第12話『朝と夜(後編)』

 サシャは精霊喫茶エスピリット・カフェの従業員がどんな精霊なのか知りたかっただけなのだが、フラターが店長へ“神の花嫁なので失礼のないように”と念押しすると、サシャを相手に騎士たちが接客できるか試してみたいと提案した。

「いつもはオレたちがそれぞれの部屋にいて、お客様に入って来てもらうんすよ。なので今回は逆ですねー」

「私が部屋で待ってればいいのね?」

「そっす」

 アミーカとフラターは本来の騎士の役割を果たすため、サシャの影の中で待機。姿は見せない。

 店長ル・ベルは今回、早々にない機会だと念を押して従業員たちへ話をする。

「ある従業員のご主人様で、一般のお客様だが神の花嫁と呼ばれる方だ。神の花嫁についてはマニュアルで覚えたな? 精霊である君たちは強く魅了されるが、暴走した場合彼女に仕える騎士たちが止めてくれる。あまり緊張しなくていい。ただ、自制は忘れないように」


 サシャはどんな精霊が来てくれるのか楽しみでソワソワする。

「ねえねえフラター、どんな精霊さんがいるの?」

「ヘビとか小型犬とか……珍しいのだとエルフがいたかな?」

「え、そんないい精霊なのにこんな街中に?」

 フラターは口を開きかけたが、扉の外で気配がしたので静かになった。サシャもそれに気付き、入り口に注目する。

「……失礼いたします」

 最初に入ってきたのはウサギの精霊だった。完全な人型を取ったウサギは白い髪に赤い目をしていて、従業員らしいフットマンの格好をしている。

「わぁっ」

 サシャはウサギの精霊は初めてではないものの、同じ種族の騎士は初めてなのでテンションが上がる。

「可愛い! 綺麗〜」

神の花嫁がふわふわっと笑うとウサギの騎士は目を丸くする。

「こっちいらっしゃい」

 サシャが座ってと示すとウサギは若干緊張した様子で腰を下ろした。

「おやつも頼んでいいのよね? 何食べる?」

サシャはメニューをめくってみて、人間用と精霊用が完全に分けられていることにまず驚く。

「え、人間用と精霊用ってそもそも食べ物違うの……?」

「あー、スンマセン説明してなかったっすね……」

フラターが影から補足を入れるとウサギは驚いた顔で辺りを見回す。

「俺が人間用の酒かっ食らってたのは部類だ」

「ええ……そうなの……。何の疑問も持たずに人間用あげてた……」

「んー、まあ今お知りになりましたし? 今後はお好きなほうで」

「俺はつまみ食い好きだぞ」

「あ、なんか素直」

 サシャはメニューを手に中空をながめ考える。

「どうしよう、いつも自分の分普通に騎士にあげてたから……。でも一般的な方針に従ったほうがいいかな……?」

静かだったウサギの精霊はそこで初めて口を挟む。

「あの、一応は分けられておりますが、ご主人様によってその辺りは自由でして……」

「あっ、普通に自分の分でも大丈夫!?」

「か、可能です」

「じゃあ普通に紅茶と……ジャムクッキーを。あ、あなたの分も一緒にね。二人分」

「かしこまりました」

 ウサギは立ち上がって壁掛けの鏡に触れると厨房へ注文を入れる。

「ご主人様に紅茶とジャムクッキーをお願い致します。二名分で……」

 ウサギはすぐに戻ってきて椅子に腰を下ろした。サシャは頬杖をついてウサギの一挙一動をながめる。

「うふふ」

 サシャはただウサギの見目を愛でていたが、フラターが咳払せきばらいを入れる。ウサギはハッとして話題を振った。

「ご主人様はまだ学生でいらっしゃるとか……。あ、で、ではなく。本日も学業お疲れ様でございました」

「あ、うん! 今日はねー、魔法歴史学だったの。サンデル先生って言うんだけどね。抜き打ちテストがあって……」

サシャは学校での他愛のない話をする。

 しばらくすると入り口手前まで紅茶とクッキーがワゴンで運ばれ、ウサギはワゴンを受け取って部屋の中へ入れる。ウサギがサシャのために紅茶を注ぎ始めたあたりでフラターが再び咳払せきばらいを入れた。

