第19話 高山神社

 空港を出て、一路山里の実家に向かう。行きは一人でドライブしてきたのに、帰りは四人? になり、私の可愛い軽自動車はキツキツだ。


「遠藤くん、今更だけど、私、君のこと、なんと呼べばいい?」

「うん、呼び捨てでレイでお願い。本当に今更だよね。あんなに熱心に『レイへ』ってファンレター書いてくれてるのに」

「えー、ねえちゃん、ファンレターなんか書いてるの? ウケるんだけど」


「書くよ! だってレイくんは高山家の救世主なんだよ! でもファンレターって、きちんと本人に届くもんなんだね」


「届くよ。まだデビューしたばっかりだから、数もそう多くないし、ちゃんと大事に取ってる」

「私ってすぐわかった?」

「わかるよ。ちゃんとフルネーム書いてくれてるんだから」


 ペンネームや匿名ではいけないと思ったのだ。本当に過去、命を狙われた経験のある彼にだけは。


「で、二人が知り合いって全然聞いてないんだけど?」

 隣の斗真の手の甲をつねりながら、拗ねてみせる。


「ねえちゃんを驚かせようってことになってね。大学一緒なんだよ。新入生を部活に勧誘してるときに、レイから声かけられた」


「レイから?」


「うん。青磁さんが教えてくれたんだ。あの男に声をかけろって。絶対におまえを売ったりしない味方だって」


「青磁さんが?」


 運転しながらルームミラーで青磁さんと目を合わせる。


『那智と全く一緒の気だもの。顔も似てるし。すぐに縁者だとわかったわ』


「剣道部の勧誘してたら、一般人でないキラキラオーラの新入生が背中になんかおっかないもんしょって俺に真っ直ぐ来るから、何事かと思った。で、『はじめまして、遠藤航平って言うんですけど……』って言われて、ねえちゃんの言ってた恩人じゃん!って気づいた」


