第2話男の人は掌で〝よしよし〟するのです

♠️桜花視点


 壇上で入学式の挨拶をしていると、観客の様子が良く見える。

 いえ。他人のことなど、どうでも良いです。


(兄は、わたくしのことをちゃんと見てくれているのかしら?)


 だいたい。何故に、わたくしが新入生代表の挨拶などしているのでしょう??

 新入生代表のお役目を先生から言い渡された時、訳が分からなすぎて頭が真っ白になりそうになりました。


(全く…)


 病弱だったわたくしに全てを教え込んだ兄。いわば、わたくしの師。


(小さいころから病室に押し込められていたわたくしにとって、兄は憧れであり、わたくしの狭い世界のほとんど全てと言っても過言ではなかったのに)


 その師を超えたとは、微塵も考えていない。壇上にいるのは、兄が手を抜いたからに決まっていますわ!


 何があったのかは、わかりません。わかっているのは、中学生になったあたりから急に兄から覇気が失われていったことだけ。そのことには、とてつもない憤りいきどおりを感じます。ですが……


(ふふふ)


 兄が面白くもなさそうに読みふけっているライトノベルが何か? ということに気づいて、吹き出しそうになってしまいました。


(わたくしが貸して差し上げた本ではないですか!) 


 ブックカバーがかかっていましたが、そのブックカバーもわたくしのもの。周囲の人達にはわからなくても私には、兄が読んでいるものが丸わかりです。


 それは、兄に貸した大量の〝妹物〟の中の一冊。

 兄は、無意識にそれをチョイスしたのかもしれない。わたくしの意図に気づくこともなく、無意識に!

 これぞ、孔明の罠ですっ。



♠️

「男の人には、〝よしよし〟って掌の上で転がす感じで接すればいいのよ」

 兄から覇気を感じ無くなって、荒れ気味のわたくしにかつて母が教えてくれたのです。


「男の人は、まず胃袋から掴むのよ」

 これも、母の教え。


 わたくしは、兄に対してこの2つの教えを忠実に実践することにしました。

 そして、母から家事も徹底的に仕込んでもらいました。

 普段から同じ物をしょくしているのです。胃袋なんて、既に掴んでいるも同然なのですけれど。


(わたくしから逃げようなどと、絶対に許しません! むしろ、もう決して離れられない程わたくしの色にどっぷりと染め上げてみせますから、お覚悟なさいませ!!)


 数日前から始まった兄と2人きりの生活に思いをはせ、ウキウキしながら新入生の挨拶を終えて兄の元へ戻るわたくしなのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る