第三十四話 お買い物 二

「次の方どうぞ」


 パトリック商会の受付嬢がそう言った。

 何人か並んでいたれつは無くなりボク達のばんが回って来る。

 前に進み制服を着た魔族——一角魔族の女性の前に立つ。

 座っている彼女を少し見下ろす形で一言。


「パトリック君を呼びたまえ」

「……失礼ですがアポイントメントはとっておられますか? 」


 それを聞き少したじろぐ。

 魔境らしがながかったせいかアポイントメントを取るという初歩的なことを忘れていた。

 いやいつもならば覚えているのだろうけれども思い立った日が吉日きちじつと言わんばかりにココに来たから忘れていた。

 が、それを表情に出さずに自信満々に――


「無い! 」


 と、いった。


 瞬間相手がげんなりする雰囲気を感じる。

 もしかしてアポイントメントを取らずにパトリック君の所へ来る人は多い?


「申し訳ございませんが事前にアポイントメントを取られていないお客様については商会長への面会は断らせていただいております」

「……仕方ないね」


 ボクが理解を示した影響か受付嬢がホッとする。


「また来るよ。あぁ、後で良いから「シャルロッテが来た」と伝えておい――」

「おや、シャルロッテ様ではございませんか」


 ……陳列ちんれつ棚の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえた。

 どうやら出直さなくても良さそうだ。


 ★


「し、失礼します! 」


 バタン、とわずかに音を鳴らし受付嬢は部屋を出ていった。


 物が物だけにパトリック君と直接取引をしないとダメだろうと考えて受付に行ったわけなのだが失敗した。一度くらい商品棚を全て見てから受付に行っても良かったのではないか、と反省だ。

 パトリック君が運よく外から帰ってきてくれたおかげでボクとバトラーは「また来なければならない」という非常にめんどくさい事をしなくてもよくなった。


 正直出直すくらいならあきらめても良かったと思う。

 実際問題あれはかなり高価だし無かったら無かったで困るものでもない。

 そう思いつつも目線をパトリック君に戻す。


「受付の者が失礼しました」


 対面の、高価そうなソファーに座った状態で頭を下げるパトリック君。


「いや、今回悪いのはボクらだ。こちらこそ申し訳ない」


 ペコリとこちらも頭を下げる。

 後ろから「申し訳ございません」とバトラーの声が聞こえてくる。

 今日もまた彼は立った状態だ。

 本当に執事っぽい。

 まぁ執事っぽくしたのはボクなのだけれども。


「しかし、シャルロッテ様が直接来られるとは。今日は珍しいですな」

「いやいやパトリック君。ボクとて買い物くらいには行くよ? 」

「……嘘はいけません。ほとんど私が代行だいこうしているではないですか」


 うるさいバトラー。

 君は一体誰の味方なのだい?

 

「まぁ、少ないのは認めよう。しかし全く、という程ではない」

「なるほど、なるほど。その珍しい機会に、そして私への面会依頼。余程よほどの物を御所望しょもうと考えますが……」


 少し苦笑い気味のパトリック君がそう聞いて来る。


「全くもってその通りだ。やはり直接来てよかったよ」

「では何を御所望しょもうかお聞きしても? 」

「糸だ」

「糸? 」


 ボクの言葉を反芻はんすうし、少しまゆひそめた。


「……ちなみに普通の糸では……」

「ないよ。それならば、それこそ普通の店で買っている」


 予想が当たっていたと言わんばかりに息を飲むパトリック君。

 普通の糸ではない。

 そう再確認されると「本当にこの商会にあるのか? 」と少し不安になってきた。


 見た感じ大きな商会だ。

 商会館には魔法的な護りがほどこすことができるくらいに資金面に余裕があると見える。

 しかし、珍しいものを置いているかと言えばそれは商会の資金力には比例しない。

 むしろニッチ産業を行った小さな店にちらほら置いてある方がしっくりくる。


 本当にあるのか?

