第1章 25 「マジトーンで情に訴えかけるのこそやめてください」

「着いた。ここみたいだけど……」

「喫茶 潔白……」

 あるてが看板の店名を読んだ、その店の外壁は黒を基調としていた。

「黒いんだけど。本当にここなの?」

「そうみたい。……うん、やっぱり」

 スマートフォンを見ながら、道瑠が再三確認をする。

「兄さんが言うにはコーヒーの種類が凄いのと、料理もここでしか食べられないような物ばかりで味もかなりのものらしいよ?」

「あの人の言う『凄い』ってどう言う方向でだろう……? 何か普通じゃない気がする」

「あはは……。でもまあ折角来たんだし、店の前でずっと立ってるのもアレだから入ろうか」

「う、うん」

 2人は――あるては少し覚悟して、潔白に入店した。


「こちらのお席でよろしいでしょうか?」

「はい」

「只今ランチのお時間で、料理を頼まれますとドリンクがセット価格になります。またお決まりの頃お伺いしますね。失礼しまーす」

 店員に席を案内され、向かい合わせに2人が座る。

「えーと、暗黒ブレンド、奈落ブレンド、深淵ブレンド……潔白とは…………?」

 そして開いたメニューに、あるてが看板に偽りありと言わんばかりに目を疑ってしまう。

「深淵ブレンドには3つのスペシャルコーヒー……浮かぶ小石の暗礁スペシャル、塩を混ぜた海底スペシャル、そこにイカ墨を入れた怪物スペシャル……。あー、兄さん……」

 道瑠もメニューに目を通し、御影が気に入っている理由を納得の形で察してしまった。

「うん。多分私も今、同じこと考えてると思う。でも私、ブラックコーヒー飲めないんだよね。甘かったらブラックでも飲めるんだけど」

 初めてあるてと道瑠が会った時に入った喫茶店でも、あるては異様に甘そうな蜂蜜キャラメルカフェモカマキアートを頼んでいたことを道瑠は思い出した。

「無理しなくても、次のページにもドリンクのメニューだよ」

「ほんとだ。えっ、この救済の白いカフェラテって……ねえ、これどう見てもホットミルクだよね?」

「確かに。ここぞとばかりに潔白を出してきたね」

 そこには、コーヒーカップに驚く程に真っ白な飲み物が入っている写真が印刷されていた。

「えーこれちょっと気になるかも。これにしようかな」

「じゃあ僕は暗礁スペシャル行ってみようかな。言っちゃえばただの砂糖入りのコーヒー……だよね?」

「多分。あ、先に飲み物決めちゃったけど料理決めないと」

 2人は更にメニューのページを捲り、何を食べようかと悩んだのだった。



 その頃。灯夜は本屋の漫画コーナーにて時に歩き、時に立ち止まっては漫画本を手に取って見ていた。

「いらっしゃいませー」

 通りすがった店員が灯夜に挨拶をし、その声に反応して灯夜が店員の顔を見る。

「……げっ」

「『げっ』とはまた、ご挨拶だねぇ」

 そこにはYシャツにエプロン姿の御影がいた。

「あの日現れた正義のヒーロー、何処かで見たことあるなと思ったんですよ。そう言うことでしたか」

「そりゃあ僕ここのバイトだもの。ヒーローが本来の姿で、これが世を忍ぶ仮の姿ってヤツ?」

「はいはい。全く、世界は狭いですね。こんな狭い世界を護っているとは、お疲れ様の極みです」

「いやーその労いの言葉、嬉しいねえ」

 ちょっと皮肉を言ってみたつもりの灯夜だったが、御影には通用しない。それが少しだけ悔しく思えた。

「……もうこの店にお金落とすのやめます」

「いいかい? 例え本1冊の売上にしても、ここでは僕だけじゃなく他の従業員たちも、それぞれの家族の分まで日々の生活を掛けて働いてるんだ。出来たらそれこそやめていただきたい」

「マジトーンで情に訴えかけるのこそやめてください」

「お、言うねぇ。……よし決めた。君に1つ頼みがある」

「……聞くだけ聞きます」

「僕の――」

「志道さーん」

 御影が本題を言おうとすると、他の定員に呼ばれてしまった。

「あー、じゃあ手短に。17時半にバイトが終わるからまたここに来て欲しい。見せたいものがあるんだ。あ、今行きまーす!」

 灯夜の反応を見る余裕も無く、御影は去って行った。

「………………はあ」

 取り残された灯夜は反応に困り立ち尽くしたが、やがて気を取り直して買い物を続けた。

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