第9.5話 休日2『氷継編』

「くっっっっそ暇だ...」


 自室で一人ベッドの上でぼやく。

 黒い目覚まし時計は午前七時を表示しており、土曜日にしては早すぎる起床だ。ゆっくりと体を起こししっかりと伸びをしてから、自室を後にした。

 リビングには母と妹だけで父の姿はなく、どうやら朝から仕事の様。


 ───そういやあの日からなるべく家にいるよな親父


 あの日とは、氷継ひつぎれんや探索者の道を遠ざけるきっかけとなった事件のこと。罪滅ぼしのつもりか、あの日から家族の時間を増やし任務完了速度も上がった。特に氷継ひつぎのことを気にかけているようで、半ば強制的な進路変更も昔の彼に戻って欲しいというのがあってのことだったのかもしれない。


「っま、今はそんなことはいいか」


 そう言って、そこで今までの思考を止め別のことを考え始める。そう、名前だ。せっかくの休みを無駄に過ごすわけにはいかない。

 ドサッとソファーに座って首を捻る。


「黒い毛並みの狼か...う~む」


「どしたのお兄」


「おはようゆめ。学院に生物飼育委員会ってあんだろ?俺あれになったから担当する奴の名前考えてんだよ」


「っえ、お兄あれにしたの?!凄いね、まあ事情はわかったよ。どんな子なの?」


「簡単に言えば黒い毛並みでオレンジ色の目の狼だな」


「すっごい簡単」


 とはいえ、本当にこれくらいしか知らないのだ。知っていることと言えば、せいぜい天理逸脱てんりいつだつの影響を受けていることくらいで、一体なんの幼体なのかも現状わかっていない。最も、わかりそうな人間は残念ながら今現在家を留守にしているわけで。

 ペットなんぞ飼ったこともない彼にはかなりの難題にも思える。


「お兄、取り敢えず着替えて顔洗ったら?」


「確かに」


 妹に促され直ぐに私服───四月ではあるが北海道はまだまだ寒い為、黒無地のセーターと黒のカーゴパンツ───に着替えて顔を洗って元の位置に座り直した。

 ふと、輝夜かぐやも同じ委員会だったことを思い出しスマホを手にする。Linkを立ち上げ彼女のトークルームへ移動した。


        ───Link───


氷継『おはよ、今いいか?』


輝夜『おはよう。ええ、どうしたのかしら』


氷継『早いな。天宮って飼育する領界種の名前何にするか決めたか?』


輝夜『ええ、もちろん。ルナよ、氷継君は?』


氷継『考え中。なーんも思い付かなくてな』


輝夜『決めたら教えてね』


氷継『おう、ありがとな』


        ───◇◇◇───


「天宮はルナ...ルナかぁ」


 輝夜かぐやの担当は氷継ひつぎと同じく狼の様な姿をした領界種で、違いは真っ白い毛並みと天理逸脱てんりいつだつではないというくらい。この個体も同じく情報がなく、なんの幼体かわからない。

 彼としても良い名前をつけてあげたい。氷継ひつぎが掲げてきた中立的な領界種との和解への道に近づくその第一歩には黒い狼との友好的な関係───主従関係ではあるが───を築き、父へ世界へ繋がることが出来ると証明したい。幼き日にと夢見た世界を実現するためには。


 ───あれ......もう一人って誰だっけ......?まあそのうち思い出すだろ


 何故だかもう一人の顔も姿形も名前すら何も思い出せないが、思い出せないことは今重要なことじゃないから良いという主義の彼の為、未来の自分へと投げ出した。


「よーし名前はソルにしよう。俺の名字天道だしな」


 太陽から取ってソル。


 ───我ながら良い名だ。天宮に報告しよう


        ───Link───


氷継『名前は太陽から取ってソルになったぞ』


輝夜『いい名前ね。よかったわ、ネーミングセンスがちゃんとあって』


氷継『おいおい、俺のことなんだと思ってんだ』


輝夜『少し心配だっただけよ。そうそう、今度アルベントさんと優奈君と街へ行くのだけど一緒にどうかしら』


氷継『良いけど、何しに行くんだ?』


輝夜『普通のショッピングと防具を見に行こうかなって』


氷継『おー良いな、是非ともお供します』


輝夜『はーい、それじゃあ詳細は学校で』


       ───◇◇◇───


 輝夜かぐやへの報告を終え、氷継ひつぎは安堵の表情を浮かべて息を吐き出した。ショッピングの話も来たが、あまり彼は外に出ないのでこれもいい機会だと思っての承諾。


「名前決まったの?」


 夢乃ゆめのが水を飲みながらキッチンから顔を覗かせる。


「おう、太陽から取ってソルだ」


「お兄にしては良い名前つけたね」


想継エーテル術式の名前つけたの俺なんだけど......ネーミングセンスはある方だろ?」


「それとこれとは別」


 辛辣な一言を受けて、普段そんなに酷かったかと思い返したが、そもそも本人がいくら考えたところで酷いかどうかなどわかるわけがない。ちなみに夢乃ゆめの氷継ひつぎにはバレていないが、家族に心配される程ネーミングセンスがない。

 そんな中、ふと彼が思ったのはソルに首輪を着けることが可能なのかどうかだった。

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