わたくしを、もらってください辺境伯さま。

井上佳

前編「よろしくお願いいたします」




「聞いてくれますか?



これまでに起こったわたくしの悲劇を」






そう言うと、辺境伯様は難しい顔をしながらも聞く体制に入ってくださいました。







「では、順を追って説明しますね。


先ほどご挨拶させていただきましたが、わたくしはこのイギーリュスト国で唯一の公爵家、サリバン家のシアーシャです。先代の王弟がおじい様にあたります。おじい様が興したサリバン家を、現在は父が継いでいて、わたくしの兄が次期公爵として修行中です。


血筋で言うと、もっとも現王家に近い家と言えるでしょう。現王がお父様のいとこですから。



その由緒ある血筋というのもあって、幼少の頃よりわたくしは第二王子殿下と婚約を結んでおりました。

王家のためにと必要な知識を詰め込み近隣諸国の言語を取得し、マナーやダンス、護身術、あらゆるものを身に着けることを強要されました。




3歳の時からです。




ひどいと思いませんか?




お母様に甘えたい、子ども同士で遊びたい、12歳で貴族学園に入学してからは、人並みの青春を送りたい……あ、いえ、違いますわよ? 恋をしたいとかそういうことはなくて……腐っても王子の婚約者でしたから、そういうのではなくて。

お友だちとランチタイムを過ごしたり、放課後街に出てショッピング、カフェでティータイム……憧れでした。


しかし実際の幼少期は、教育はお城で行われていましたから、甘えたい盛りにお母様や家族とは過ごせず、友だちとそこら中走り回ったり城の兵士さんにいたずらをして怒られた、などというやんちゃな経験もありません。


学園での生活は、ランチタイムは王子の浮気現場を見せつけられ、放課後はお城で側妃様のお茶会という名の愚痴大会……。




そうして我慢して我慢して、完璧な淑女としてのシアーシャが作られたのに……。




まさかの婚約破棄です。




国を継ぐのは第一王子殿下で、隣国ベルギャトの王女様とご結婚間近。


その次期国王は、王女様と婚約した時から内政を第二王子に丸投げするつもりでいたんです。自分はベルギャトとの付き合いに忙しいから、と。


ですが、丸投げするにはちょっと力不足な第二王子殿下ですから、そこは最強の妃として作り上げられたわたくしにだいぶしわ寄せが来ていたんです。あれもこれもと丸投げされて、それでも国のためにと書類と格闘して。

外交にまで連れ出され、笑顔の仮面を張り付けて必死で各国の言葉を覚えて対応しました。


それだけやっているのもすべて国のためだというのに、あのアホ王子は、わたくしに「出しゃばるな」と言うんですよ? 信じられますか? アホが無能だからわたくしがやっているだけで、本来はあのアホがやることなんですのよ?



それでも国のため、と……貴族学園高等部に上がった頃にはもう、寝る間も惜しんで働いていました。




そんな中、あのバカは何をやっていたかといいますと、前述したとおり、ランチタイムにほかの女を呼んで目の前でいちゃこらいちゃこら。

わたくしは食事の時間も惜しいので、2人の前で、家から持参したアルタァン特製弁当を片手に書類と格闘していました。片手で食べられるようサンドウィッチの形にしてもらうことが多かったのですが、具材は多彩で、肉や魚や野菜や果物……ありとあらゆるサンドウィッチを食べていました。どれも大変美味しかったです。




そうして地獄の学園タイムが終わり、まとめた資料などを持って城に上がると、わたくしが来たことを聞きつけてあのアホの母である側妃様からお呼び出しです。


話題はだいたい同じでした。なぜ自分が側妃なのか、なぜ自分の子は第二王子なのか。


それは、まず王妃様はスペーン国の王家より嫁いでいらした王女様でいらしたし、側妃様は伯爵家。身分からして当然ですわよね?

いくら側妃様と現国王陛下が学生時代を一緒に過ごしていていろいろあったとしても、身分の壁というものがございますもの。


現国王も、いくらヤンチャなときにヤンチャした挙句側妃にまでした女性でも、国の同盟を背負って嫁いでいらした王妃様より優先することはできません。

ですのできちんとご配慮されたのでしょうね。王妃様の子が国王陛下の初めての子。それが当たり前の世界です。


それなのに、なぜなぜとわたくしに言われても。答えはいつも同じです。『それが貴族社会ですから』。


ぐちぐちぐちぐちとご自分のお話をされたあとは、第二王子のこと。サリバン家の力で王太子になれないのか、なれるわけありません。第一王子の婚約者はベルキャトの王女様ですよ?

息子が平民の女と親密らしいが大丈夫なのか? いくら言ってもやめませんし、どうせ今だけの火遊びです。というか、報告を受けているならご自身でも何かなさればいいのに、側妃様はその件で息子に意見することはしなかったようです。






まさかわたくしと婚約破棄してまで、その平民の女と結婚したいなどと言い出すなんて誰も思いませんわよね?




学生時代の甘い思い出(浮気ですけど)、くらいだと思いますよね?




