【ガイドライン遵守】感染対策済桃太郎

ケーエス

第一話くちん 🍑

 むかし、むかしあるところにおじいさんとおばあさんが人通りの少ない山奥に住んでいました。


 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは念のため不織布マスクをして川へ洗濯に出かけました。


 おじいさんが芝刈りから帰ろうとすると、川からどんぶらっこどんぶらっこと大きな桃が流れてきました。


 しかし、おじいさんはこのご時世に前日の大雨で濁流と化した川から桃を引き上げ食べるなんていうことはよろしくないのではないかと思い当たりました。そしてそのままおじいさんは帰っていきました。


 めでたしめでたし




 数か月後、再びおじいさんは山へ芝刈りにやってきました。すると待ってましたとばかりに大きな桃がどんぶらっこどんぶらこっこと流れてきました。今日の川の水はミネラルウォーターばりに透き通っていましたので、おじいさんは桃をひょいと持ち上げて家に持って帰りました。


「なんて大きな桃でしょう」

「ばあさんや、さっそくいただきましょう」

 結婚生活50年を迎えてもラブラブな老夫婦はケーキ入刀といった要領で二人で桃を斧でぱっくり割りました。


 すると中から頭から血を流し、ちびゾンビみたいになっている裸んぼの男の子が出てきました。

「な、なんてことだ! 早くお医者様をお呼びせねば! よ、よんでくる!」

 おじいさんはぱっと家を出ていきました。

「ど、どうしましょう……」

 おばあさんは震える手でなんとか包帯を頭に巻いてやることしかできませんでした。そしてそのまま失神してしまいました。


「お医者様! お医者様!」

「すみません、マスクをつけてもらえますか?」

 お医者様の家に着いたはいいものの、看護師さんに言われておじいさんはしまったと思いました。でもそれどころではありません。

「桃から血を流した男の子が出てきまして」

 自分たちのせいでとは言わない性悪なおじいさんに対してお医者様は、

「すみません。うちは手が空いてないもんで。他のところを当たってくれませんか」

 と疲れた顔でいいました。

「そこをなんとか……」

「先生、タエさんが!」

「何、すぐ行く!」

 お医者様は隣の部屋に行ってしまいました。


 他を当たるとしても隣村までは数千里も離れています。間に合う訳がありません。脳天をやられた男の子は帰らぬ人となりました。老夫婦は涙を流しながら川の近くにお墓を作って男の子を埋めました。

「疫病さえなければのう……」

 おじいさんは泣きじゃくるおばあさんの肩を抱きしめました。



 数か月後、おじいさんは目を疑いました。川から、川から大きな桃が流れてきているのです。しかもおじいさんを試すかのごとく、ゆっくりゆっくりと流れてくるでrはありませんか。一人の命を奪った自分が持ち帰っていいのだろうか。おじいさんは考えました。脳裏にあのときのことがよみがえってきます。そうこうしている間にも桃は流れていきます。でも下流の人が拾ったら。おじいさんは思いました。また同じように中に男の子がいたとしたら、頭をかち割られてしまうかもしれない。おじいさんはギリギリのところで桃をわしづかみにし、えいっと岸にむかって投げました。

「はあ、はあ……」

 おじいさんは川べりに大の字になりました。きっと数日は動けそうにありません。でもおじいさんは笑顔でした。


「いきますよ」

「やってくれ」

 寝たきりのおじいさんの前でおばあさんは包丁を巧みに使って桃をそぎ落としていきました。

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

「まあ」

 おばあさんは桃の中から元気な裸んぼの男の子を取り上げました。

「ふう。今度は助かったみたいだな」

おじいさんは目を閉じました。

「そうですね。おじいさん? おじいさん?」

 不審に思ったおばあさんはおじいさんをゆすりました。男の子が泣き止んでもゆすり続けました。しかし、満面の笑みで寝ているおじいさんが起き上がることはもうありませんでした。



 

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