ではアーモンドミルクのカフェオレを」

「はい!」

 店主がコーヒーを用意していると、三人の騎士は店の前で雑談を始める。

「おめーこんな良さげな店知ってるんならもっと早く教えろや」

「どこぞの警部にやったの見てただろうが」

「いや常連とか知らんし。なあ?」

主人あるじたちが買い物に出る時は学園入り口の前をまっすぐ進んでしまうからな。この横の道は盲点だった」

「ほら知らんって。もっと宣伝しろ」

 騎士たちはコーヒースタンドのすぐそばで立ったままカフェオレを味わい始める。店の周囲に誰かがいると客も寄りやすいため、店主はニコニコとその様子をながめた。

「で、何でここ?」

店主こいつが一番下の弟に似てる」

「え!? そんな理由だったんですか!?」

アミーカは店主を横目で見てフンと鼻を鳴らす。

「この人懐っこい馬鹿面バカづらがそっくりでよ」

馬鹿面バカづらはちょっと悲しいですが! まあよし!)

 常連のカラスは店主に顔を向けると白い騎士を指差した。

「こいつ、俺にいらねえプレゼント寄越した奴」

「あ! え!?」

かんさわるとか言ってなかった!?)

「ハードカバーの分厚くてかさばってクソ重い小説とかいう、本棚と自分の部屋があって当然の奴しか喜ばねえもん寄越しやがって」

「あっ、す、すまない……」

「あー、オレたちご主人様の部屋にしか物置けねえもんな」

「使い魔が主人の本棚圧迫してどうする」

「そ、その視点はなかった……。すまない……」

 白い騎士が反省するとまあいいかとアミーカは肩をすくめた。

「次から場所とらねえもんにしろ」

「そ、そうする。何がいい? 君の好きなものにしよう」

アミーカはカフェオレを二口飲むあいだ、じっと答えを考えた。

「……今のところない」

「そ、そうか」

「俺のために金使いたいなら店に来い」

コーヒースタンドの店主は、そう言えばアミーカはBARの店員だったなと思い出す。

「だがあそこはどちらかと言えば魔法使いの……」

「店主がその辺り差別的だったら俺は働いてない」

安心して来い、とアミーカがつぶやくと白い騎士は微笑んだ。

「ああ。では今度君が出る日に」

相棒てめえも次は客で来い」

「えー、オレカウンターの内側が好き」

「俺の余計な話しやがったら殴る」

「ひっでー」

カフェオレ屋の店主はあのー、とアミーカに話しかけた。

「僕もその店気になるんですが……」

メモ帳をよこせと言われ、店主はペンと注文票の裏を差し出す。

 アミーカはオールドローズ通りの真ん中あたりにある小路こみちまでの簡易地図を書き、この辺、という一言とカラスのシルエットを描いた。

「絵が上手ですね!」

「え、どれ? あ、ほんと。おめー絵なんて描けたんか」

「言葉が通じなくても絵なら大体通じる」

「私も描いて欲しい……。このちっちゃなカラス……」

アミーカは馬鹿言うな、と言いつつコーヒースタンドから離れて行く。白い騎士ともう一人のカラスはその後ろを追いかけつつ、カフェオレ屋の店主へまた来ると笑顔を見せた。

「またどうぞー!」




 後日。ジェミニとローズ、リスが主人から離れてBAR『妖精の栄光アールヴレズル』に余暇よかへ向かうと、カウンターの内側ではカラスの騎士が二人立って待っていた。

「お、いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ」

「お邪魔します」

「みんななに飲む〜? あ、こいつの好きなブランデーはね」

「おい」

店主のオーレリアン・コルトーは、アミーカが友人を招いたことにホッと胸を撫で下ろした。

(これなら何とかなるかな?)

 店主コルトーがあとでアミーカに再びカラスクッキーの話をすると、もっと小さくてさりげない大きさにしろと言われ、彼は笑顔になった。

「うん、じゃあもっと可愛く作るね!」

アミーカは口の端を上げつつ、店主をフンと鼻で笑った。

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