#02 巨人の急逝

 射水いみず隆二りゅうじ。その名を聞いて、現代の日本人の若い半数ほどは首をひねるかもしれない。しかし、彼の代表曲を聞かせれば、およそ9割が「ああ!」と叫んで、その歌詞を口ずさむことができるはずだった。日本の偉大な音楽家――そんな表現が似合う日本人は少数だが、射水隆二は間違いなくそのカテゴリに入る。


 音大を卒業する前後あたりからピアニストとして世に出た射水隆二は、その後作曲に転じた。映画やドラマ、アニメ、CM、イベント、ゲーム、果ては本格的な交響曲など、手がけた音楽は数多く、ほぼ確実にヒットした。オーケストラの指揮者や、音楽監修の依頼は数知れず(指揮者の方は8割方断っていたようだが)。後年になると、NHH(日本放送法人)の年末対抗歌番組では、審査員及びラストの全員合唱の指揮者として、ほぼ常連だった。


 中でも最大級の知名度を誇るのは、結婚した直後に生み出した、アニメ映画「アルツリウスの惑星ほし」のテーマ曲であろう。壮大なスペース・オペラとして以降シリーズ化されたSF大作アニメが初めて世に出たのは、幸樹こうきの生まれる前のことなので、残念ながらリアルな情勢はわからない。でも、一時期のアニメ不遇(といわれた)時代を乗り越え、現在でも「リメイク版第4シリーズ制作決定!」とかやっているのだから、今でも不朽の名作と言っていいのだろう。射水隆二の名は一気に、日本の音楽シーンの頂上へ向けて駆け上がっていく。


 結婚したのは27歳。31歳で長男が生まれているが、不幸にも事故によって、1歳を迎える前に亡くなったという。その後もヒットメーカー(当時の表現)として日本の音楽の最先端を走り続けた射水隆二は、海外での仕事の折、飛行機の墜落事故によって不慮の死を遂げた。享年53歳。次男幸樹が、父と同じ音大に在籍中で、「射水隆二の息子」として音楽業界に踏み出した頃のことだった。その翌年、幸樹は今度は母を「失った」のである。ぎりぎり20歳になっていたとはいえ、立て続けに両親を失ったことは、幸樹の心に大きなひび割れを起こしたのだろうか。幸い、父の楽曲データや権利を管理する個人事務所が幸樹の面倒を見てくれたし、遺産も相当なものがあったので、生活や学費に困ることはなかったが。


 音大で淡々と生活していた幸樹は、父の厳しい仕込みでピアノ、ヴァイオリンなど、一通りの楽器はこなせるようになっており、父より早い年齢で作曲も始めていた。「サラブレッド」のささやきは、賞賛が6割、羨望が3割、やっかみが1割くらいの成分だったと分析できるだろう。さらに幸樹自身の顔立ちも、多少のスパイスになっていたかもしれない。音大を卒業した幸樹は「おもちゃのピアノのための合奏曲」と題された音楽を引っ提げ、芸名「KO-H-KIコウキ」と名乗って本格的にデビューした。無論歌謡曲ではなく、いわゆる「ニュークラシック」と言われる分野だ。そのときから、KO-H-KIは低い声を高く裏返し、オネエなキャラとして、見る者に強烈なインパクトを与えてきた。音大時代の仲間は一様に首を傾げる。大学では普通の男だったはずなんだけど、両親失ったショックが大きかったのかねえ、もともとああいう素地があって隠していたのかねえ、いや大学での姿は演技には見えなかったぞ、アイツ彼女がいたことあったよな……などと。

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