第7話『二人目の騎士』

 土曜日の朝。サシャ・バレットが太陽の一族ベルフェス家の親戚である可能性ウワサは学園内でとうに知れ渡っていた。

 サシャは日の出と共に目が覚めたものの起き上がる気になれず、ベッドの上でうだうだと過ごしていた。

「どうせなら二度寝しろ」

 サシャの使い魔アミーカは寝室の窓を開け放って羽を風に当てている。

「……ナルシスと替われるものなら替わってあげたい」

「てめえもあいつも無いもの強請ねだりだな」

アミーカにバッサリ切られたサシャは盛大な溜め息をついて上半身を起こした。

「朝ごはん購買にしよ……」


 少女が購買部で冷たいカフェオレとたまごサンドを手に入れると、郵便室から飛んできた精霊見習いのミミズクが、封筒をくわえたままアミーカの肩に留まる。

「いい度胸だてめえ」

まだ動物のミミズクはアミーカが封筒を奪うと廊下を飛んで戻っていった。

「んだこりゃ」

使い魔は主人に封筒を手渡す。

 サシャはヴァーノンの名が記された手紙に驚いてたまごサンドを取り落とした。サンドイッチはアミーカの手によって床への落下をまぬがれる。

「しまった!」

「何だよ」

「ヴァーノン先生にアミーカと契約したこと連絡するの忘れてた……!!」


 サシャに早く精霊の騎士をと好意で急いできた精霊使いヴァーノンは、待ち合わせた少女の後ろに人型のカラスが不機嫌な顔で立っている姿を見て目を丸くした。

「なに? 戻ってきた?」

「す、すみません連絡が遅れて……」

 サシャはアミーカと契約に至った経緯をざっくり説明した。

「それはよかった。ふむ、私が用意した精霊はどうしようか? 一応会ってみるかね?」

「あ、会います。せっかく連れてきてくださいましたし……」


 ヴァーノンが連れてきた精霊の騎士と対面したサシャはその姿を見て驚いた。

「ちょりーっす! ども! 君が太陽さん? 可愛いっすね〜!」

三角帽もコート姿もアミーカによく似ているカラスの精霊は、喉元のどもとだけが白く若かった。

「どうせなら似ている者を、と思ってね……」

(アミーカと契約すれ違いにならなくてよかった……!!)

サシャが焦った表情で見上げるとアミーカのこめかみには青筋が浮いていた。

「うひぃ」

「……てめえがいい趣味だってのは分かった」

「あの時は本当に振られたと思ったんだもの!!」

 サシャは経緯がわかっていない喉白のどしろカラスのために今日に至るまで何があったのか説明した。

「へー、一回振られたんすか」

喉白のどしろは二の腕を組んでアミーカの顔を見ると切り込んだ。

「何でフッた奴と契約なんてしたっすか?」

あまりにも容赦ようしゃない言い方にサシャは仰天する。

「あっ、アミーカは素直じゃなくて……!」

「素直じゃない奴が相手とか疲れないっすか?」

「わざわざ私のところへ戻って来てくれて……!」

主人マスターをヤキモキさせるとかどうかと思うっす」

正論も正論なのでアミーカも言い返せず、こめかみの青筋が増えていく。

(あわわわわ)

