第2章 03 (……ならば、あのキャラのようにやってみよう)

 ――事態が動き出したのは、それから3日後のことだった。


「灯夜」

 雛多が借りていた漫画とノートを持って、部屋に入って来た。

「あ……」

 その瞬間、灯夜の体内に一気に緊張が走る。コツコツと小遣いで買った漫画の生殺が決まるからだ。

「まずはこれ返すね。ノート見たけど、真剣さは伝わった」

「……うん」

 胸騒ぎが収まらず、耐えきれなくなり思わず胸に手を当てる。鼓動が速くなっているのがわかる。

「で、なんだけど」

 生かさず殺さずはとても辛いから、速く結論を言って欲しい。灯夜は強くそう思った。

「この漫画、2巻はあったっけ?」

「…………え?」

 そうして漸く雛多から放たれた言葉は、予想外のものだった。

「ごめん。他の漫画の分析もやってて、その2巻のはまだやれてなくて……」

「ううん、漫画だけで良いよ。続きが気になっちゃって」

「……うん? お母さん?」

「ちょっとお母さん馬鹿にしてた。お母さんがハマってちゃ示しが付かないね」

「……あの? お母さん?」

「で、その言い分だと2巻はあるってことで良いんだよね?」

「お母さん!?」

 さっきまでの身を苦しめる緊張は何処へやら。灯夜は感情の赴くままにツッコんだ。

「……あれ?」

 そんな自分に、灯夜は直後違和感を感じる。

「灯夜……?」

「私、こうやって感情的にツッコんだことあったっけ……? これって……成果?」

「お母さんも初めて見た。少しだけど出てるのかもしれないね。ねえ灯夜、勉強を疎かにしないって約束してくれるなら漫画買っても良いよ」

「えっ、良いの?」

「本当のこと言うとね、灯夜が自分なりに考えて変わろうとしていたのが嬉しかったのよ。感情の薄いまま育っていったらってずっとお父さんと一緒に心配してたから」

「うん……」

 違和感を感じた後、もしかしたらほんの少しだけでも変われたかもしれないと思うと灯夜は嬉しく思った。

「でも漫画を隠してたことはいただけないな。そんな灯夜も初めてで信じられなかったから、試すようなことしちゃった」

「それはごめんなさい……」

「お母さんも悪かったから。このノートも、灯夜が頑張りたいと思うなら続けなさい? ……あ、2巻あったあった」

「もう……」

 嬉しかったのはそれだけじゃない。もう堂々と漫画を買えることも嬉しかったし、分析も引き続き頑張ろうと思った。



 しかし、現実はそう甘くはなかった。



 教室でクラスメイト同士の話し声に耳を傾けると、案外アニメや漫画の話をしていることに気付いた。その度にあれこれと考えはするのだが、そこから一歩前に踏み出せない。今まで誰ともあまり話していなかったのに突然話に加わる度胸の無さや、お呼びじゃなかったらどうしようという不安が邪魔していたからだ。

(難しい)

 家の中では少しずつだけど、元から開いてはいたがまるで心を開いたかのように親とは話せるようになってきている。しかし学校は――

(知らない人たちとの集まりの中で社交性を学ぶ場所……)

 そう考えると、ハードルが高かった。



 ――やがて学校では何の進展も無いまま、5年生になった。当然ながら4年生の時から一緒のクラスの人もいれば、初めて一緒になる人もいる。

「それでは出席番号順に、名前と何か一言言ってください。何でも良いですよ? 好きなこととかで良いですし」

 始業式を終えた後のホームルーム。これはチャンスだと灯夜は思った。

「でもまず先生から、お手本がてら言わないといけないね。名前はもう知ってると思うけど――」

 担任の自己紹介から始まり、出席番号1番のクラスメイトから順番に自己紹介が行われる。

「――えーっと、次は……。平木灯夜さん」

「はい」

 いよいよ灯夜の番が来た。

「平木灯夜です」

(が、頑張れ私! ここが頑張り所……!)

 しかし緊張していないわけでは無い。心の中で自分を激励しながら、自己紹介を続ける。

「4年生の時からなんですけど、実は皆の話を聞いてく内に漫画の面白さに気付きまして……少年漫画も少女漫画も読むようになりました」

 教室の中が少しザワつく。しかし大方想定の範囲内。あの無口で無表情な平木さんが――と、意外に思っているのだろう。

「静かに。もう終わりかな?」

「いえ、大丈夫です。もう少しだけ良いですか?」

 そのザワつきが良くないものと思ったのか、担任の先生が注意して灯夜に気遣う。嫌な思いはしていなかったが、助けられた気がした。

「えっと、新しいクラスになったことを機に、今まで出来なかった話とかが出来たら良いなと思ってます」

(……ならば、あのキャラのようにやってみよう)

「よろしくお願いします」

 そして最後に灯夜は学校で誰にも見せたことのない自分なりの笑顔で、軽くお辞儀をする。

「はい有難う。えーっと次は――」

 いっそのこと雰囲気を掻き乱してやろうと考えてのことだった。その成果はと言うと――

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