第2話 本日のトレンド

 ――階段を下りた先にあった、見渡す限りの大草原。青々とした草花の薫風に抜けるような青空――――普通なら心地良い風景だが、『中世の城の階段を下りた先に』大草原と青空が広がっているのはどう考えてもおかしい。





 俺はこの草原と青空すら不気味に感じながらも、あてもなく遠くを目掛けて歩いてみる。





 ――すると、何やら立て看板が目に入った。読んでみる。





『上階……政治トピック。この階……現在のトレンド』





 ――何だこれは。政治? トレンド? まるで意味がわからない。





 ――端末からは相変わらず通知音が煩い。





『さっきの政治トピだったのか……w』


『まあ……ね……こんな世の中じゃあ、まるで魔王の城みたいに思えて来るかもね…………』


『それより、このフロアー。トレンドってことは、まさか……だよな?』







 ――SNSで呟く、俺の状況を実況しているようなリプライ。






 政治トピ……トレンド……何か引っかかる。





 訝りながらも歩き続けると、目の前に綺麗な川が見えた。






「あっ!」







 俺は声を上げた。何故なら、川の向こう岸には、人影が見えたからだ。







 助けてもらおう――――俺はすぐに川に近付き、対岸にいる人に声を掛けた。






「おーい! おーい!! そこの人! 助けてくれ……襲われてるんだ!!」






 ――しかし何故か、対岸で座り、川釣りを楽しんでいると見える中年の男は、俺の呼びかけに反応しない。






 どうしてだ。俺の声が聴こえていないのか?






「えっ」






 思わず小さく声を漏らした俺。






 対岸に、もう1人、男がいる。男は手にハンマーを持っていて――――






「――があはッ……」






 ――後ろから近付き、釣りをしている男の後頭部を、ハンマーで打ち付けた。呻き声を上げる釣りをしていた男。






 頭から血を流して殴られた男は倒れ、そのまま動かない。動かないのを見るや否や、殴り倒した方の男は財布や、釣った魚と思われるものを盗み取って、去っていった。






 ――殴られた方の男は、頭からどんどん出血したまま動かない。遠目に見ても解る――――致死量の出血。殴られた男は死んだ。






 殺人――――!?






 俺は、身体が指先まで冷たくなった。






「まさか」







 思い当たった俺は、端末のSNSアプリの『本日のトレンド』欄を見た。






『――頭部外傷……××日未明、○○川で釣りをしていた男性・オオソダ・クニオさんが遺体で見付かった。遺体には、後頭部に金槌のようなもので殴られた痕があり、死因は頭部外傷による失血死。警察は強盗殺人と見て捜査を進め――――』







 ――トレンドの内容は、今、俺がこの目で見たものとそっくり同じだ――――





「そんな、馬鹿な」






 俺はさらに嫌な予感がしつつも、『本日のトレンド』の次の記事を見た。







『――△△国外相……□□国から△△国への事実上の侵略戦争が始まって今日でちょうど半年。草原地帯を空襲され、△△国のゴルドル外相は、改めて□□軍に対し「誠に遺憾である」と批判。戦争の泥沼化は日を追うごとに増すばかりで、専門家の中には「このまま世界大戦へともつれ込むことも覚悟」との声もあり――――』







 ――そこまで読み終わるか、終わらないかのタイミングで――――雷のような耳をつんざく爆音が鳴り響いた。激しい衝撃に、俺はその場で転んだ。







「――うう……」






 転んだ痛みに呻きながら顔を上げると――――草原のあちこちに、人間の死体が吹っ飛ばされて転がっていた。皆、空襲で筆舌に尽くしがたいほどに傷んだ状態で死んでいた――――






 ――――間違いない。この謎の空間は――――SNSであった情報と連動している。







 ――俺はそう理解した瞬間、言いようも無い恐怖に駆られ、叫びながら走り出した。






 走れば走るほど目につく戦死した兵士の死体。死体。死体。






「うわあああッ!!」






 ――目の前に、地下へ掘ったと思われる穴が見えた。






 防空壕か何かか――――俺は躊躇することなく、爆撃から身を守るために穴の下の方へ潜っていった――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る