第十九話 伝説の神獣

「ししししし、師匠!!! 起きてください!!! 」


 ニアの声がする。

 ん~、朝か? 少しまぶしい気もする。

 確かボクは飲んで寝て……。


「何だい、ニア。ボクはまだ眠いんだ。後五時間ほど眠らせてくれ」


 軽くまぶたを開けてニアを見る。

 背中に大きな温もりを感じながらも気怠けだるい体を休ますためもう一眠り。

 まぶしい光から逃れるために瞳を閉じて軽く背を沈ませ二度寝だ。


「そそそそそ、そんな場合じゃないです!!! 」


 少し騒がしいな。

 だがそこまできゅうようすることでも起こったのか?

 仕方ない、起きるか。


「何か事件かい? ニア君。ボクはまだ眠たいんだ」


 体を起こし立つ。

 ん~っとのびをしながらもニアの眼鏡に反射した光がボクを射す。

 まぶしい、と感じながらも顔を真っ青にしてこっちに指さすニアをみた。


「おおおおお、狼が! 巨大な狼ががががががが」

「狼? 」


 震える指を見るとどうやらそれはボクをさしているのではないようだ。

 指さすボクの後ろを振り向くとそこにはバトラーが。


「ん? バトラーの事かい? 」

「ババババ、バトラーさんは食べられてしまったのですか?! 」


 ん? なにか勘違いしてないか?


 窓から差し込む光が――途切れた。

 バトラーがボク達の騒ぎで起きたようだ。

 曲げていた足を伸ばして顔をこちらに向けた。


「おはようございます。お二方」

「ああおはよう。バトラー」

「え??? バトラーさんの声??? 」


 困惑混じりの声がする方を見ると今さっきまでの青い顔が和らいでいる。

 声、というよりもバトラーその人なんだが。

 ニアの方を向いているとバトラーが何かさっしたのかこちらに声を掛けた。


「……シャル。ニアさんに私の事、説明しましたか? 」

「あ……」


 ★


「フ、フ、フ、フェンリルゥゥゥゥゥ?! 」


 バトラーの事を説明していないことに気付いたボクはニアにバトラーの事を話した。

 途轍とてつもなく驚かれ、更に彼女の前でバトラーが狼獣人の姿を取ったため驚きに拍車をかけている。


 一先ず驚くニアを置いておき狼獣人の姿を取ったバトラーが机の上に三つのグラスに水をそそいで置いた。

 それを手に取り昨日のアルコールを薄める。

 まだ眠い。久々に飲み過ぎたようだ。しかし今までならばあのくらいでは酔わなかったはずなんだが。

 まぁ良いか。


 バトラーも自分のグラスに手をやって口をつけている。

 ニアはいまだに混乱が収まらないようだ。


「何を驚くのだね? 確かに稀少きしょうだがこの世にいないというわけではない。まれにだが確認されている」

「しししし、しかし神獣ですよ! 神獣!!! 」

指摘してきしなくとも分かっている。だが確認され、こうしている以上彼が神獣『フェンリル』であるということは隠しようのない事実だ」


 机の隣に立つバトラーに顔を向けると軽くお辞儀をした。

 すると反射的にニアもお辞儀をした。

 こいつら何やってんだ?

 全くもって意味不明である。


 まぁ確かに神獣というのはあまりお目にかかれない。長命種でも特に龍人族や魔族と言った超長命種くらいしか見ることはあまりないだろう。

 だが運よくか、運悪くかボクに助けられたバトラーはこうしてついてきている。

 で、あれば彼と会うことは神獣と会うことと同義どうぎである。

 正直何を今さら感はあるが慌てるニアを見ると、確かに人族が会うのは本当にまれだと感じる。

 ま、どうするわけでもないが。


「さぁ仕事をしよう。まだ残っているのだろう? 」


 そう言うとまだ緊張やら困惑やら混乱やらが入り混じった顔で、ぎこちない動きでこちらを向いた。


「ご、ご飯はどうしましょう? 」

「あぁ。確かにまだだったな。バトラー」

承知しょうちしております」

「と、いうことだ。ボク達はバトラーが朝食を作り終えるまでに幾つか仕事を済ませよう。その方が効率的だ」


 ソファーから立ち作業場へ足を向ける。

 とてとてと後ろからついて来る足音が聞こえてくる。

 そのままボク達は扉を開けた。


 ★


 ルーカスの町、ルーカス子爵ていの二階。

 質素しっそながらも気品あふれる部屋の中、大きな執務しつむ台に座る中年の人族の男性——『デニー・ルーカス』がその息子で次男の『シルヴァ・ルーカス』が机をはさみ真剣な顔をして対面している。


「……で、今後どうするんだ? 」


 重い口を開きデニーは立っている息子に声を掛ける。

 それを受け止め軽くくちびるを下でらして口を開いた。


「冒険者に、なりたいと思います」


 デニーはどこか予想していたような表情をし、まゆしかめつつその真意を確かめる。


「シルヴァ。お前が冒険者にあこがれているのは知っている。だが同時にお前は貴族子息だ。何も危険をおかさなくてもいいと思うのだが……」

「俺は、私はそれでも冒険者になりたいです! 」

「確かにお前の剣の腕は知っている。数多くの武技を習得し、魔法も使える。ならば騎士団に入るのはどうだ? 町の憲兵や、それこそ国の騎士団に入り騎士爵をもらうことも可能だろう」


 デニーはどうにかして説得しようと少し声のテンポを上げながら言う。

 親心。

 可能な限り危険をおかして欲しくないという親心である。

 しかし夢見る十五のシルヴァにそれは伝わらない。


爵位しゃくいは、確かに魅力的です。しかし……。しかし! 様々な経験をしてこその貴族だと思います!!! 」


 と、シルヴァは声を上げ一歩前に出る。

 それらしい理由を付けていかに冒険者になることが貴族に取って利益をもたらすのかを|くがそれにデニーは困っていた。


 彼は次男。家督かとくぐ長男とは違い比較的自由な立ち位置である。しかしながら――貴族として――もしものことを考えると、外に出したくない。加えてデニーは他の貴族に比べて過保護なところがある。


 だがシルヴァの言うことにも一理いちりある。ここは商業国家『ハンデル王国』。

 もしCランクまで上がれば商人の護衛をすることになるだろう。そしてそこから生まれるえんというのは町にとっては利益になる。

 故に目の前で力説する息子に困っていた。


 デニーは軽く下を向き、少し考え、息子の青い瞳をのぞいた。


「……わかった。条件付きで認めよう」

「!!! 本当ですか?! 」

「ああ。だが期限をもうけよう。その間にランクが上がらなければ大人しく憲兵団か騎士団に入れ」

「わかりました! 」

「あと――」


 と、デニーが言う前に扉を出て行ってしまった。

 まだ説明の途中にもかかわらず。

 ひじをつき組んだ手を頭にやりながら軽く嘆息たんそくし館の者を呼ぶ。


如何いかがなさいましたでしょうか? 」

「エラルド。悪いがシルヴァと一緒に冒険者をしてくれ」


 それを聞きムキムキな騎士は首を傾げ、事情を聞いた。

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