浮気相手の面倒見ろとか寝惚けてるんですか? 撃ちますよ? 雷魔法。

隣のカキ

第1話 お断りします。撃ちますよ? 雷魔法。

 現在、私と婚約者は素敵な庭の見える侯爵家のテラスで向かい合って座っていた。


「すまないが、君との婚約を破棄させてもらいたい。」


「…大方予想はつきますが、理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「政略結婚ではない本当の愛が分かったんだ!」


(やっぱり……)


 私としては勿論構わない。元々はこの人―侯爵令息キルト=ゼンベル様が5年前に私―ルディア=フェルミトを見初め、家格の差から断れなかった婚約だ。


 我がフェルミト子爵家はそもそも侯爵家とは家格からして釣り合っていないのだが、キルト様が昔から足りない方であったのに加え、神童と呼ばれた私を彼が気に入ってしまった事で侯爵家から打診された。


 ゼンベル家当主は、長男だが足りない彼を私が支える事で侯爵家を維持させるつもりだったようだ。


「勿論だが、こちらの有責だから慰謝料に関しては心配しないでもらいたい。」


「…それは心配していませんが。」


 侯爵家の教育の賜物なのか、彼と少し話しただけでは足りていないという事にはなかなか気づけない程度には常識がある。あくまで多少だが……


「ただ…少しお願いがあってね。」


「聞けるかどうかは別として、一応お伺い致します。」


「俺がこれから結婚しようと思っている相手の淑女教育をして欲しいんだ。体裁もあるので我がゼンベル家の侍女として君を雇い入れたい。」


(新しい結婚相手を見つけたのは既に知っていましたが…)


 はっきりと言うなら、あり得ない。この一言に尽きる。


 どういう神経をしていれば浮気相手の面倒を元婚約者に頼めるというのだろう。


 まさに開いた口が塞がらない。この男に常識を期待した私がバカだったのだ。


「婚約破棄となったからには私が侍女としてお仕えするのは不可能です。」


「大丈夫。そこはしっかり君の御父上に相談させてもらうよ。」


 父に圧力をかけようとでもしているのだろうか。


「一度は婚約者であったのですから…侍女としてそちらにお仕えしますと、私がお手付きだと他家に判断されてしまいます。」


 普通の貴族なら少し考えれば分かる事だ。


「それも大丈夫さ。俺が周りにしっかり言って聞かせるよ。」


 当然だろ? と言わんばかりの態度でキルトは答える。


(こいつ…!!)


 もうこいつで良いわ。


 こいつが足りてないのは貴族の間ではそれなりに有名な話。そんな事言って回ったら、より一層怪しまれる可能性まであるのだ。


 家格では私が及ばないのは明らかだ。お手付きにしたと言えば風聞が悪いので隠しているのだと周囲に思われるだけ。そうなれば私にまともな婚姻の話など来る訳が無い。


 しかも相手は有名な足りない男だ。足りない男のお手付き女なんて、尚の事欲しがる貴族はいない。


「お断りします。」


 これは流石に頷けないとキッパリ断った。


 こいつは足りないからハッキリ言ってやらないとダメだ。ハッキリ言っても伝わるか怪しいが……


「どうしてだい? 何も心配いらないよ?」


「私は結婚しないのであれば魔法士としての道を進むからです。」


 足りないと評判の男と無理矢理婚約させられた挙句に魔法士としての道も閉ざされていた私は、少なからず恨みを抱えている。


 しかしながら家格は低いとは言え、こちとら貴族。その恨みも呑んで、足りていない婚約者を立てていたのにこの仕打ち。


 家には面倒をかける事になるかもしれないけど、私はここで魔法をぶっ放す事さえも辞さない覚悟だ。


「魔法士か…。でもそんなにお給金は高くないだろ? 侯爵家の侍女になればもっと良いお給金も用意出来る。」


「私は一級魔法士の資格を既に持っていますの。それでもですか?」


「俺の新たな結婚相手の教育を頼むのだ。一級魔法士とまではいかないが、それなりに用意してみせるさ。」


(バカなの? えぇ…バカでしたね。なんせ足りないんですから…)


 せめて交渉するなら一級魔法士より多い給金を用意しないと話にならない。仮にそれより多い額だとしても、こんな屈辱的な提案には絶対に頷かないが…。


「私は魔法士になる事が夢でしたので、どんなに言われようとお断り致します。」


(ここまでハッキリ言っても分からないなら、一発だけ撃ってみましょう。)


 この男の次に出てくる発言に身構えていると…


「それなら…君との婚約を継続して、君を第二夫人に迎えれば解決じゃないか?」


 そう…彼が凄く良い提案だと言わんばかりの顔で信じられない事を言い出す。


 先程よりも更に輪をかけたふざけた提案に、たった今私の覚悟が決まった。


「…特級魔法をご覧になった事はありますか?」


「無いが…それがどうかしたのか?」


「特別に見せて差し上げます。」


 私は魔法士としての資格こそ一級までしか取得していないが、得意の雷魔法なら特級が使える。特級魔法士の資格は最低三年の実務経験が必要なのだ。


 ちなみに特級魔法を使える者は現在、この国に私以外誰一人として存在していない。


「轟雷。」


 私はゼンベル侯爵家自慢の庭に特級魔法“轟雷”を放った。


 恐らく近隣にまで音が響き渡っただろう。あちこちから悲鳴が聞こえ、庭は見るも無惨に破壊され地面が大きく抉れてしまっている。


 ゼンベル家当主は昔からこの庭が気に入っていたのを私も知っていたが、もう我慢の限界だった。


「婚約破棄の慰謝料はいりません。庭の修理費用と相殺して下さいませ。」


 彼は腰が抜けたのか、テラスの床に座り込んでいた。

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