第24話

 

 ▪️新たな依頼


「魔神討伐ぅ?」

「ええ、王都では討伐隊が組まれるとか話題になっているわ」

「ふうん」


 そんなロロアの言葉に、楓矢はカウンターでミルクを飲みながら耳を傾けていた。

 魔王が降臨した影響により魔物の活性が高まっているのは周知の事実だが、同時に話題を集めているのは魔神の存在である。

 高い能力と知力を持ち、更には人語を操るとも言われる。いずれにせよ一介の魔物を遥かに凌駕する存在は人間にとって脅威でしかない。

 王都は選りすぐりの冒険者に加え、自国の騎士団すらも総員して魔神討伐隊を結成しようと動きを見せている。


「まあウチは専属の冒険者がオルクスとミリアちゃんだけだし、今の状況じゃ無理よねって断ったわ。噂じゃとんでもない手練れも参加が確定しているって言うし」

「魔神ねぇ……因みにそれってどんくらいの強さなんだ?」

「どれくらいってそんなの誰にも分からないわよ。降臨したのは百年も昔で、残された文献には勇者が倒したって書いてあるだけだもの」

「は? じゃあ詳しくは書いてないってこと?」

「そうなの。魔王については沢山書かれているんだけどね」

「え、ちょっと待って、勇者が倒したって事は俺が倒さないとダメなの?」

「いやあ……楓矢くんにはまだ、ねえ?」


 横目でミリアに視線を移す。

 視線が合うと、紅茶を飲んでいたミリアは苦笑した。

 楓矢は現在【勇者ランク10】である。街の近隣の魔物を倒し続けて数週間が経過したが、順調にランクが上がったのは10までだ。

 魔物を倒して経験を積んだというより、街の人の役に立ったという事実が影響したのだろうとミリアは推測していた。他の職業と同じく、関わりが深い事柄が影響するのは間違いないだろう。

 勇者の役割は救世。つまり人を救う行為がランクに影響を与えるのだ。

 しかし、どれだけランクが上がれば魔神や魔王と渡り合えるのかは不明である。過去の文献には詳細が残されておらず、痒い所に手が届かない状況に歯痒さを覚えた。


「じゃあつまり、王都の人間は勇者である俺が不甲斐ないから自分達で何とかしようって訳なの?」

「うーん、取り繕っても仕方がないから言っちゃうとそうなるわね。でもこの世界の都合で君を連れてこられたんだから気に負う必要ないわ、毎日頑張って鍛錬してるんだし」

「ぐ……ロロアさんて割とズバッと言うね」

「こういう性格なのよ」

「ミリアちゃーん、俺どうすりゃいいの?」

「どうって……困ったね」


 戦いに慣れたといってもまだ強敵とは渡り合えない。あくまで駆け出し冒険者が倒せる弱い魔物までだ。

 冒険者として生きてきたミリアは“その辺り”の経験値が違う。これまでは冷静に楓矢の実力を判断し、無理のないランクの魔物とだけ戦闘を許可している。直接手は出さないが近くで見守り、戦闘が終われば回復を欠かさない。


(まあ……これだとオルクスには過保護だって言われちゃうよね)


 勇者という存在が稀有な分、共にパーティを組むミリアは慎重にならざるを得ないのも事実だ。楓矢の実力を的確に見定め、適切な魔物と戦って経験を積ませる。

 石橋を叩いて渡る様な方法だ。

 ミリアの考えは確実ではあるが、刹那的な状況から得るべき経験は乏しくなるだろう。

 生き死にの瀬戸際にいる冒険者達と比較すれば、その速度が遅くなってしまうのは仕方がない。


「王都だったっけ。それって馬車ならどのくらいかかる?」

「え、ちょっと楓矢くん?」

「俺ちょっと行くわ王都」

「ふぇッ!? 勇者くん冗談でしょ!」

「いやいやガチガチ。だって俺のせいで迷惑掛けてんなら挨拶くらいしとこうってさ」

「……変なところ律儀よね楓矢くん」


 ロロアはカウンターの裏からスクロールを取り出す。そこには大きくグレイセリアの大陸が描かれており、その南方にこの街ーーーーアルシアが小さく記されていた。


「ええと……アルシアからだと、道なりに進んでジズ平原を越えなければならないわね。ジズ平原といえば強い魔物も多いわ」


 ジズ平原は基本的には行商の動線であるが、通常は冒険者を雇って越える場所だ。最低でもBランク程の実力が要求されるが、その所以はジズ平原に生息する【グランライノセス】という一角獣にある。

 グランライノセスはダイアに匹敵する高度の角を持ち、身体を覆う表皮は分厚く鋼そのもの。しかも性格が獰猛というオマケ付きだ。


「マジかよ、きついな」

「何言ってんの、ミリアちゃん居るなら大丈夫でしょ」

「へ?」

「グランライノセスね。うん大丈夫だよ」

「いやいや、ダイアみたいな角がーとか、硬い皮がーとか言ってたよね?」

「魔法でズドンだから」

「ズ……ズドンて」

「魔術師みたいに色んな魔法は使えないけど、僧侶職(ヒーラー)も光属性の魔法が使えるから」

「楓矢くん、ミリアちゃんがSランク冒険者だって忘れてない?」

「いやまあ、そうだけど」


 Sランク、冒険者の頂点に君臨する存在。

 チート能力を持っていた時にオルクスと剣を交えたが、あれはチートありきの実力差だった。

 今の楓矢の実力ではオルクスに剣先すら触れる事は叶わないだろう。


「……決めたぜミリアちゃん」

「ん?」

「王都に行く前に、俺はひとりでグランライノセスをぶっ倒す!」

「え、えええ無理だよ無理むり!」

「……や、そこまで否定すんなよ傷付くわ」


 聖剣を手に取りスルリと抜くと、煌びやかに輝く刀身に自らの顔を写した。


「魔物に勝てなきゃ、魔神や魔王にも勝てねえよな!」

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