第5.5話 休日1

 体はすっかり癒え、若干痛みはあるものの日常生活を送る分には問題ないくらいに回復していた。時刻は朝の七時で怪我人にしては早い目覚めだろう。しかも学院は怪我のため欠席になっており、こんなに早く起きたところで時間を持て余してしまうだけだった。氷継ひつぎだけでなく、輝夜も念のため今日は欠席扱いになっている。


「はぁ............入学式でこれって、これからどうなるんだよ……」


 少しガラガラとした声でぼやく。

 心地の良い春風がカーテンを揺らしながら新鮮な空気を室内へ運ぶ。風が寝起きの彼の髪を揺らし気持ちの良い朝を迎えた。眠気覚ましに伸びをしてベットから降り、クローゼットやタンスから衣服を取り出し上下真っ黒のパジャマから着替える。パジャマは簡単に畳んでベットの上へ置き、スマホを手にリビングへ。


「おはよう氷継ひつぎ!!!怪我の調子はどうだ!!」


 父親、れんの大きな声で完全に脳が起きる。


「......ああ、もう完治したみたいなもんだ。こんだけ動けりゃ問題ない」


「おおそうかそうか!なら朝食の後ちょっと付き合えよ!」


「...あーね。まあ......いいか」


 裏というのはこの家から繋がる敷地内にある道場の様な場所。幼少期はよく妹達と頻繁に使っていたものだ。最近では剣道の大会が近くなった時以外は近寄ることすらしていなかった。自分の中でのが家の中にまで、無意識ではあるが存在してしまっていたのだ。特別家族仲が悪かったわけではない。むしろ仲が良すぎるくらいだろう。

 ただ幼少期、2009年の9月に起きた事件『北海道領域大空襲』、数多あまたのワールドを震撼させた大事件をきっかけに、氷継ひつぎ自身が線を引き自らの中に押し込めてそれ以上は踏み込まないようにと、端から見ればただの反抗期の様だが、彼を知り得る人物達からすれば自己防衛に近いと思っている。


 朝食を取り終えて道場へ向かう。

 少し長い廊下を歩き扉の前に立つ。この扉を開けるのも最後の中体連前に入ったその時だけで、それ以降はこの廊下すら歩いていない。道場へ繋がる通路はそこへ行く以外の目的がなければ日常生活で使うことがなく、必然的にそこを通ることもなくなってしまうわけだ。

 扉を開け、道場へ入る。天井近くの壁に設置された横長の窓から光が射し込み、自然光が室内を照らす。まだれんは自宅の方に居るため、ここには彼一人だ。


 奥へと入っていき竹刀を取って座禅を組み、竹刀を横にして膝に置く。目を瞑って体内を巡る魔力とエーテルに意識を向ける。身体にはこの二つの元素を動かす為の核と回路が存在する。核というのは簡単に言うと貯蔵庫の様な物でエーテルは心、つまり心臓から。魔力は心臓の右に隣接している臓器『魔力貯蔵器』に貯められている。そしてこれらを使用するには回路を開けて放出しなくてはならない。

 氷継ひつぎは今、回路の扉を一つ一つ意識的に解錠していっているのだ。並大抵の人間にはできない芸当ではあるが、流石想継エーテル術式の産みの親と言うべきか、れんの訓練のお陰でその芸当を可能にしている。


 正体不明の黒フードや未登録の領界種との戦闘で、に回路を無理矢理こじ開けてしまった。そのせいもあってそれを使用する時に若干の乱れが生じ、術式や技式の精度が落ち身体も筋肉痛が発生してしまう。それを直し始めておおよそ十五分、無事回路の修正と解錠が50%程完了したところでれんが入室して来た為中断し、目を開けた。残りの解錠は徐々にでも問題ない。


「もう準備は出来てるか?」


「あとは軽くストレッチするくらいだ」


 そう言って竹刀を床に置いて立ち上がり、ストレッチを始めた。これかられんと寸止めの打ち合いをする。防具は着けずに行うのでかなり危ないが、氷継ひつぎが彼に竹刀を当てても大したダメージにはならないので、れんが当てない限りはあまり問題はない。


「よし、いいぞ親父」


 竹刀を剣を持った時と同じ構えを取りれんへサインを送る。


「それじゃやるか!」


 そう言ってを取った。顔つきが変わり真剣な眼差し、それは───敵を殺す眼差しに近い。

 れんが息を吸って吐き出すと同時に畳を蹴って駆け出す。そのまま竹刀を上段に構えて素早く真っ向斬りをする。氷継ひつぎは竹刀を横にし、両手を使ってなんとか防ぐ。


 ───本当に竹刀使ってんのか!?重すぎるだろッ......!!


 重なりあう竹刀が折れてしまうんじゃないかというくらいにミシミシと音を立てている。彼の一打はとても重く、しっかりと重心を落として両手を使い押さえてようやく───とはえいギリギリではあるが───止めることが出来た。

 氷継ひつぎは左手の力を少し緩め竹刀を斜めにして軌道を反らして竹刀を抜き、若干体勢を崩したれんへそのまま袈裟斬りを繰り出す。だが既に彼は体勢を整え素早く竹刀をぶつけた。力量差で氷継ひつぎの竹刀が弾かれ大きく仰け反ってしまい、そこへれんの左袈裟斬りが彼を襲う。寸の所でなんとかバックステップをし回避に成功したが、着地を狙っての突きが迫る。


「ッグ!!」


 胸を突かれ、バックステップの勢いもあり後方へ飛ぶ。当たらなければ問題はない、だが当てないとは誰も言っていない。


「カハッ...ハァ...ハァ...ハァ......」


 畳に膝を着き竹刀を立てる。たった一突きで呼吸に乱れが出てしまう。冷や汗が頬を伝い思考が錯綜し、次の一手を考える余裕もない。


「どうした氷継ひつぎ、まだ一回目だぞッ!!」


「っざけんな...あんたにやられたら死んじまうわ!!」


 れんの上段からの追撃を逆袈裟斬りで防ぐ。


「グッ、アアアアアアアアッ!!!」


 気合いで竹刀を弾き体勢を崩させる。


「ッふ!!」


 吐き出す息と同時にれんの腹部目掛け一文字斬りをする。しかし、流石と言うべきかその軌道にはもう彼の竹刀があり、軽くいなされてしまい仕返しと言わんばかりに氷継ひつぎの腹部へ一文字斬りをお見舞いした。


「グゥッ!!」


 竹刀を畳に落とし、腹部を押さえながらその場にうずくまる。


「勘、戻ってきたんじゃないか?」


「はぁ...はぁ...くっそ......少しくらい手ぇ抜いてくれよな」



 

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