第5話カラオケ

 平日の16時ごろ。カラオケボックスはまだ空いている。

 俺たちは、三部屋に分かれた。

 俺と桜花は、なんとなく2個1で扱われてい

る。


「音程超正しい!」


「2人とも、ボーカロイドみたい!」


 これらは、褒め言葉だろうか?


 うーん…、音程は正しいけど抑揚に乏しい。

感情がこもってない!というマイナスのイメージも多分に含まれているのでは?


 すまんな。俺たちは五感が過敏で、音程を外すと自分もダメージを食らうんだ。

 腰をやった高齢者が腰に衝撃が響かないようにゆっくり慎重に動くように、慎重に歌わないと…

 楽しそうに歌えなくて、心から申し訳ないと思っている。

 せめて、他の人が歌っている時は、努めて楽しそうに振る舞おうと努力している…つもりだ。


 みんなの飲み物をとってくるなど、積極的に働きもしようか。


「飲み物をとってくるけど、なにかいる?」


「烏龍茶」


「ジンジャーエール」


「コーラ」


「カルピスソーダ」


 メモをとっていく。


「じゃあ、わたくしも行きます」


 桜花が手伝ってくれる。


「ありがと、助かる」


 ドリンクバーは、廊下を右折して一番奥あたりにあったな。


 桜花も、少しだけここから避難したい頃合いだと思った。

 そういうのが全く顔に出ていないのは、見事としかいいようがないけど。


 部屋から出て、2人で廊下を歩く。


 曲がりかどに差しかかった時…

 ドリンクバーの前あたりで3人くらいの男子が会話しているのが聞こえてきた。


「一色兄妹はどうよ?」 



「なんか、こういう場所に慣れてないみたいな感じ?音程は、超正しいけど」


「良家のお坊ちゃん、お嬢ちゃんって感じだもんな」


「うちの学生は大抵そうじゃね?」


「俺たち幼稚舎組はその中でも特別だってことは、いつ教えてやるんだ?」


「さあ…兄貴の方は、どうでもいいが…妹の方は、美人でスタイルもすげえからなぁ。いろいろと手取り足取り教えこんでやりたいよな! そのためには、兄貴の方とも仲良くしとくか。最初のうちだけだけど」


「そなたもわるよなぁ」


「お代官様ほどでは」


「「「あっはっはっ」」」


♠️

 (桜花に悪い虫でもついたら嫌だな)と思ってカラオケについてきたが…悪い虫どころか…


 越後屋と悪代官様がいた!

 いや、幼稚舎組と言ったか?小学校(?)からエスカレーターで高校まで上がってきた連中ってこと。


 今日この辺を案内してくれた奴らは、基本気のいい奴らばかりだと思う。

 俺の第六感はちゃんと働いている筈だ。嫌な感じはあの3人からしか受けない。


 でも、その3人が問題なんだ。


 思えば…大学でヤリサーとか作って、女の子に酒や薬を飲まして集団で凄惨に暴行した事件をニュースで何度か見聞きした覚えがある。そういうことを平気で出来るのは、ああいう輩なんじゃないか?


 小学校受験を勝ち抜いた自分達は特別で、何をしても許されるみたいな肥大した自我を持った奴ら。

 良家の子女が集まるこの学校で、そんな連中がいるなんて微塵も考えなかった。幼少時に難関を突破したことで周りから「偉いでちゅねー」と、もてはやされつづけると…クズに育つわけか。


(俺はいいけど、妹までこんな高校についてきてしまった)


 嫌な現実をまのあたりにした今、妹はどんな顔をしているだろう?そう思って妹の方を見たのだが…


「上の階に行きましょうか?」


 そう囁いた妹の顔に、怯えや動揺の色は見られない。


(桜花はこういうことを知っていた。というより…予想していたのか?)



♠️


 上の階のドリンクバーには誰もいなかった。


 

「下衆が!」

 俺は、怒りをぶちまける。


 俺のことは、なんと言おうがどう見ようが別にいい。だが…俺の妹を汚らわしい目で見るんじゃない!


「お説教ついでに忠告しようと考えていましたが…この学校の闇を説明する手間が省けて良かったです。要注意人物も炙り出せましたしね」


 この学校の闇か。桜花はやはり、その辺の事情を知っていた。


「あの3人には、桜花を近づけさせないようにしないと!しかし…小学校からこの学校に入学できたら、そんなに偉いのか?」


「そう考えている人はごく一部でしょうけどね。あと家柄とかも自慢なんでしょう。多分」


「人間の価値は、家柄になんか無いぞ?」


 俺は心底意味がわからなくて、言った。


(家柄なんて、俺達を縛るためのかせでしか無い)


 そもそも……

 生まれる家を自分で選べるのか? 前世で何か善行でも積んだのか??

 あいつらの家だ。どうせ、積んだのは悪行だろう。



「さすがは、お兄様です」



「〝さすおに〟はやめろー!」


「くすくす」

 妹は、玉を転がすように笑う。



「で、どうするんだ? 虫酸が走ってるんだろ?ああいう連中に」



「汚らわしい目で見られるのはどこに行っても同じなのですが…お兄様には、わたくしを守っていただかないと。もう手を離しても大丈夫だろ? とか考えて、遠くに行かれては困ります。これからです。お兄様が必要なのは」

 そう言いながら桜花は、甘えるようにぴったりとくっついて俺の肩に頭をコトンと乗せた。


 俺以外の男と接するのは、本当は不安なんだろうな。


「俺に変な男からお前を守る盾となり、剣となれってか?」


 つまりは、姫君プリンセスを守る騎士ナイトだ。こいつ、姫君の水準だけでなく騎士に求める水準もめちゃくちゃ高そうなんだけど…



「そのためには、軟弱であってはなりません!猛特訓します。ついてこれますか?返事は〝はい〟か〝YES〟しか受け付けませんけど」



「拒否権はどこへ?」



「下衆どもに妹を軽んじられて怒り狂っているお兄様にそのようなものは必要ございません!」



「猛特訓の内容を聞いておこうか?」



「そうですねぇ…とりあえず体を鍛えましょうか…ランニング10km・腕たてふせ100回・上体起こし100回・スクワット100回。これを毎日やるのはどうです?」


 …。


〝ワ◯パンマンチャレンジ〟じゃねーか!


「ハゲないやつで頼む」


「善処いたしますわ!」


 ガタッ。


 桜花が遠回しに〝NO〟と答えたその時、物陰で音がした。


「誰ですか?」


 桜花は俺の肩にずっと乗せていた頭を上げて俺から離れ、俺達は身構えた。

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