「あ、砂糖やミルクはどうなさいますか!?」

「ん? ああ、お砂糖は二杯入れてね。ミルクはいいわ。あとから入れるから」

「かしこまりました」

 サシャへ紅茶を淹れたウサギは少女が紅茶を飲む様子をぽやんとながめてしまい、フラターはとうとう溜め息をつく。

「ダメだこりゃ」

 影から出たフラターはウサギの首根っこを掴むとサシャへ作った笑顔を見せ「ちょっと行ってきます」と部屋を出て行った。

「え? ん?」

 アミーカも影から出てきてウサギが座っていた椅子に腰を下ろし、クッキーを皿からつまみあげサシャの口元へ差し出した。

「あーん」

騎士から食べさせてもらい、サシャはご機嫌になる。

「なぁに? 珍しいね」

アミーカは黙ってクッキーを差し出し続ける。サシャはクッキーを食べさせてもらいながら紅茶を飲み、フラターが戻ってくるのを待った。


 数分後、フラターが店主と共にサシャがいる部屋へ戻ってくる。

「大変、申し訳ございませんでした……」

二人が深々と頭を下げるのでサシャは首を傾げた。

「全っ然接客できてなかったっす」

「え、そうなの?」

「あれでもてなしてるつもりなら俺は足が出てた」

「紅茶は注いでくれたよ?」

「それじゃダメなんすよ」

 フラターは本来やるべき従業員の手順を一からサシャへ説明する。

「ご主人様はこのお部屋へ自分の騎士に好きな指示を出してもてなしを受けるんです。なーんでてめえが話題振られるまで待ってんだよお客様カ!?」

「あ、そう言うこと……」

「紅茶も砂糖とミルクを最初に聞くのは鉄則なのに基本が抜けちゃったんすよ。おっかしーなあいつ一応この店の古参なんだけどな!」

 フラターがキレてるのを見てアミーカはふっと笑う。

「だから、サシャは神の花嫁の中じゃ別格なんだよ」

「そうみたいっすね。あのウサギ自分にもご主人様がいるタイプだし普通にいけると思ったんですけど、オレも店長も」

「本当に申し訳ございません……」

「あ、あのそんなに謝っていただかなくても……」

「いえ、店の品質に関わるので」

「あ、そ、そうですか」

 サシャは説明されてもいまいちピンと来ておらず首をかしげ、フラターはさっと紅茶のおかわりを注ぐ。

「あ、ありがとう」

 カラスの騎士たちはテーブルセッティングを整えるとサシャの目の前に座り、普段通り相手を始める。

主人マスター、普段オレたちがしてること意識したことあります?」

「ん? えっと……」

サシャがすぐ答えられないのを見てアミーカは肩をすくめる。

「意識してないだろ? そのはずだ」

「うーん、なんだろう? でも色々してもらってるよ? 疲れてる時は背もたれの代わりになってくれたり、今みたいにお茶注いでくれたり……」

「そ、オレたちは常に主人マスターの要求を先回りして叶えてるワケ」

「本来、使い魔と主人あるじの間では感情や感覚の共有が発生する。程度は個人差があるし、主人あるじがどの程度使い魔へ心を許しているかでも変わる」

「この店ではその本来の距離感を接客マニュアルで埋めて、さも騎士が自分の思い通りに動いてくれるって錯覚させるところから始めるんですよ。接客の上級者が当然なんす」

「と、言うことを前提にさっきのウサギを思い出して欲しい」

サシャは“このウサギは次に何をしてくれるのかな?”と待っていたことに気づく。

「はっ……」

「ご主人が使い魔の次の行動を待ってちゃ言語道断なんですって」

「ああ、それは確かにダメかも……」

「だから本当にすいません……」

フラターは座ったまま深々と頭を下げた。

「フラターいつもこんなお仕事してるの? 大変だね……」

「うーん、それは主人マスターへのプレゼント代に変わるんで苦労とか全然チャラなんですけどね!!」

フラターは普段のビッグ・ラブをどかんと頭の中で爆発させる。サシャはフラターがよくなついてくれたことに嬉しさを感じて笑った。

 アミーカとフラターは真面目な顔をして椅子から降りると、サシャの両脇へ向かい少女の手を取りながら片膝をついた。

我らが女主人マイ・レディ

「うんうん、いい子いい子」

サシャは二人の頭をたくさん撫でた。


 古参のウサギが駄目なら他も玉砕だろう、とのことでフラターは店長から騎士たちを紹介させることを提案した。

 案の定騎士たちは神の花嫁に見惚みとれてしまったりガチガチに緊張してしまったりで、まともな接客は見込めそうになかった。

フラターは普段なら自分の先を行き接客のプロである先輩たちが不様になる様子を見て溜め息をついた。


「いやぁもっと頑張ってくれると思ってたんすよー!?」

