第二十一話 ニアの山登り

「し、師匠……ゲホゲホッ! 」

「……流石に体力が無さすぎじゃないかね? 」

「わ、私本当に工房から……はぁはぁ……あ、あまり……出たことがない、ので」


 息を切らしながらニアが言う。

 ここは東の森でも浅い所。ニアは下を向き、ひざに手をやりせき込みながら息をする。

 まさかここまでとは。

 魔境引きこもりであるボクでもここまでじゃないぞ?


「で、でも。し、師匠は卑怯ひきょうです、よ……はぁはぁ」

卑怯ひきょうも何もない。ただボクはいつも通りにしているだけだ」

「バ、バトラーさんに乗って移動なんて」


 息が整ったのかボクを見上げてそう言うニアを、丁度シルバー・ウルフよりも二回りほど大きな姿のバトラーに乗りながら見下ろす。

 ニアよりもはるかに大きなバトラーも同じく彼女を見た。

 それに少し戸惑とまどったのか軽く後退りする彼女に言う。


「この方が手っ取り早いんだ」

「何が、ですか? 」

「バトラーに軽く威圧を放ってもらっている。そのおかげで強者がここにいることを示しているんだ。これによりモンスターは近寄らない。ここに来るまでにモンスターと出くわさなかっただろ? 」


 まぁ、人知れず彼の体をモフりたいというのは言わないでおこう。ボクの尊厳そんげん威厳いげんの為に。

 ニアは「む」とあごに手をやり再度見上げてきた。


「確かに。しかし乗る必要はないんじゃないですか? 」

「そこに狼がいるのならば乗るのはボクの習性しゅうせいだ。あきらめたまえ」

「そのような習性しゅうせい、聞いたことがないのですが? 」

「今考えたのだよ、バトラー」


 やれやれと下か聞こえてくる抗議の言葉に軽く首を振り、「さて」と前を向く。


「先に進もう。ニア、バトラー」

「も、もうちょっと休憩を」

「何を甘ったれている。今日の目的は体力づくりだ。本来ならばここで休んでいる時間なんてないのだからな」


 えぇ~、というニアを半分強制的に引きりながら更に奥へ向かう。


 安全とわかりつつも警戒をおこたらず上を向く。

 まだ浅いはずなのだが時間が経っているようだ。

 ぜぃぜぃと森を登るニアを見ながらもバトラーの上で軽く魔杖ロッドかかげてモンスター探知ディテクト・モンスターを発動。


「よし」


 と、モンスターがいない事を再確認。

 幾つか魔法を発動させていると下からぼそぼそと声がする。


「……今回は過保護ですね」

「はて? 何の事だろうか。ボクにはわからないな」


 バトラーの嘆息ためいきが聞こえる。


「ニア殿に危害がおよばないようにモンスターを排除はいじょし、その上ねん押しで探知。しかも風属性魔法で気付かれないようにすずしい風を送る人が何を言っているのですか」


 ……。


「カーヴ殿の時は魔の森に直接放り込んだのを鮮明せんめいに覚えているのですが」

「全くもって物覚えの良い神獣だよ、君は」


 バトラーが軽く前足で草を分け道を作る。


「しかし君も人の事は言えないんじゃないかな? 」

「……。さて、どうでしょうか? 」

「ニアが歩きやすいように道を作りながら歩いているじゃないか。ボクの目は誤魔化せないよ」


 さっと軽く前の草を切り裂くバトラー。

 しかしそれはさっきよりも鋭い一撃だった。

 人の事を言うからだよ、バトラー。


「まぁいいじゃないか。軽くこなして帰ろう」

「ええ」


 ドスドスドス、という音を立てながらバトラーの背に乗りニアを先導せんどうしていった。


 ★


「と、採り終わりましたぁ」

「ああ、ご苦労さん。だが注意散漫さんまんになるのは減点だ。魔技師だろうと農民だろうと森の中では常に注意を払わなければならない。いつ何が起こるかわからないからな」


 へたり座り込むニアに一喝いっかつ


「しかし、初めてにしては及第きゅうだい点をあげよう。これからも――体力づくりは必要だがね」


 ボクの言葉を聞いて更にローブを汚すニア。

 軽く周りに探知を発動させたが今の所は何もいないようだ。バトラーの威嚇いかくがうまいように言った証拠しょうこ


 本来この森を登るのは難易度は高めと聞いている。

 まぁ常に魔境にいるボクからすればどれも同じなのだけれど、ニアからすれば中腹ちゅうふくくらいまで来た彼女の努力は認めよう。汗だくだが。


「バトラー。下山げざんの準備だ」


 それに答えるかのようにバトラーは狼獣人の姿をとった。


「あれ? バトラーさん、降りる時はフェンリルの姿で降りないのですか? 」

「……以前シルバー・ウルフと間違われたことがありまして。なので下山の時は人型をとるのです」


 分からない風にニアが首を傾げる。

 それに苦笑いしながらボクは答えた。


「登る時ならまだシルバー・ウルフと間違われてたとしても何とかなるけれど、もしシルバー・ウルフと間違われた状態で、あの巨体で下山したら大変なことになるからね。確実に討伐対象になるだろう」

「笑わないでください。シャル」


 ふふ、巨大な狼となったバトラーがそのまま降りて勘違いで攻撃をされた時の事はよく覚えている。

 あの時は不注意だったが『しゃべるシルバー・ウルフ』という面白存在の出現に笑わずにいられない。

 通常会話ができるのはSランクモンスターのみだ。Dランクモンスターであるシルバー・ウルフが人語をしゃべるという馬鹿ばかげた話が飛び回った時のことを思い出すだけでお腹が痛い。


「シャル。そろそろ降りますよ? 」

「ぷぷ……。ああ、わかって……っぷ」


 少し声をあげながら笑いをこらえ、やっと収まりがつき前を向くと――冷たい目線でこちらを見るバトラーとニアがそこにいた。


「なんだい? 新しい趣味しゅみに目覚めるじゃないか」

「「えぇ……」」

「本気にしないでくれたまえ。さぁ降りよう」


 探知を張りながらボク達は山を降りた。


 ★


「……少し森の様子がおかしいですね」

「エラルド。お前もそう思うか」


 冒険者ギルドではれて――Fランクではあるが――冒険者になることが出来たシルヴァとエラルド。

 今日は薬草採取に来ていたのだが、突如とつじょき出たように迫るゴブリン達の相手をしていた。二人はランクは低いものの実力はCランクをはるかに超える。難無なんなく倒すことができているのだが、武人でもある二人は森の方からピリピリとした雰囲気を感じ取っていた。


「……この森に何か、そう魔境に生息せいそくするようなモンスターがいると聞いたことはあるか? 」

「いえ。そのようなことは」


 ザッ! と一閃いっせんしフォレスト・ウルフを切り裂きながら答えるエラルド。

 シルヴァもシルヴァで斬撃を発動させつつモンスターをっている。


「だがこの、奥から迫りくる、強者の感覚」

「……これは一度戻りギルドに報告した方が良いかと思うのですが」

奇遇きぐうだな。俺もそう思っていた所——来るぞ! 」


 二人に巨大な圧力がかかる。

 冷や汗を流しながらエラルドがシルヴァの前に立ち、剣を構える。

 圧がどんどんとかかる中——


「お、誰かいるようだね」


 二人の魔法使い風の女性と一人の執事風の狼獣人が現れた。

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