第15話 除霊の影響

「あれは……」


『あの坊主の母親だな。坊主が心配で離れられなかったんだろう。だが、大和の術で怨霊と一緒に剥がされた』


 加賀さんがしゃがんで私の手を握り、問題ないことだと教えてくれた。


『あらあ、坊や、良かったねえ。このまんまだったら、あんたの母親、そこの浮いてる女みたいになるとこだったんだよ? ずっと後悔を拗らせ怨念で現世に縛り付けられ……成仏してよかったのさ。笑ってたじゃないか?』


「……笑ってた?」

 女性の言葉に、遠藤くんが顔を上げた。


『見えなかった? 笑ってたよ。あんたはもう、自分よりも強くなったてわかったんだろう』


「それでも、それでも……一緒に……」


 遠藤くんの日本人離れした瞳から、大粒の涙がこぼれおちた。




 ◇◇◇




「加賀さんどいて。なっちゃん、大丈夫?」

『はいはいっと』


 近くから聞こえる声ににハッとして、意識を戻すと、目の前に大和さんがいた。

 松明の炎は元の大きさになり、空気はただの、秋とはいえまだ少し蒸し蒸しする東京のものになった。虫の鳴き声は先程より大きい。


 膝を地面についた大和さんが私の瞳を覗き込むから、同じようにする。彼の瞳はいつもの安らぎを与えてくれる黒に戻っていた。


「全部……終わったの?」

「うん。なっちゃんお疲れ様」

「ってことは、もう、「呪い」ない? 斗真、好きな人と結婚できる?」

「できるよ。弟くんも……なっちゃんも」


「そっか……よかった」


 やはり緊張していたようで、体がだるい。立ち上がり帰るために深呼吸して心身の準備をしていると、大和さんの腕が背中に回された……と思ったら、抱きかかえられていた。


「や、大和さん、歩けるよ、私」

「なっちゃん、じっとしてて。責任取るから」

「責任?」


『……お前は高山の巫女。依代として完璧だ。その器を最大限に利用して、大和は今お前に付いているもの以外の怨霊をも一旦お前に吸い寄せて滅した。その責任ってことだろ』


 キツネさんが淡々とした口調でそう言った。私は大和さんに首を傾げる。


「そうなの?」

「まあね。でも高山がらみのものだけだよ。お人好しの高山であれ、旧家にはそこそこ恨みつらみが募っているものなんだ。それをこのさいだから、一斉に……ね?」


『何かわいい言い方してるのよ。負担が大きいとわかってるからこそ、壊れないように口づけで結界張ったんでしょうが』


 女性の呆れたような口ぶりを聞いて、そうだった、キスをされたんだった……と思い出す。でも、やっぱり業務上のことだったらしい。まったく、ドギマギして損した気分だ。


 すると、大和さんは不意に頭を下げて、私と額を合わせた。驚き、目を見開いた時にはもう離れていたけれど。


「ん〜やっぱ、生命力いつもの半分は持ってかれてるね。なっちゃん、今日明日は体きついからしっかり寝てね。でもその後はぐっと体調良くなるから。期待してて」


 今の動作で生命力? を測られた? ……大和さんがそう言うならそうだろう。彼を信じると決めたのだ。

「大和さん……本当にありがとう」

「お疲れ様」

 大和さんは温かな手のひらで、私の背をさすってくれた。


『それにしても……これは……なかなか……』

 加賀さんが、大和さんの腕に収まる私を、穴があくほど検分している。

「加賀さん?」


『呪いがなくなったことで、高山の血が如実に現れたな……那智、お主は依代にもなるが、舞えば雑魚を一掃できるぞ?』


 それは巫女舞ということだろうか? 神社の大祭のときには弟と二人で舞うこともあるけれど……。などと考えているうちに、自己紹介もまだなことに気がついた。


「あ、あの、加賀さんも皆さまも遠藤くんもありがとうございました! 遅ればせながら私、高山那智です。実家は高山神社で銀行員。よろしくお願いします」


 協力してくれたこの場の全員に、頭を下げた。


『……おかしな子だねえ。私らが怖くないのかい?』

「あの……もうそういう次元は通り越えました」

『あのお姫さんが四六時中引っ付いてたのなら、そうなるか』

 初対面だった二人はふんふんと頷き、一歩前に出た。


『我は青磁だよ。500年ものの化け物だ』

 艶やかな美人の女性は青磁さん。


『銀狐だ……俺はまだ200年ものだな。先輩方よろしゅうに』

 キツネさんは銀狐さんと教えてもらう。


 スゴイ人たちとお知り合いになってしまった。

「私、たった24年ものなんですけど……」


『ふふ、大和の女ならば長い付き合いになる』

「え、でも……」


 私はこうして呪いを解いてもらった。そして除霊なんてできてこんな皆様とお知り合いの大和さんは……きっとすごい人だ。私なんかと今後も付き合ってもらえるのだろうか?