 喫茶店からの帰り道。サシャたちはまたあのチョコレート店へ行こうと決めて表通りをゆっくり歩いていた。

「うちの主人マスターってマジであっという間に精霊惚れさせちゃうんすね! 正直ね、舐めてた!」

「二人は平気なの? いつも普通だけど」

「何言ってんだべったりだろうが」

「べったりの自覚あるんだ。オレもだけどよ」

 サシャが笑っていると目の前で人々が走り出す。道端で普通に仕事をしていた人たちが荷物を放って走って行くのでサシャは不思議に思った。

「なんだろう?」

 通りの向こうできゃあと悲鳴が上がり、何かが起きたのだと少女とカラスに緊張が走る。

「おいどうする?」

「逃げるに決まってんだろ」

 アミーカはサシャを抱き上げ騒ぎと反対方向へ走り出そうと体の向きを変える。が、杖を持った魔法使いたちがバタバタと走ってきてカラスたちは警戒する。

 しかし魔法使いたちは駆け寄ってくると少女とカラスを背にして円陣を組んだ。

「な、なんだ?」

驚くフラター。アミーカは魔法使いたちをさっと見渡し、彼らの手の甲や首の後ろに太陽騎士団の焼印が刻まれていることに気付く。

「太陽騎士団か」

「は? 実在してたん?」

サシャは状況が全く分からず、不安でアミーカにしがみつく。

「精霊の守りよ!」

「我らを守護したまえ!」

 魔法使いたちは結界を張る。透明の膜が頭上から広がり、サシャたちは結界によって一時的に存在を隠された。

「おい、説明しろ騎士団」

「今こちらも情報収集中です」

「学園へ急ぎ戻りましょう。あの中なら安全です。ほかの団員もいます」


 魔法使いたちは円陣を組んだままじりじりと歩き出す。カラスたちも合わせてゆっくり歩き出した。

「大丈夫です。必ず我々がお守りいたします」

「な、何で太陽騎士団が私を……?」

魔法使いたちはサシャの疑問には口を閉ざし、周囲を警戒しながら進む。

「ね、ねえアミーカは何か知ってるの?」

「……学園の中にも太陽騎士団の団員がいた。一度会ってる」

アミーカは清掃員にふんした太陽騎士のことを思い出し、サシャと相棒フラターに情景を共有する。

「いつの間にそんな……」

「じゃあこいつら味方って認識でOK?」

「ご安心ください、我々はサシャ様をお守りする者です」

「だとよ」

「や、まあ味方はいいけどよ? 守ってくれる理由は?」

 騎士団はこれ以上サシャたちを不安にさせるのは良くないと思ったのか、重い口を開いた。

「サシャ・バレット様は太陽神ソル様のご子息である光明神のご子孫、ベルフェス家のお方でございます」

「ああ、やっぱりそうなんだ……」

サシャは本家の跡取りオルフェオと分家のオスカーの顔を思い浮かべる。

「今申し上げられるのはそれだけです」

「太陽の一族を守ってるってこと?」

「いや」

アミーカは学園でのことを思い出す。清掃員がいたのはサシャの周囲。オルフェオやオスカーの周りにはいなかった。

「お前だけ何か特別なんだ」

「B班、了解。A班と合流し引き継がせる」

「さあ走って!」

 カラスと太陽騎士団は同時に駆け出した。学園の森へ向かいながら、サシャは騒ぎがあったほうへ振り向く。

(誰も怪我していませんように……!)




 ガリア王国の山奥。ラウレンツ・ブラックウッドは赤い調度品が美しくもさびれた部屋で部下から報告を聞き、落胆した。

「ではソル様をお連れできなかったのか」

ラウレンツはゆったりソファに腰掛け赤ワインを飲む。

「申し訳ございません……」

泥に濡れたような漆黒の髪の男は部屋の入り口に近い隅で、ラウレンツの怒りを恐れて背を丸めた。

「オリヴィエ」

「は、はい……」

「……次は期待している」

「は……」

 ラウレンツはオリヴィエを下がらせると腰を上げ、隣の部屋に続く重厚な扉を開いた。

「ソル」

 父に呼ばれ、白金の髪の少女はベッドから上体を起こしかけた。

「ああ、起き上がらずともよい」

「でもお父様、今日は調子がいいの。お外を歩きたい」

「駄目だ。寝ていなさい」

サシャに瓜二つな少女は再びベッドに横たわり、優しく布団をかけてくれるラウレンツに微笑む。

「またお話を聞かせて、お父様」

「ああ、もちろんだ。お前がいかに素晴らしく美しい、太陽神の生まれ変わりであるか……」

ラウレンツは部下のオリヴィエに似た、星のない夜のような漆黒の髪から右目だけを出している。男は茶金の瞳を細め、整った薄い唇の両端を持ち上げた。

「お前はいつか、本物の天の花嫁となる」

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