第2章 05 「塞がらないなら守れば良いんだ」

(何……これ……? 怖い……怖い、怖い!)

 そこには蕾花――あーりんに対する誹謗中傷の書き込みが続いていた。中には同じ中学校だったと自称する人や、今現在同じ高校に通っていると言う人の書き込みもまことしやかに存在する。

(学校でも……私、監視されて……?)

 勿論それらの書き込みの真偽は定かでは無い。ノリで在らぬことを書いている人もいるだろう。しかし今の蕾花には、冷静に考える余裕は無かった。

 更新ボタンを押す手が止まらない。退き時がわからない。もうやめた方が良いとわかっていても。

(嘘…………でしょ?)

 極め付けに蕾花が目にしたのは『彩○蕾○』の文字。どう見ても本名で――誰とも知らない誰かに、特定されていた。


(信じられない……)


 蕾花の脳裏に、今まで配信に来てくれたファンや常連たち、一緒にコラボした配信者仲間。先程『信じて』とDMを送った仲間含め、イベントでお世話になっているコスプレ仲間たちが浮かぶ。

(この人も、あの人も、誰も彼も……信じられないっ!)

 これ以上更新し続けるといよいよ全壊しかねない所まで至る寸前、蕾花はブラウザを閉じた。

「はあ……はぁ…………」

 全壊――自分すらも信じられなくならずに済んだ蕾花だが、逆を言えば自分しか信じられなくなっていた。




「………………」

 ここまで読み返した灯夜は、一旦漫画から目を離す。

(私は蕾花を信じたい。でも、蕾花にこの思いはどう頑張っても届かない。何度読んでももどかしいな)

「はぁあ……」

 蕾花を思うともどかしいだけでは無い。これから先に訪れる引っ越しから始まる環境の変化や、転校先でまた孤立しないかと言う不安。現実に目を向けると色々と思うことがあり、それらが全て溜息の中に収束された。

 再び灯夜は漫画を読む。




 ――あの出来事から月日は経ち。

 人間不信に陥った蕾花は、持ち前の裁縫スキルを活かしてパペットを2つ作った。蕾花自身をモチーフとした天使と悪魔のパペットで、それらは蕾花の両手にはめられている。

(小腹が空いちゃったけどどうしよう? 何か軽く食べた方が良いかな?)

 蕾花が両腕の天使と悪魔に視線を向けて、心の中で語り掛ける。

(空腹は身体に毒だ。食え食え)

(やめようよ。太っちゃうよ?)

 それに対して悪魔が肯定するが、天使が反対する。当然ながら蕾花の身体は1つしか無いため、心の中で3役で会話をしている。信頼出来るのは自分だけ――と思っていたはずの蕾花だったが、その実自分が思うよりも優柔不断で、このようなことすらも判断が難しくなっていた。

 高校も不登校が続き引き籠り生活となり、かつての明るい蕾花は見る影も無かった……。




(私だけじゃない。人間誰しも、心の何処かに穴が空いているのかも。それはきっと思い詰めれば詰める程大きくなっていって、蕾花は……そこを攻め入られちゃったのかもしれない)

 再び本を閉じた灯夜は、そのまま目を瞑った。

(どうやったらその穴は閉じられる? 人間、悩まないことなんて出来ないのに。だから悩むことは悪じゃないけど……難しいな。…………あ、そうだ)

 何かを閃いた灯夜は開眼した。

「塞がらないなら守れば良いんだ」

 こう呟いたのち、起き上がった灯夜は枕元の1巻を片手に机の前に座った。

(そう言えば蕾花の分析はしていなかったっけ。しようと考えたことはあったけど、蕾花は堕ちちゃうから)

 そして新しいノートを引き出しから取り出すと、いつものように作中の蕾花について分析を始めた。



「――出来た」

 約1時間後。灯夜はシャープペンシルを置いてみっちりと書かれたノートを見返す。

(まだ1巻しか持って無いからこの先のことはわからない。でも、蕾花から学ぶことがあるかもしれない)

 見返すこと、10分が経過した。

(……うん、きっと出来る。頑張ろう)

 蕾花の心に攻め入った闇が悪魔を生み出し、それに対抗するべく天使が生まれたと灯夜は考えた。しかし自分は蕾花と違い、まだ堕ちてはいない。この心を守るため灯夜もまた、心の中にもう1つの人格を生み出すことを決意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る