第1章 13 「平木さんにそれは出来ないと思ってる」

 翌日。

「あるちゃん、大丈夫ー?」

「何が?」

 授業の合間の休み時間。灯夜はあるてに心配そうに声を掛ける。

「眼が赤いし、寝不足っぽい感じがするし疲れた顔してるから」

「何でもない。ぴよには関係無いよ」

 しかしそう言うあるては、あからさまに何でも無さそうな様子ではなかった。

「関係無いかはわからないけどさ、親友として話を聞くことは出来るよ? さーこのぴよちゃんに全てをぶつけるんだーっ!」

「……………………」

「うーん。根が深いねーこれは……」

 机上に伏せているあるての耳元に灯夜は顔を近付け、そして――

「ふっ!」

「ひゃッ!」

 あるての耳に息を吹き掛けると、あるては裏返った声を出し、身体をビクつかせて起き上がった。

「わーい、だーいせーいこーう!」

「ぴぃーよぉー?」

「えへへ。ごめんね? やりたくなっちゃった! ……ねえ、あるちゃん」

「何」

 あるてはまだこそばゆい左耳を押さえながら、灯夜を睨む。

「昨日、道瑠さんと何があったのか教えて欲しいな」

「別に。本来の目的は果たしたし、何でもないよ」

「ほんとぉ? それで私を騙せると思うなら、あるちゃんは大根役者だよ」

「……私が役者とか、冗談じゃない」

(大根は良いんだ)

 灯夜としてがほんの少しだけ煽るつもりだったが、あるてが『役者』と言う言葉に反応したのは、やはり道瑠の存在が理由だろうと感じた。

「それがね、冗談でも無いと思うなー私は」

「……え?」

 この機を、灯夜は逃さない。

「人生ってさ、自分自身が主演の1つの劇だと思うんだよ。人生山あり谷ありって言うように良い展開も悪い展開もあって、周囲を取り巻く人たち……脇役とかモブとかだね。善人がいれば悪人もいて、それは良い役と悪い役ってことだねー」

「………………」

「昨日の夕方のシーンは、恐らく悪役との共演だっ――」

「ぴよっ!」

 あるての感情的な声が、灯夜の話を遮る。

「わかった。わかったから! 後で話すからそれ以上はやめて、聞きたくない……」

「……うん。意地悪なこと言ってごめんね? あるちゃんがあまりにもしんどそうだとさ、その、親友としてほっとけなくて」

「だからって言い方があるでしょ。可愛いナリして、人を煽ってばっかなんだから」

「ぴよちゃんはどんなに優しくしても決して人を甘やかさないのだ! はっはー!」

「はあ……。取り敢えず休み時間終わるし後で。放課後で良い? 今日は部活無いし」

「おっけーだよ! 場所は……じゃああそこかなぁ。じゃ、席戻るねー」

 灯夜は自分の席に戻り、やがて次の授業時間のチャイムが鳴る。

(やっぱり、あるちゃん……。でも要らない。あの男に慈悲なんて要らないから。……少なくとも、私にとっては)

 その後はこれと言って何事もなく時は過ぎ、放課後を迎えたのだった。




「――さて、そんなわけで昨日、あるてさんから話を聞きました。今日はお兄さん……いえ、正義のヒーローは現れませんよね?」

 翌日、夕刻。約束通り海星児童公園で道瑠と灯夜は再会した。この場所を選んだのは、御影を含め3人がこの公園は常に殆ど人気ひとけが無いことを知っていたためである。

 灯夜は特徴の1つであるツインテールを下ろし、それを留めているヒヨコの飾りの付いたヘアゴムは手首ではなく両袖の上に着けている。白、黒、グレーを基調とした服装に、その小さな黄色がアクセントとして映えている。

「それは大丈夫。僕だけでってのはちゃんとわかってくれてるし、今はバイト中だろうから」

「そうですか」

 灯夜は安堵するが、その感情を見せつけず淡々としていた。

「では本題に入りましょう。昨日、無事にあるてさんからも話が聞けました……が。本当に良いんですか? 私が好きなように話を歪曲させて、貴方にとって不都合な結果を言い渡すことが出来ちゃうんですよ?」

 そして、道瑠に黒みを帯びた笑顔を向ける。

「平木さんにそれは出来ないと思ってる」

 しかし道瑠はそれに動じず、真正面から否定する。

「なるほど、言いますね。ハッタリと受け取らせていただきます」

(生半可な覚悟で来たわけじゃなさそうだね)

 灯夜も冷静な対応を貫くが、心の中では少しだけだが感心する。

「それではあるてさんが何てお話したかも当然お伝えしますが、先に結論から申しておきましょうか」

 いよいよだ――と思うと、道瑠の緊張は一気に強まった。

「志道道瑠さん……」

 しかしお構い無しに、灯夜は彼に告げた。



「浅里あるての前に……二度と姿を現さないで下さい」

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