 いや無かったら取り寄せてもらおう。もしくはあきらめよう。

 そう腹をくくりキリッとパトリック君を見た。


「実は魔法糸を探しているんだ」


 それを聞き、目を開くパトリック君。


 わかる。

 驚く気持ちは痛いほどよくわかる。

 それこそ研究用にくらいにしか使わないものだ。少なくとも三十年以上前まではそうだった。

 あれから魔法糸に関して技術的な進歩があるとは聞いていない。

 ならば今もそうだろう。


「魔法糸……」


 開いた目を軽く閉じ、そう呟き、あごに手をやり考えているようだ。

 いや、思い出しているのだろうか。

 そして再度瞳を開き少し困った表情でこちらを見た。


「一件だけ……。取引先があります」

「おお。本当かい?! 」


 何という偶然ぐうぜんだ。

 いや彼の資金力なら有り得るのか。

 いやいやそれでも魔法糸の取りあつかいをしている所とえんがあるだけでもすごい。

 ボクが興奮し少し前のめりになろうとすると後ろから引きめる手が。

 それのおかげで少し冷静さを取り戻し再度着席ちゃくせきする。


「差し詰め研究目的、と言ったところでしょうか? 」

「まぁそんなものだよ。魔法糸となると珍しい。ダメならダメであきらめようと考えていたところだ」

「でしょうな」


 苦笑いしながら机の上にある紅茶に軽く口をつけるパトリック君。

 その体格には似合わない優雅ゆうがな動きでのどうるおした彼はティーカップを机に置いてこちらを見た。


「今在庫ざいこはありません」

「……そうか」

「しかし伝手つてがございますので取り寄せましょう。しかし……お高いですよ? 」

「分かってるよ。ボクも昔使っていたからね。ちなみにだけれども、その取引先が売っている魔法糸に属性は付いているのかい? 」

「いえ。そのようなことは聞きません。もしや魔法糸の属性? とやらがあった方が良いのでしょうか? 」

「いや、今回は無い方が良い。普通に魔力を通すだけの糸だ。例えば、そう。火属性が付いていて、下手へたに魔力を流して勝手に燃えたら困るだろ? 」


 そう言うと「確かに」と言いながら彼は席を立ち机の方へ向かっていった。

 そして何やら紙を取り出し羽ペンをる。

 書き終わるとこちらへもってきて机の上に置き、それを見せた。


「……非常に心苦しいのですが、この量でこのくらいの金額になりますが」


 座った状態で紙を手に取り確認する。

 やはりというべきか、高い。

 が、許容範囲だ。


「これで構わない」


 そう言いつつ渡された羽ペンでサインを書く。

 書き終わり見上げると顔を引きらせているパトリック君が。

 白金貨にして百枚という値段を軽々しく書くボクに驚いているようだ。

 このくらいの金額、普通に動かしていたからね。特に問題はない。


「で、ではこれで発注しておきます」

「頼んだよ」


 そう言い、軽く雑談をした後ボクとバトラーはカーヴ工房へ戻った。


 ★


「ふむ。少し遅くなったか」


 昼に出て日が沈みそうになっている空を見上げてそう呟いた。


「早く帰りましょう。夕食を作らないといけませんので」

「そう言われるとお腹が空いて来たな。早く帰るか」


 そう言いつつ少し早足でカーヴ工房へ向かう。

 同じ商業区内。ここからまり距離はないはずだ。

 さて今晩は何を作ってくれるのかな、と考えながら進んでいると急にバトラーが前に立ち――ぶつかる。


「バトラー! いきなり何を! 」

「……シャル。血の臭いです」

「何?! 」


 バトラーは振り向かずそう言う。

 ボクは驚きすぐさま戦闘態勢に入る。


「どの方向からだい? 」

「……カーヴ工房の方からです」

「なっ! 早く行くよ! 」

「待ってください! 」


 バトラーの前を行こうとするといきなり肩をつかみ、はばむ。


「何をする! 」

「いいのですか! 」


 つかまれた方を見て怒鳴り、バトラーも怒鳴り返してきた。

 いいのか? だと? 何を言っている?


「シャル! 貴方はあれほどまでに『面倒事』を嫌っていたではないですか! 義理ぎりたした! もう、いいじゃないですか」

「だから何を言っている! 早くいかないとニアが! 」

「分かっていないのは貴方だ! 」


 何?


 激高げきこうが過ぎて逆に冷静になった。

 こちらの変化を読み取ったのか肩から手を離して執事服を整える。


「もう。短命な人族のことなどいいじゃないですか。また森で暮らしましょう」

「しかし」

「カーヴへの義理ぎりたされた、と私は思います。後数十年、森で一緒に暮らしましょう。また馬鹿なことをやって遊びましょう。モンスターを倒す必要があるのなら一緒に倒しましょう。いいじゃないですか。もう、面倒な人付き合いをしなくても」


 ……。


 確かに人付き合いは面倒だ。

 これ以上ない程に面倒だ。

 今も昔も将来も、変わらないだろう。

 だけどね……。


「バトラー。君がいっていることは、確かだ。確かにボクは率先そっせんして面倒なことに首を突っ込むタイプではない」

「なら」

「でも行くよ。ボクは――ボクがボクであるために。ボクはシャルロッテ・エルシャリア。元エルダリア王国エルダリア研究所所長にして面倒事を嫌うお節介せっかいなエルフ! この矛盾むじゅんそのものがボクだ! 」


 そう言いボクは走りカーヴ工房の方へ走った。


「なんで……。なんで私を選んでくれないのですか」

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