「あ。あの、たまに、コーヒー飲みに行ってもいいです……か?」

 腕の中から、大和さんの顎を見上げてそう言うと、彼は眉間に皺を寄せながら私と視線を合わせた。


「なっちゃん……まさか、バイト辞める気じゃないよねえ?」

「へ? バイト、続行ですか?」


 ヘリを呼べる大和さんは間違いなくお金持ちだ。本当は私をバイトに雇う必要無いと思う。


「当たり前! なっちゃんが俺のまかないで10キロ太るまでは辞めさせないよ」

「ええ? ……贅肉いらない……その条件微妙です……」


『はあ……このヘタレめ。那智、年寄りの話を聞きに、ワシに会いに店に来てほしいね』

「加賀さんは恩人だもの。もちろん参ります!」


 私はビシッと敬礼した。


『で、お前さんはどうする?』

 加賀さんの目線を追うと、少し離れたところに一人、碧子様が呆然と佇んでいた。


「碧子様! 良かったね! これで碧子様の憂いも晴れたね」

『そうみたい……那智からも、その男子からも……なんの呪いも感じん……さすが……当代一……』


「え? は? な?」

 いつのまにか遠藤くんは泣き止んでいて、素っ頓狂な甲高い声をあげた。


「なんで俺の髪、戻ってるの? 必死こいて染めてんのに!」

『あー。さっきの術で、怨霊と一緒に剥がされたぞ?』

 銀狐さんが自分のお腹を指さした。先ほど銀狐さんが吸い込んだ煙の中に、遠藤くんの染粉? も入ってた?


「はあ? なんだよそれ……」


「あ、そっか。周囲から浮かないように隠してたのね? 事情はわかるけどもったいないね。瞳もそんなに綺麗なのに」

「え? 瞳?」


 私が化粧直し用の手鏡をバッグから取り出して、大和さんの腕の中から手を伸ばして渡すと、前髪を上げて唖然とした。


「カラコンまで取れてる……案外高いのに……ひっさびさに素の俺になってる……」

 遠藤くんは、膝立ちからどさっとお尻を地面に下ろし、大きなため息をついた。


『ふうん。あんた、かわいい顔してるじゃないか? 金がないなら役者にでもなればいいのに』

 美人の青磁さんがそう言うほどに、色を戻し髪を上げた遠藤くんは……超絶美形だった。


「命狙われてるのに、目立つ真似できるわけないだろ……」


「坊主、それを逆手に取ったらどうだ?」

 銀狐さんが顎をさすりながら、提案する。


「……逆手?」


「自分の生い立ちを公表した上で思いっきり目立って、その上で『自分がもし予告なく消えたら、かくかくしかじかで消されたと思ってください』って大音量で世間に言っておくんだ。なかなか手出しできんだろう?」


「…………」


『母親にもらった容姿を隠して生きていくこと、本当はいやなんじゃないのか? 死ぬまで偽装するのか? この俺の面のように』


 銀狐さんのお面の意味……想像もつかないけど、とんでもなく重そうだ。


 そんななか、青磁さんがニタリと笑った。

『坊や、お前が代償を払えば、我が守ってあげるわよ?』

「……代償?」

『骨董。古ければ古いほどいい。いろんな念が募っているからねえ。でも坊やからなら金でよい。いい感じのものを大和に探してもらってその金で買うからね』


 遠藤くんに銀狐さんと青磁さんが詰め寄るのを、大和さんがパンパンと手を叩いて止めた。


「青磁さん、遠藤くんを気に入ったみたいですね。でも色々ペースが速いです。遠藤くん、青磁さんは確かに強いよ。でも今日は大変な一日だった。とりあえず持ち帰ってゆっくり考えて」


「…………」


『ところで坊主、少しお前の恨みを喰わせろ?』


「へ?」


 銀狐さんが面の下方を少し浮かせた。すると、遠藤くんの肩から何か赤黒いものが飛び出して、銀狐さんの面と顔の間に勢いよく吸い込まれた。


『……ふふっ、坊主、いい性格してんな。礼だ』


 銀狐さんが腰の脇差しを抜き、下から上へさっと振り抜いた。赤い光が遠藤くんに走ったと思ったら……遠藤くんは元の色味の地味な遠藤くん戻っていた。


『幻覚だ。次の新月まで保つ。その間に新しいヅラを買うなり染めるなり……覚悟を決めるなりするんだな』


「あ、ありがとうございます?」


 遠藤くんは自分の、再び黒くなった前髪を、不思議そうにいじりながら、お礼を言った。

 とりあえず、遠藤くん美少年事件はひと段落したようだ。


「遠藤くん、その、今更だけど体調はどう?」

「えっとね……どっちかというと、体が楽になった感じ。お姉さんは?」

「私はだるいけど……寝ればきっと良くなるかな?」

 大和さんに抱っこされて言っても、全然説得力ないけれど。


「とりあえず、二人とも大した不調は残ってないようだ。安心されましたか? 碧子様?」


『ああ。素晴らしい』


 碧子様は、小さな声で感嘆するように囁いた。




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