第11話 どらごんがあらわれた

 つい先ほどラナから聞いた情報では、白竜の体長は全長100mを超える巨体であるという。スーパーロボット並みのでかさじゃん!


 無理だ逃げよう! 僅か0コンマ1秒で心を決めた瞬間に俺の腕をがっちり掴んで離さないのは、勇者騎士団の新人騎士ラナさんである。


「カゲミツ様? だめですよ逃げて他の方に手柄を譲るなんてことしちゃ。他の騎士たちじゃ解決絶対できませんって」


 相変わらずのポジティブシンキング巻き込み娘め!


「関わったら死んじゃう件だよ。これは国家規模で討伐軍を組織しないとだめじゃないかな」


 結構まともなことを初めて語った気がするぞ?


「え? そんなお金かかること絶対上はしませよ。みんなを守るために私たちでズババ! って解決しちゃいましょう」



 白竜が現れてから約二週間、たまに湖の近くをうろつくため漁にも出られず街の経済活動も大幅に停滞しているという。こうやって状況が悪化すれば弱者ほど影響を受けやすい……


 一時は町の外壁が破壊されるまで近づいたことがあったらしい。


 ドラゴンとなれば冒険者もはりきるんじゃないかと想像することはたやすいが、このあたりは稼ぎ場所に恵まれておらず腕利きの高レベル帯はるか西方を拠点としているらしく。


 俺に実力があればなんとかしてやりたいが……せいぜい影形術で入れ物作るぐらいしかできないのにな。


「じゃあ一応、言い訳しやすいように現場をちょっとだけ見てみる?」


「カゲミツ様がやる気になった! ふふふん、もう分かってるんですからね、そういう嫌々行ってやるよぉ~って言いまわしのときは結構やる気があるんだって。もうこの素直じゃないんだから!」


 やる気なんて皆無だよ!


 宿屋の親父や衛兵たちから仕入れた情報を聞き出していたラナの後を追う。つーかこいつ一人で良かったんじゃないか?


 湖のほとりをぐるりと囲むように整備された遊歩道を歩きながら、入り組んだ湖の東岸に辿り着いた。


 このあたりで白竜が暴れまわっているらしい。


 木々が倒れ大地が抉れ、ブレスで焼かれた湖岸が痛々しかった。


 竜とはこれほどまでに強大なのか、やはりファンタジー世界の代表格だもんな。


「うわあでっかくて大きいです! 右曲がりだああああ!」


 おい何言ってんだ!


「ほらぁカゲミツ様! 尻尾の後がくっきり残ってます!」


 なんだそっちかよって


「でか!」


「すっごいなぁ大きいなぁ~」


 大人3人が手を繋いでようやく一周できそうな大木が簡単にへし折られ転がっている。岩がクラッカーのように砕け、大地が尻尾の挙動だけでひどく抉られている光景は非常識すぎた。


 ありえないだろこんなのを倒してこいとか、どう考えても自殺方法用意してあげたから逝ってこいボケって言われてる気分だ。


 うむむ、ならばラナにシャドウマスクでもかけてこの場から逃げ出してみるか?


「ああ、カゲミツ様 変なこと考えたでしょ! いっつも私の胸ばっかり見てるのにおかしな視線が気になるぅ?」

 

 おい、どんだけ感が鋭いんだ!!


「ほらぁ曇ってきちゃったじゃないですか、仕方がないですから一度雨が来る前に帰りま……ん?」


「ラナ、分かったからもうかえ……ん?」


「「あれ?」」


 二人でなんとなしに空を見上げた時だった。


 暗くなっていたのは……巨大な鎌首をもたげ俺たちを見降ろしていた竜の頭のせいだった。


「すごいおおきい……」


 何呑気に見上げてんだ、死ぬぞ! やばいこれは死ぬのを偽装するなんて小技が通じる相手じゃない!


 どう戦う!? いや戦えるのか?


 その白竜は目から光を放ちながら鋭い爪を持つ前足で当たりを薙ぎ払った。


 風圧だけで吹っ飛ばされて転がる俺。


 ラナはうおおお! と感動の声を上げている。だめだあの子をかばったりする余裕がない! 皆無! 無理!



 前足が俺のすぐ脇にドスンと叩きつけられる! まずい、俺がターゲットになってるどうして!?


 なんとか逃げないと殺される! 方法は!? 遮断結界! パリン!  いやああああ! もうちょっと耐えてよ!


 固有結界のトイレなんてあっても、数十倍のステータスになってももう対応できるレベルじゃねえ!


 残されたのはシャドウスネア、あの足でかすぎ無理! じゃあシャドウマスク!?


 ん? これなら……


 「ええい! シャドウマスク!!」


 自動判定で白竜の目を狙いに行ってくれた黒い影は、光を放つ目にぐちゃりとへばりつくと、白竜はさらに暴れるだろうから逃げろとラナに警告するが……


 ドスンと……まるで眠りに落ちるように静かになってしまう。


『うう……なんと心地よい闇であろう。ああ、人間よ闇を与えてくれて感謝するぞ――襲わぬから、少し事情を聞きたいからこっちへ来てくれぬか? 礼もしようぞ』


「はーい! カゲミツ様! 早くこっちですよ!」


「待て逃げるチャンス「そんなの知りません早く!」


 大地に顔をべったりと乗せ、リラックスムードになった白竜。


 その勇壮なる姿は怖いというより、かっこいいと思わせてくれるものだ。白というより白銀に輝く鱗は芸術品に近いし、凛々しく美しい顔立ちのため思ったより怖くはなくなってきた。


『この闇のとばりを降ろしてくれたのは誰であるか?』


「カゲミツ様でーす!」


 おい教えるなよ、名を縛られたらどうすんだ!


『カゲミツよ、これはどういった魔法なのだ』

「シャドウマスクって言います。えっとそのすいません」


『ああ……50年ほど前、我が瞳にかけられた光の呪いのせいで眠ることすらままならなかった。おかげで気が狂いそうになり暴れて近くの街に迷惑をかけてしまったようだ』


「え?光の呪いって?」


『話すのも面倒だから、イメージを送る』


 すっと脳内に白竜の巨大な念がのしかかった。


 何か光の術を使う数十人の剣士や魔法使いたちが、白竜を魔法の力で無理やり拘束し強烈な光球を目に押し付けている姿だ。

 

 これは辛い……眼底検査で使用されるあの眩しくなる目薬とライトのコンボ、を四六時中喰らっているような状態なら暴れたくなるのも当然だよ。


「大変だったんですね」


『我が気持ちを察してくれるのか、お主、カゲミツであったな。礼を言おうぞ、だが術が解ければ再び光の呪いが我が瞳を焦がすのだろうな』


「か、かわいそう。なんてこんなひどいことを!」


『光の勇者教団と名乗っていたようだ』


「え!? 教団がそんな……いえ、ごめんなさい」


 ラナの沈んだ表情と声を初めて聴いたように思う。


『50年前であればそなたとは無縁であろう、気にするでない……もう少しだけこの闇に身を包んでもらいたものだ』


 まるで安らぎの園で昼寝を楽しみにしている老犬のように、ぐったりと横たわっている姿はさすがに同情を禁じ得ない。


 任務とかそういうこと以前になんとかしてやりたいが、俺のような無能に何かができるわけが……ん?


「その光の呪いって、目の奥からですか? それとも眼球の外、まぶたのあたりから光っていますか?」


『目の外、眼球と瞬膜の間であるな』 つーかドラゴン物知りね、瞬膜って名称知ってんだ。


 眼球内なら対応しようがなかったが、それだったら!

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