第29話

 

 ▪️腕試し


 デルトール海岸でオルクスが出会った三人組の冒険者。

 彼らは産卵期で凶暴性を増したクルーアルシュリンプを討伐した、その実力は間違いない。

 特出すべき点としては、リーダー格であるロッドという男が、並の冒険者とは違った雰囲気を纏っているという事だ。故に彼の力量は測り知れないと言える。


(……昇格する権利を剥奪されているのなら、現在のランクが適正ではないのだろう)


 既に食材と化したクルーアルシュリンプを賭けた腕試し。

 しかし、どんな戦いでもオルクスは負ける訳にはいかなかったーーーーもう一度、柳条楓矢と戦うまでは。

 驕りを切り捨て鞘から燐天を抜き放ち、太陽の光を吸い込むような黒い刀身を露わにした。


「……悪いがこちらも試させてもらう」

「あン?」

「燃え盛れーーーー【フランベルジュ】!」


 燐天の漆黒の刃が炎に包まれ、そのまま引き伸ばされ紅蓮の刀身と化す。ラングウェイ家でミストヴェノムを葬った進化した燐天の新たな姿。


「おいおい包丁が武器かよ。まあ料理人らしいっちゃらしいが、そんなんで俺を倒せると思ってんのか?」

「だからそれを試すのさ」


 ミストヴェノム戦では全ての力を注ぎ込みフランベルジュを発動させた。

 後先のない無謀ともいえる発動・解放であったが、これからの戦いにおいて持続的な発動状態を維持するのが一番の課題だろう。

 強者であろうロッドを相手にする事でそれを会得する。この機会を逃す手はない。


(集中が途切れたら炎の刀身は崩壊するだろう……だが逆に、俺の精神力さえ保てさえすれば問題ないという事だ)


 猛る炎は弧を描き、オルクスは戦闘態勢に移行した。その様子を見て、ロッドは低く笑い【銃剣オルトロス】の銃口を向ける。


「なるほど、じゃあ試してみろや。俺様のオルトロスの炎とどっちが熱ィかな!」

「来いッ!」


 オルクスが地を蹴るのと同時にロッドはトリガーに指を掛けた。銃剣使いを見るのは初めてだが、武器の特徴より大体の戦闘スタイルはおおよそ把握出来るだろう。

 基本的には銃による遠距離からの攻撃、相手が間合いに入れば剣での近接攻撃に切り替える。状況によって多彩な戦闘手段を選べるというのが利点だ。

 オルクスはまずは至近距離に近付き、銃の最も得意な間合いを取らせないよう動いた。


「あのオルクスって人、すごく速いわね」

「……流石はSランク冒険者という訳だな」


 エドナは驚きの声を上げるが、それはあくまでオルクスのポテンシャルを目の当たりにしたからだ。ガルドをはじめ、Sランク冒険者を間近で見る機会など無かった。オルクスの動き一つ見れば、実力の片鱗から力量を想像するのは容易い。

 だがそれがロッドの敗北に繋がるなどと、二人は欠片ほども感じていなかった。


「間合いに入ったか……それなら!」

「!?」


 ロッドは銃口を地面に向ける。

 刹那、激しい音と共に、足元から炎が噴き出した。


「くッ……!」


 咄嗟に後退したオルクスは硝煙の中で揺らめく影に視線を結んだまま、意識を研ぎ澄ましてロッドの動向を辿っている。

 あの動きーーーーこちらの攻撃を瞬時に察知し、最も効率的に距離を取った。ロッドの戦い方は荒々しくも合理的であり、何より“戦い慣れている”と言えるだろう。

 純粋な対人戦は楓矢と戦って以来だが、ロッドの様な野生的な戦闘スタイルは初めてだった。


「いいねいいねェ、この燻った匂いが戦いの幕開けに相応しいぜ」

「……その銃剣、もしかして弾は魔法か?」

「お、もう気付いたのかよ。流石だな」


 ロッドは煙を払うと銃剣オルトロスを前に突き出した。シリンダー部分を見せてくるがそこに弾は装填されておらず、派手な装飾に対して構造の作りは極めてシンプルなものだ。

 あくまで弾丸は魔法を使用する。その発想に重きを置いているのが見て取れた。


「俺様は狙撃手であり魔術師だ。普通の奴なら杖を使うだろうが、俺様はそこらの魔術師とは比較にならねぇ天才だ。偉大なる俺様の武器ともなれば、スタイリッシュかつ独創的なモンが相応しいと思わねぇか?」