 喉白のどしろはチャーミングに微笑むと自分を指差した。

「オレお得っすよー。自分で言いますけど。そいつと違って若いし、イケメンだし、もっかい言うけど若いし? ダハハハ」

 喉白のどしろはサシャに対してはチャーミングに笑ったが、アミーカに対しては挑発的な笑みを見せる。

「棚の奥に忘れられたボロタイツよりオレのほうがおすすめです」

「おい、こいつぶん殴っていいか」

「だっ、ダメ! 仲良くして!!」

サシャは自分の口から出た言葉で、喉白のどしろカラスと契約する気満々なことに気付き、より焦った。

「ほー、若いほうが好みと」

「違うもん!!」

「ん? 契約するかね?」

「は、はい。彼もその……私の騎士にふさわしいので」

「ほんとっすか! やったー!」


 サシャは早速いつもの友人たち、おそらく親戚であろうオルフェオ、アガサ、アリス、マシューの元へ喉白のどしろのカラスを連れていった。

「二人目?」

「そ、そう。フラターって言うの」

「よろしくっす〜! すげー、花嫁さんいっぱいいる。お花畑かな?」

 兄弟フラターと名付けられたカラスは花嫁たちに笑顔を振りまいた。

「アミーカと雰囲気似てるね」

「そうだろうか? アミーカは精悍せいかんだし、フラターはだいぶ砕けた感じがするが……」

「そうそう、オレのほうが親しみやすいっしょ?」

アミーカは自分のほうが魅力的だとアピールするフラターに呆れ、溜め息をついた。

「比べられたら馬鹿馬鹿しくなった」

 アミーカは羽を広げると学園の裏の森へ飛び去ってしまった。

「アミーカ!!」

「お? ねたぞあいつ」

フラターは去っていく兄貴分に勝ち誇った笑みを浮かべ、サシャには満面の笑みを向ける。

「これからたくさん可愛がってくださいね、主人マスター

サシャはフラターの顔と飛んでいったアミーカを交互に見て、悲しげな表情をした。


 サシャはアミーカを心配しつつも、日課のジョギングをする。カラスの姿でついてくるフラターは精霊になったばかりで、主人は二人目だと言った。

「前にもご主人様がいたの?」

「まー、要は精霊になるまで育ててくれたヒトっすね。独り立ちしたんで、知り合いのヴァーノンさんのところに?」

「ヴァーノン先生とは別の人なのね」

「そっす」

 サシャがジョギングを終えて購買まで行くと、アミーカは飲み物を用意して待っていた。

「アミーカ、さっきは……」

「いいから飲め」

謝ろうとしたら言外げんがいに気にするな、と示されサシャは笑顔になった。

「ありがと。味はなに?」

「ライム」

「お、丁度飲みたかった」

サシャはボトルを開け、微炭酸のライムジュースを半分以上一気に飲み干す。

「ぷはー!」

アミーカはふっと口の端を上げ、フラターはそれが面白くなくて人の姿を取りつつムッとした。

主人マスター、オレおやつ食べたい!」

「ん? お、食べる?」

 アミーカは食べ物の要求をしてこないので新鮮だな、とサシャは購買でおやつを数種類買った。

「未成年の主人あるじに物をたかるな」

「だってお小遣い持ってないしー」

アミーカとフラターは火花が散るほどににらみ合う。

「ちょ、ちょっと! 何で喧嘩腰なの!?」

かんさわる」

「奇遇っすね。オレもっす」

「こら! 喧嘩するならおやつあげないよ!」

フラターはえっと目を丸くしてから羽をたたんでしゅんとした。

 サシャを中央にカラスの騎士が二羽。喫茶コーナーの一角を陣取って主人の手からおやつをもらう姿を、通りすがりの上級生たちはしっかり目撃した。




 昼前。図書館で勉強を進めていたオルソワル・オルフェオ・ベルフェスは、目の前の席に分厚い小説を置いて腰を下ろした従兄いとこのオスカー・ベルフェスをチラリと見た。

「サシャが二人目の騎士を」

「ノドが白いカラスだろ? 聞いたし見かけた。伯父上もカラス二羽だし被って見えるよ。あちらはメスだけど」

現在のベルフェス家当主である父オルソワル・アンリ・ベルフェスの破顔を思い出したオルフェオはふうと溜め息をついた。

「太陽属性の中でも、太陽神の息子の血筋だとされている我がベルフェス家は……」

「黒点の化身とされるカラスの使い魔が多い。サシャは間違いなくうちの家系だよ」

血筋を正式に証明した訳ではないが、オルフェオとオスカーには経験による勘と本能的な確信があった。

「ただ世代的になぁ……。該当する系譜けいふが思いつかないんだよな」

 オルフェオとオスカー、ティアラ家のアガサとアリス、レイン家のマシューは自分達の高祖父こうそふが同一人物だった。ベルフェス家は月の家系と婚姻こんいん関係が多いため、ティアラ家にレイン家、フローラ家、ジュノン家、ミナーヴァ家の月の五大貴族との血縁が濃い。

 サシャの年齢がオルフェオたちと同じであることを考えれば、彼女も高祖父の世代で血が繋がっている可能性が高い。ただし、その子供たちである彼らの曽祖父曽祖母たちは全員戦争から生きて戻ってきており、行方不明者はいなかった。

「隠された親戚がいる、と言うことになりますが……」

「そうなるよなぁ、問題はどこの誰かなんだが……」

 オスカーは残りのページをパラパラとめくって速読をし立ち上がった。

「父上にも聞いてみるが、俺は個人的に調べてみる」

「わかりました。その小説は面白かったですか?」

オスカーはにんまりと口の端を上げた。

「オチ自体はありきたり。でも俺は好きだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る