スクラッパーカーニバル

絶飩XAYZ@香川文フリ

第一話 冗談だとしたら、品下る話だ。

 物言わぬが、二人を中心に囲う。

 言わぬどころか聞かず、見ようともしてない観客達は手足や首等を欠損している者ばかりだ。

 彼らは歓声や拍手等の代わりに、酸化したオイルや鉄の匂いを漂わせている。

 体からは剥き出しになり、風にさらされて脆くなった骨。

 太陽に熱されたコンクリートでのたうち回った末に、こときれたミミズのように乾涸びた腸。

 何かによって、破裂させられた風船のような心臓。

 赤黒く、所々、白い物が浮かんでいるそれらが並んだ観客席は、枯れ木も山の賑わい……と言うべき様相であった。

 そして、それらを食らうネズミやゴキブリやカラス達も観客に数えられるだろう。

 彼らは丸々と肥えており、新鮮な餌が出来上がる瞬間を待ち望んでいる。

 そんな地獄というよりかはゴミ捨て場、とても悪趣味で目を覆いたくなるような場所をどこかの誰かさん達は会場だとか呼んでいた。

 観客席があり、そこに観客がいて、観客がつまめる物があり、勝者と敗者に別れる場所、正に会場だ。

 冗談だとしたら、品下る話だ。


 そんな会場の中心にいる二人へ目をやる。

 互いに見合って、出方を伺っている。

 一人は右肘から先を、赤茶けた包帯でグルグル巻きにしている男。

 その包帯の中で何か空回りしているような駆動音が鳴り、その音に合わせて、古い酸化したオイルの匂いがする。

 右肘から上は、これも赤茶けた何かをこびりつけている鉄の上腕だった。熱を持っており、時々、蒸気を散布していた。

 その見た目から観客からは包帯男と呼ばれる。

 もう一人は彼の目の前にいる、機械の体を剥き出しにした男。彼が静かな駆動音を鳴らしながら真っ直ぐ、包帯男に向かっていった。

 包帯男はジッと彼を見据えて、左腕を伸ばした。

 すると、左拳を開いたと思えば、左腕が左右に分かれた。更に、無数の小さな金属のチップが湧き出て来た。

 すぐにそれらは繋ぎ合わさっていき、三つの砲塔が出来てきた。

 しっかり形になったところで、駆動音と共に砲塔が回転し始めた。

 けたたましい音と共に砲塔が火を吹く。

 実際の物は楕円形だが、砲塔から飛び出した弾丸は光の線のように見えた。

 音よりも速く、機械の体を持つ男の胸や腹、肩等を突き抜けていく。

 当たる度に短い呻き声を漏らしながら、体を仰け反らす。突き抜けていった場所から酸化した緑色をしたオイルが溢れ出しながら、彼は二、三歩歩いた所で顔から倒れ込んでしまった。

 蜂の巣というには穴が多すぎる彼の元へ、処理班へ早変わりした観客が殺到する。

 黒い塊りのようになっていくその様を、白い煙が立ち込める中、包帯男はジッと見据えていた。

「お見事! 流石、のサイボーグだ!」

 突然、大袈裟なほどに張り上げられた声が会場に響き渡る。

 言葉を発した者、どこからか五体満足の姿を現した観客は、右手に黒い扇子を持ち、頬を上げていた。

「くそ! 西日本のアンドロイドだぞ!」

 また一人と、姿を現す。ゴーグルをした男が歯を食いしばりながら、地団駄を踏んだ。

 他にもどこからか声がする。各々で美酒と苦汁を味わう者に分かれていた。

 その中の一人、ある男が包帯男を指差して叫ぶ。

「あいつの名前はなんだ⁉︎ 後で俺がバラバラにしてやる!」

 喧騒に紛れた声を耳聡く感知して、包帯男がその男を睨んだ。

「俺の名前は白河しらかわヨージだ!」

 言うと包帯の男……ヨージの両足から火が吹き、轟音を上げた。左手を握り締めながら、ロケットの様に男へ迫っていく。

「や、やめろ!」

 予期せぬヨージの行動に男は怯えた表情で叫んだ。両腕で顔を覆う。先程の勢いのある言葉を後悔しながら、カウントダウン代わりの轟音が大きくなるのを聞いた。

 しかし、轟音はおもむろに静まり返る。恐る恐る、両腕を顔から離した男の前に鋼鉄製の左手が開かれていた。

「あまり、でかい口は叩かない方が良いな」

 ヨージはそう言って、男から離れていった。

 周りから男を嘲笑する言葉が耳に入る。ヨージはそれらを聞いて、舌打ちをした。


 会場に目を戻すと、次の対戦が始まっていた。

 一人は緑色のベストを着て、茶色のチノパンを履いた男。

 右腕はスクリュー式のハンドカッターになっていた。そのハンドカッターの刃は四枚あり、その刃は所々、欠けていた。

 もう一人は体が覆えそうな程の赤いマントを羽織った女。

 ボロボロになった赤いマントの下はタンクトップを着ている。かつては白かったのであろうが、今は血や汗等で汚れている。黄色のデニムパンツは裾が荒々しく破れており、丈が左右違うホットパンツのようになっていた。

 女がマントで体を覆ったかと思うと、すぐに男に向かって走っていった。

「おいおい、今日は特攻祭りか〜?」

 観客の一人が叫んだ。女の足は止まらない。それどころか、男に向かって飛ぶ。

 男はそれを見て、両口角が吊り上がる。それに合わせて、右腕のハンドカッターが回り、風を巻き込みながら回転していく。

 男はシューっと鋭い音を鳴らす右腕を引き、向かってくるマントの奥にある、女の体をマント毎引き裂こうと強く、殴るように前へ突き出す。

 女がマントから右腕を出したかと思えば、ハンドカッターが何かとカチ合ったようで、キィーと嫌な金属が鳴った。鳴り止むと男のハンドカッターが無くなっていた。

 男は視界の向こう、女の頭より上に何かが上がったように見えたため、それを凝視した。ハンドカッター……己の右腕が刃を虚しく空転させながら飛んでいる。直後、男の首が、赤い血を撒き散らしながら飛び上がった。

 取り残された胴体は、首があったところから血が溢れ出ていた。男の体は右腕を突き伸ばしたまま、膝が痙攣している。

 着地した女の右手に、血とオイルをこびりつかせた斧が握られている。

「また、東日本のサイボーグが勝ったぞ!」

「いや、奴はアンドロイドだ! 女だからガイノイドだ!」

「あの戦闘力なら女として使えないな〜」

 観客がまた声を上げた。女は再びマントで体を覆うと、何事もなかったかの様に会場の中心から離れていった。

「おい、お前名前はなんて言うんだ〜?」

 観客の男が女に言う。すると、女は足を止めて、その声のする方に向かって叫んだ。

小鷹千尋こたかちひろだ!」

 そう言って、また会場を後にする。

 興奮冷めやまない会場の中でヨージだけ、静かに彼女を見ていた。

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