第1章 28 「ア、アリガトウゴザイマス……」

「まあその、かいづかは俺が独身の頃から続けてきたわけだが徐々に人は離れてきているし、長年付いてきてくれた仲間ももう全員歳だ。歳には勝てん」

 巳代雄がかいづか解散の理由を語り始める。

「次に、時代が変わった。今は娯楽と言う娯楽が多種多様に渡って存在してるじゃないか。そんな中、謂わば素人集団の演劇を数千円払って観に来てくれる人は減り、限界を感じつつある」

 それを道瑠は無言で聞いている。

「最後に、社会人演劇ってのはどうしても仕事をしながらやるから、時間に余裕が無い」

「………………」

「もう取り返しが付かないことはわかっているが、かいづかでの活動に仕事以外の時間を取り過ぎて、家族の時間をロクに作らなかったことを後悔してるんだ」

「今更言われても。それに、それと僕が出ることに何の関係が……」

「かいづかは俺の夢だったが、いよいよこの夢を終わらせる。それならせめて良い夢を見て終わりたい」

「良い夢?」

「最後まで自分本位なのはわかってるんだ。道瑠の時間を奪うことも承知してる。でも、昔のように道瑠と親子で共演をしたい。これが俺の最後に見たい、良い夢なんだよ」

 その巳代雄の声は、本気そのものだった。道瑠はそれを確かに感受する。

「ごめん、断る」

 しかし即答で断った。

「言いたいことは沢山あるけど、取り敢えずこれだけ。もう少ししたら高校の演劇部も春の公演の準備をしないといけない。その後には文化祭、そして受験……。僕だって社会人じゃないけど、同じように時間が無いんだよ」

「…………そう、か」

 理由を聞いた巳代雄は心底残念そうに言う。

「出られないのは申し訳ないと思うけど、もう……ね。あ、ご馳走様。今日はもう少ししたら出掛けるから昼は要らないし、夜も欲しいかどうかわからないからまた連絡するよ」

「そうなのね。わかった」

 魅奏が道瑠の外出に了承すると、道瑠はリビングを後にした。




「――ってな感じでね」

「なるほどねぇ」

 話を聞いていたあるては同情を込めた受け答えをするが、

(ん……?)

 それと同時に心の中で、何か引っ掛かるものを感じた。結局すぐに、まあいいかと流したが。

「そんなだからさ、僕は自分勝手に夢を追っている父さんのことを良く思ってないし好きじゃない。人の夢や趣味を否定しちゃいけないけど、直接関わって嫌な思いをしたんならちょっとだけ許して欲しい……ってのは、それこそ自分勝手かな?」

「んーん。頭ごなしに否定しなければ、それは許されると私は思うな」

「有難う。でも仕事はちゃんとやってるし、父親大黒柱ってのは変わらないからさ。僕が高校に行けてるのもこうして遊べるのも殆ど親のお蔭でもあるから、そう言った恩はあるし忘れたくない。難しいんだよねぇ……」

「………………」

「……ごめん、自分でも何言ってるのかわからなくなっちゃった」

 謝りながら、道瑠は申し訳なさそうに少し俯く。

「道瑠。ちょっとごめん」

「え?」

 そんな道瑠の頭にあるてが手を伸ばす。

「!? あっ、あの……?」

 そして、俯いたその頭を優しく撫でた。

「わ、私も、何て声を掛けたものかわからなくて。仮にも余所のお家事情だし、本当に話を聞くことしか出来ないけどこれが最適解かなって」

「っ……。あ、ありがと……」

 以前は掴まれた髪を、今度は撫でられている。それが道瑠には心地良く――

「あ、あのー、お待たせ致しましたー。こちら潔白の虚無ライスと暗闇の中の一筋のピラフですけどお客様……?」

「ハッ!? は、はいぃ!」

 夢心地から覚める時は唐突で、注文した料理を店員が運んできた。あるては手を、道瑠は頭を即座に引っ込め、店員が料理をテーブルの上に置く。その間2人は視線を逸らし、気まずそうにしていた。

「ア、アリガトウゴザイマス……」

 その気まずさから、あるてがカタコトで店員にお礼を言う。

「いえいえ、こちらこそご馳走様です! ごゆっくりどうぞー」

 店員も気まずい様子かと言えばそんなことは寸分も無く、寧ろとてもにこやかでウキウキとしながら去って行った。

「…………」

「………………」

「……………………た、食べよっか。冷めない内に」

「ソ、ソダネ……」

 あるてのカタコトがまだ戻らないまま、道瑠に促されて2人は料理を食べることにした。

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