 器用にオルトロスを振り回し周囲の煙を払い除ける。オルトロスは刀身を含めて約1.5m。剣としては長物で扱い辛い部類だ。

 しかしロッドは軽々と、まるで剣舞の様な振る舞いを披露してみせた。


「近、中、遠距離。この俺様に不利な間合いなんて存在しねぇよ」

「……知らん」

「クク、炎を使うクセにクールだねぇ。じゃあもう少しだけ熱くなっていこうぜオルクス!」


 一瞬だけ大気が震え、オルトロスに熱が宿る。

 魔法はマナを体内で魔力に変換して射出するものだ。そのプロセスをどれだけ短縮、正確に行えるかが魔術師によって肝心である。

 言葉や所作とは裏腹にロッドはその両方を兼ね備えた、まさに戦いの天才と呼ぶに相応しい冒険者だった。


「撃ち抜けーーーー【魔弾・炎牙弾(ブレイズヴァレット)】!」


 流動的な動きから繰り出されたのは一発の魔弾。

 普通、銃を撃つ場合は構えをとった上で発射される。だがロッドの場合、ダンスでも踊っているかの様な動きの最中にトリガーが引かれていた。

 あれでは狙いを定めるのは不可能だ。

 誰もがそう思うであろう動きの一連で発射された魔法の弾は、予測に反して正確な軌道を描いてオルクスを捉えた。

 並の動体視力なら回避は不可能だろう。しかしオルクスに限っては話は別だ。


「無駄だ、【炎天刃(えんてんじん)】!」


 素早い身の切り返しから派生した袈裟斬り。

 フランベルジュから溢れた炎は紅蓮の弧を描き魔弾を両断する。斬られた魔弾は霧散して大気に帰すが、ロッドはその光景を目の当たりにした上で笑い飛ばしてみせた。


「ヒュウ♪ やるねぇ」

「まだだ!」


 剣の軌道を即座に切り替え、より爆発的な炎を生み出し刀身に宿す。


「【奥義・穿牙炎天衝せんがえんてんしょう】!」


 爆ぜる紅蓮の剣は激しい熱を帯びながら、オルクスの剣技と相まって、地から敵を穿つ衝撃と化す。

 再び後退しようと地を蹴ったロッドだが、その斬撃の初動を目の当たりにした途端、オルトロスの刃を斬撃に向けて突き出した。


「こっちも剣で相手してやんよ! 喰らい千切れ、【臥王絶牙(がおうぜつが)!!】」


 銃口の下から伸びた刃は赫く発火し、まるで獣の牙を模したかの様に姿を変えた。ロッドはそのままオルトロスを振り下ろすと、斬撃に遅れて炎の牙が襲いかかる。

 斬撃と炎、二重に連なる牙はオルクスの攻撃を真正面から受け止め、激しい音と共に爆散した。


「ちッ、無茶をしてくれるッ!」

「はっはー、愉しいなオルクスよお!」


 煤だらけになりながら互いに距離を取る。


「相変わらずの戦闘馬鹿ね」

「言ってやるな。最近は骨の無い連中ばかりでボヤいていただろう?」

「どうだったかしらねえ」

「好敵手ってやつだな。見てみろよロッドの表情(かお)」


 獲物を見つけた血に飢えた獣。ロッドの本質の片鱗が垣間見えた。


「さぁてオルクス、本気のぶつかり合いといこうじゃねぇか!」


 ズズン!


「……なんだ?」

「地震……?」

「違う、あれを見ろ!」


 ガルドの指差した方角、そこには何やら巨大な物体が宙に浮いている。

 正確な姿はまだ分からないが、ただならぬ空気を纏っているのは確かだった。

 それは徐々に、オルクス達を目掛けて飛来する。


「あの姿は……悪魔、それとも……」


 外殻で作られた巨大な骨に守られているのは、赤い瞳をした白髪の少女だった。


「そんな生温いもんじゃねえな。あれじゃあまるでーーーー」


 ロッド達は愕然として空を見上げる。


「あれじゃあまるで……魔王じゃねえかよ」

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