第1章 17 「お、わかってるじゃん! 流石っすねぇ先輩」

 帰宅した道瑠は自室に入り、パソコンの電源を点ける。そしてパソコンが立ち上がるのを待っている間、椅子に座りスマートフォンの画面をじっと眺めていた。


あるて

あ、すみません。先に済ませたい用事があるので、少しお待たせします。

すぐ終わると思うので16時半頃には着くと思いますが……。

寒いでしょうし、お店の中でお待ちください。


 ここで止まっている、あるてとのやり取り。どんなにどんなに眺めても更新されることは無い。

「………………」

 確かに、あるてを親友として大好きと言う灯夜の気持ちは本物だと道瑠は感じ取った。

(僕からの連絡を待っている……か)

 ここで送らなければ、灯夜があそこまで動いてくれたことが無駄になってしまう。『あるてのためだけ』と言っていたが、ここまでお膳立てしてくれたことを考えるとどうしてもそこは真に受けられなかった。

(わかってる。わかってるんだけど……)

 『わかる』と『出来る』は別物で――本当にあるてに話し掛けても大丈夫なのか不安になり、躊躇いが生じてしまう。取り敢えずスマートフォンをスワイプし、あるてに送る文章を作っては消し、作っては消しを繰り返した。そして――



(すっかりこんな時間になってしまった……)

 親から夕飯に呼ばれ、入浴も経て、時刻は21時47分。あるてにはまだチャットを送れていない。

「ん?」

「みっちーるくーん!」

 あれこれと考え続けていると部屋のドアのノック音と共に御影の声が聞こえてきたため、道瑠はドアを開けて出迎える。御影はバイトから帰宅して、真っ先に部屋ここに来た様子だった。

「ただいま。入っても?」

「お帰り。いいけど」


 ――――――――。


「あーっはっひゃっひゃ……そいつぁ傑作だ! ま、お疲れさん」

「笑い事じゃないよ。頭触られるのトラウマになるかと思ったし」

 御影の目的は、夕方、灯夜と話をした内容とその結果だった。

「まあその、本当に助かった。有難う」

「いいっていいって。それで? まだあるてさんを待たせちゃってるワケか」

「まあ……」

「ふーむ……。じゃあ道瑠くん。これからあるてさんにメッセージを送ろうとするのは、誰のためだい?」

「えっ?」

 急な御影からの質問に、道瑠は考え込む。

「少なくとも間違い無く僕のためではあるんだけど、それだけじゃないよね。となると……あるてさんも、なのかな?」

 そうして出た回答は自信が無さ気だった。

「お、わかってるじゃん! 流石っすねぇ先輩」

 御影はそれに対し、おだてながらも正解を告げる。

「先輩……」

「さて。道瑠くんが思う通り、平木さんはあるてさんのためだけじゃなく、道瑠くんのためにも動いてたってのは僕から見ても正しいと思うよ? 嘘はいけないと思うがこれはまー可愛い嘘だよね」

 御影の話は止まらない。

「平木さん、頑張ったよね。偉いよねぇ。あるてさんから話を聞き出そうとして、道瑠くんのために時間を作って、仲直りの後押しまでしてくれた。ところが何だい道瑠くんは? どっちもあるてさんと道瑠くんのための行動で同じなのに、君はただスマホを操作するだけの簡単なお仕事。それすら出来ないでいるとぉ来たもんだ。ねえねえ道瑠くん」

 更には段々と道瑠を煽り、そして話を止めて一息入れる。

「……悔しくない? そう考えると」

 冷淡なようで優しさも感じるような声で諭し、彼もまた道瑠の前頭に手を――

「っあーウソウソ、流石にやらんって。それじゃ、僕からも背中押したし下で夕飯食べて来るよ。あぁー電子レンジ様ぁ!」

 置くことなく、道瑠からの何か言葉を待つこともなく、電子レンジを崇拝しながら部屋を後にする。

「……頑張れ、少年」

 その去り際、一言だけ呟いたのを道瑠は聞き逃さなかった。

「……………………」

 突如現れ、煽りに煽り、颯爽と去る。嵐のような御影の後の静けさにポカンとする道瑠だがそれも束の間。自分の両頬を2回両手で打つと、

「よし……っ!」

 一念発起、スマートフォンをスワイプしてあるてに送る文章を作り上げた。

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