それがどうでしょう。




卒業式で皆が感動し、涙して、さあそろそろ終わりだ、と締めの挨拶を国王がしようとした時に……「お前との婚約は破棄だ!」ですもの。あきれてものも言えません。




その後王子、というか王家には、卒業式の参列者、つまり国内の多数の貴族から抗議が殺到しました。当然です。


王子や王女が生まれるとなると同年代に子をなす貴族が多いのは、もう常識ですから今さら言うことでもないのですけれど、とにかく多数の家からの抗議で、『卒業パーティ第二王子婚約破棄事件』はなかったことにはできず、王子は責任を取って王族籍をはく奪され平民の女と結婚させられました。




そして、余ってしまった国が作り上げた最強淑女であるわたくしをどうしようかと議会を開いたところ、あなた様のところへ嫁ぐことになりました。




長々と話してしまってすみません。




わたくしはわりとどこでもやっていけると……そうですね、順応力があると思うのですが、いかがでしょうか?」




ここまで一気に話し辺境伯様の様子を窺うと、ポカンとした顔をされています。これは、事前に話が通っていないこと確定の反応ですわ。




「聞いていらっしゃらないですか?」




そう尋ねると、今度は硬い表情で頷きます。




「そうでしたか、困りましたね……わたくしはもう、辺境伯様に嫁ぐ以外道がないと言われて来たのですが……この地は王都からとても遠いので、伝令よりわたくしのほうが早く到着してしまったのかもしれませんね」




ひょっとして、婚約破棄騒動もご存じではないのでしょうか。ああ、そういえばそうです。議会はくだんの卒業パーティの翌日に開かれ 、第二王子殿下、あ、元ですね。元第二王子殿下の平民落ちとわたくしの婚約が決まって、わたくしはその翌日にはこちらに向か って移動を開始したので……我が家の長距離移動馬車はとても性能がいいので、よっぽどの早馬でなかったとしたら、伝令よりわたくしの到着のほうが早いのは仕方ありません。




「では、今の話で状況をご理解いただけましたか? 第二……元、第二王子殿下の失態で、婚約者であるわたくしをどうしようかと国のトップが相談したところ、あなた様に嫁がせたら安心だ、という結論に至った。そういうわけです」




簡単に言うとそういうことですね。しかし今度は不思議そうに、なぜかと訊ねてきました。




「それは……手前みそで恐縮ですが、わたくしは大変優秀で、この知識や能力を利用しようとするやからがたくさんいるのです。反王家派にとられるわけにはいかないし、国外に出すなどもってのほか。

そこで国内の王家派、もしくは中立派の有力貴族で、初婚で中肉中背、黒髪黒目の男性があなた様しかいなかったのです。この国は無駄にキラキラしい金や銀の髪色の方が多いですからね」




わたくしの好みの男性で反王家派でなければ誰でも、ということだったのですが……条件が限定的すぎるですって?




「申し訳ございません。そこは、わたくしの譲れない条件で……。性格や居住地にこだわりはございませんでしたので、初婚で中肉中背、黒髪黒目のあなた様が、王都では『悪魔の瞳を持つ鮮血の辺境伯』と噂されていようとわたくしは気にしません。



ふっ……




あ、も、申し訳ございません。

な、長いですよね、この通り名。



い、いえ、おかしくなんて……ふふっ……あ、いえ、ん゛ん゛っ。




こほん……結局、この通り名は、黒髪黒目は忌み子=悪魔、っていう古い風習の話ですよね?

黒は神秘的で……あなた様の目もとてもきれいなのに……




あ、あら、わたくしったら、つい見とれてしまいました。




とても、きれいで……」




しばらく見とれていました。すると、目をそらされてしまいました。「きれい」と言ったのはわたくしが初めてだそうです。 皆さんいったいどこに目をつけているのでしょうか? この茶色交じりの黒い瞳につやつやの黒髪、とてもお美しいと思いますのに。辺境伯様に会ってまずそのお姿に魅入られないのかしら。


不思議そうにしていると、「まともに目を合わせる者はいない」とおっしゃいます。




「まあぁ、もったいないですわ! こんなきれいですのに……。




それに、わたくしはびっくりしましたわ。

こちらへ到着したときにちょうど、お屋敷の皆さんと楽しそうに前庭のお花をお世話していらしたあなた様の姿を見て」




そういうと、辺境伯様は気まずそうに口元を手で覆われて言いました。使用人のような真似をしていて恥ずかしい、と。




「いいえ、違いますわ。エプロンの似合うすてきな人だなぁ……と。ええ。とても好ましいですわ。わたくしもお花やお野菜を育てるのが大好きですもの。一緒にお世話したいですわ。お揃いのエプロンをつけて。




少し、気が早かったですわね。すみません。


あら、お顔が赤いですわ? 申し訳ありません……失礼なこと言いましたかしら」




顔を赤くして怒っていらっしゃると思ってしまいましたが、そうではない、とおっしゃいましたので、お怒りではないようです。よかったですわ。




「それで、いかがでしょうか?

わたくしを、ここに置いていただけないでしょうか?


ひと通り身の回りのことはできますし、料理洗濯掃除、それこそお庭の手入れまで」




これを言うと皆さん不思議な顔をなさいます。そんなにおかしいでしょうか? 辺境伯様も、「え?自分で?」みたいな顔をされています。




「ええ、そうなんです。我がサリバン公爵家は、なんでもひとりでできてこそ一人前という教育方針でしたので、なんでもできますわ。

ほかにも、書類整理から領地運営、謀も暗躍も得意です。戦闘になりますと、あまり力に自信はありませんが、隠密的なアレでしたら、見つかったことがありませんのでお力になれるかと」




いろいろと出来るぞアピールをしてみました。自分を売り込むのは大事です。ここを追い出されたら、行くあてがないのですから……すると辺境伯様は、渋い顔をしながらですが、「しばらく様子を見よう」とおっしゃいました。




「まあ! では、しばらくはここに置いていただけるのですね! ありがとうございます!


お役に立てるよう努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」






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