『斗真、あの場でレイに『ありがとうございますっ!』って土下座したのよ? おかしいったらありゃしない』


「そりゃあ呪いは高山一族全員の問題だったもの。きちんと報告して、情報を共有してるし」

 ねー!っと斗真と声を合わせた。


「そうなんだってね。先輩だし、結構ドキドキしながら声かけたんだけど……俺のことわかってもらえてホッとした」


 同じ大学だとは……すごい偶然だ。


「で、友達になったってこと?」

「友達っていうか、防波堤?」

 斗真がガムを全員に回しながら答える。


「斗真が防波堤?」

「そ、レイは目立つから絡まれやすいの。男からも女からも。だから見かけたときは守ってる。まあ、学部も学年も違うから、ずっとそばにいるわけにはいかないけどね」


「めっちゃ助かってるし。防波堤なんかじゃないし! 高山斗真の傘下ってことで、ずいぶん守ってもらってるし! かわいい後輩だしっ!」


 弟は高山神社の剣道道場に物心ついたときから出入りし、県内の剣道強豪校でインターハイ準優勝、大学でももちろん続けている、おそらく彼らの大学で有名人だ。

 ちなみに大学卒業後は剣道が続けられる県警が第一希望で、父が引退を考え出したら、家業をあらためて勉強するつもりらしい。


 つまり、弟はかなりのデカいマッチョ体型なのだ。私の軽自動車が軽く左に傾くくらいに。


「そっか。お役に立ててよかったね、斗真」

「うん。で、俺たちの恩人だからとーちゃんたちにも会わせようと思って連れてきたんだ」

「よくやった! 全力でおもてなしせねば」

「かーちゃんも、特上寿司取るって言ってた」

「レイはお寿司好き?」


 私が再びルームミラー越しに後部座席を見ると、レイが思いの外真剣な顔をしていた。

『ね? 声をかけて正解だったでしょ? 秘密の共有は絆を強くする。これまでのように孤独を選ぶ必要はないの』

「……うん。勇気を出して来てよかった」


「レイ? 青磁さんどうしたの? そういえば斗真、青磁さん見えてるの?」

「もちろん! 俺が美人を見逃すわけないじゃん」

 斗真ももちろんこれまで呪われていて、高山の直系の跡取り。私よりもきちんと家業を学んでいるから……当然か。

『斗真もいい子ね。レイとの契約が終わったら守ってあげようか?』

「あはは〜! 大丈夫。俺強いから」


 斗真は強い。いつか自分を好きだと言ってくれる人が現れたら絶対に守れるように強くなると、小学生のころから稽古ばかりしてきた。想いは返せないから、そのくらいは、と。


 でも、もう斗真も両想いになってもいいのだ。自分の大好きな人のために、強くなればいい。


『そうか……じゃあ、あんたたち三人に足りない、恋愛指南でもしてあげようか? この百戦錬磨の青磁さんが』


 人間三人は、思わず顔を見合わせた。

「「「お、お願いします!!!」」」

『いい、三人とも過去の恋愛を引きずっちゃダメ。復縁したとしても、昔傷つけられた傷はジクジクと痛みを繰り返し、喧嘩になっちゃうの。それよりも、自分を磨いて、もっと上等な相手に恋しなきゃ!』


「「「できるかな……」」」

『できるわよ! 三人とも生きてるもの。ステキな出会いが待ってるって、この青磁さんが保証するわ』


 確かに私たちは生きている。青磁さんの言葉には説得力しかない。

 私たちはまだ枯れ野原の山道を、ワイワイ賑やかにドライブした。



 ◇◇◇




 実家に着き、車を降りた途端、碧子様に襲われた!


『え、遠藤……ではなかった。レイ! どうしてここへ……』

「あ、えっと碧子様こんばんは。GWだから遊びに来ました?」


 レイへの食いつきぶりに、私はちょっと引き気味で声をかける。

「碧子様久しぶり。修行進んでる?」


『へー、神格を得たって話、本当だったのねえ。ただ長く地上に居座ってるだけの、世間知らずのお姫様のくせに……』


『青磁、なぜ……。あ、斗真、おかえり』


「……うす」


 斗真はまだ碧子様にどう接していいかわからないようだ。高山を千年苦しめた元凶なわけで、でも碧子様のおかげでこの度解決したわけで。

 碧子様は今後の斗真の恋のために、立ち上がってくれたのだ。

 でも、彼には私みたいに、碧子様とじっくり親しむ機会はなかった。簡単に割り切れるものでもないだろう。

 私が申し訳なく思いながら碧子様の様子を窺うと、碧子様は大丈夫だというふうに首を横に振った。

 時間がたてばきっと……。



 レイと青磁さんは我が家で大歓迎を受けた。母には青磁さんの姿は見えなかったが、呪いを目の当たりにしてきただけに、彼女を否定しないし、青磁さんの席のグラスにどんどんとっておきの大吟醸を注ぎ足していく。


「さあさあどんどん飲んでくださいね!」

『那智のお母さん、ピッチ早すぎるんだけど……』

「見えてないから青磁さんのペースがわかんないんですよ」


 そんな母に碧子様はぼんやりと見えるらしい。うちの神社の神様になったからだろうか?

「はい、碧子様も召し上がってくださいね!」


 両親は碧子様のことをはっきり割り切っている。高山神社の大神様が認めた神様なのだ。禊はすんだと考えているのだ。


『ありがとう。高山の平安を日々祈っているわ』


 そう言った碧子様の前のグラスもお酒が少しづつ減る。碧子様と青磁さんを見て、コーヒーカップを握って飲める加賀さんのイレギュラー感を改めて感じる。


「さあさあレイくんもたくさん食べて大きくなってね……って既に僕よりも大きいかあ! あははは」


 160cmの父が、そう言って豪快に笑いながら、180cm越えのレイの皿にお寿司をよそう。うちは母が大きいので斗真は大きい。私は155cmと父に似た。


「ありがとうございます。宮司さん」

「宮司さんじゃ硬い。レイは碧子様がらみの遠い親戚みたいなもんだ。高山のおじちゃんでいい」

「私も高山のおばちゃんでいいわあ。レイ、これから勉強と仕事の二足の草鞋はなかなか大変よ。疲れたらいつでもうちにおいで。何にもないから何にもしないでいいわ」

「そーだな。レイはもう弟みたいなもんだ。早く20歳になって、一緒に酒飲もうぜ!」


「……はい」


 レイはいつもの大人びた澄ました表情ではない、はにかんだ様子で、コーラをごくごくと飲んだ。



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