第十七話 シャルロッテとパトリック 

「ふぅ。まさかニアさんから話を持ってきてくれるとは」


 パトリック商会商会館の会長室。

 整理整頓せいとんが行き通ったこの部屋でパトリックは一人ぽつりとつぶやいた。

 その呟きを聞いてか正面にいた商会の男が軽くパトリックの方を振り向いた。


「会長。先日の依頼なのですが」

「ああ。全部確認した」

すご技量ぎりょうですね、彼女。そしてあの量をこなすとは。会長の観察眼には驚きです」


 そんなことはない、と言おうとするが椅子に座り直して口を閉じる。

 軽く机の上にある書類に目をやった。


 (本当にこの量をこなすとは。あなどっていたわけじゃないが……たしてこのまま続けていいものか)


 ふぅ、と軽く息を吐き白い天井てんじょうを見てこの商館にニアが訪れた時のことを少し思い出す。


 (あのおどおどした様子。かなり人に慣れていないな)


 職人というのは気難きむずかしいのが一般的。しかもパトリックは先日専属依頼をきっぱりと断れたばかり。


 (あの時の堂々どうどうとした様子とかなりことなる。あれは……シャルロッテ様がいたからか? シャルロッテ様がそばにいてこその実力ならば引き抜こうとしたのは早計そうけいだったか)


「……どうしたのですか? 会長。難しい顔をして」

「何てことは無い。ただ、少し振り返っていただけだ」


 そうですか、と職員の男はパトリックに近付く。

 手に持つ数十枚の書類を机に置き、疲れた顔で一歩下がる。


「これが次回の分になります」

「……多くないか? 」

「人気なのですよ。彼女の製品」


 そうか、と言いながら書類に手をやるパトリック。

 彼がかかえる職人達の半分くらいの仕事量がそこにあった。


 (……同じ経営にたずさわる者として彼女の気持ちは分からなくもないが、流石に量が多いな。倒れられたら大変だ。彼女の技術は一流に届いている。出来るなら継続的な付き合いをしたいものだな。ふむ。少し、そう少し量を落とすか)


 数枚白い書類を分けて職員を見上げる。


「これは、また今度だな」

「??? 売れ行きはかなりいいのですが」

「そうだな。だが、この量を一人でさばけると本気で思っているのか? 」


 そう言われ職員の男は少しうつむく。


「確かにそうですがこれは彼女が言い出したこと。ならば少し無理をしてでもはげんでもらうべきでは? 」

「……ことをきゅうするのなら別だが、継続的な付き合いをした方が利益になる。これらは優先順位が低いものだ。仕分しわけて、次の納品のうひんはさみ込もう」

「……了解しました。では先方せんぽうにそのように説明しておきます」


 多少不服な顔をしながら職員の男は注文書を手に取り机から離れようとした。

 しかしそれをパトリックがすぐに止める。


「ああ、ちょっと待て。今回は私が行こう」

「会長みずから、ですか? 」

「少し仕事を減らす理由を説明せんといかんだろ? 」

「それは我々が」

「私が説明しよう。もしかすると彼女の師がいるかもしれんからな」


 ほんのわずかに声を震わせ席を立ち職員が持つ書類を――なかば強引に――とった。

 その行動に男は少し驚きながらも軽くお辞儀をして部屋を出ていく。


 それを見つつ危なっかしい、と思いながらも外出の準備を始めるパトリック。

 彼にとっての最悪のシナリオは何も知らない職員がニアの師——つまりシャルロッテに出くわし、下手へたな説明をしてパトリック商会がニアを倒れるまで仕事をさせたと誤認ごにんされることだった。


 (『森の破風』に私達がニア嬢に危害を加えたと勘違いされればどんな被害が出るかわからん。せめて――過労かろう状態でも私の口で説明せねば)


 パトリックはスーツからいつもの行商人のような服に着替えそして商会館をでた。


 ★


「で、パトリック君。これはどういうことかな? 」

「はい。今回の件について説明させていただけたら、と」


 バトラーの呼び出しにおうじると、応接室に見知った小太りな商人がいた。

 白衣はくいのまま、少し大股おおまたで彼の前に移動し、ソファーに座る。

 ニアが倒れていることを伝えると彼はさぞ驚いた。

 が、想像していなかったわけではないようだ。どこか予想通りという感じを受ける。

 是非ぜひとも彼の弁明べんめいを聞きたいものだ。


「実はこの話、つまり仕事のことはニア殿から話を受けまして」

「ニアから? 」


 言葉を反芻はんすうすると軽くうなずく。


「彼女は技師ぎしであるとともに一人の工房経営者。従業員となったシャルロッテ様にどのくらいの給料を払えばいいのかと相談されまして」


 深刻しんこくそうな顔をしてパトリック君がそう言う。


「ボクの給料? 」

「普通の魔技師ならいざ知らず、シャルロッテ様はSランク冒険者であるとともに魔技師ギルドの名誉統括とうかつです。どのくらいの金額が適切てきせつか悩んだのでしょう」

「それで過剰かじょうな仕事量を提案ていあんした、と? 」


 そう言うと彼は苦い顔をする。

 ……。これじゃ怒れないじゃないか。

 確かに、普通なら高給取りになるだろう。だけれど冒険者として雇われているわけでもないし、魔技師ギルドのほう統括とうかつと言えど名誉職だ。普通の、一般的な魔技師の給金で良いのに。


「……給料の事はニアと話し合うよ。今度からの仕事は通常量に戻してくれ」


 少し前のめりになって言う。


「それは構いませんが……。一旦打ち切らないので? ニア殿は倒られているのでしょう? 」

「ゼロにはしないさ。それじゃ修業にならない」

手厳てきびしいですね」


 そういうパトリック君を見ながら少しソファーに背もたれしながら「ふふ」っと少し笑い軽く見る。


「確かに倒れている。だが受けた依頼はきちんとこなさなないとね。それに、実際この程度で倒れていたらこの先が思いやられる」


 すると少し目を開いた。


「……あの量は我がパトリック商会がかかえる職人達の半分くらいの量になるのですが」

「何を言うパトリック君。王都や他国にまで行けばこれをはるかにえる量をこなさないといけなくなる。ま、彼女がここにいたとしても今まで以上の仕事量になるのは必須ひっすだ」

「……。随分ずいぶんとニア殿の事を買われているのですね」

「もちろんだとも。ボクが、このボクが認め育てる人材だ。その内、噂が広まりこのカーヴ工房に大量の仕事が舞い込んでくるさ。その時の為の、いわば体力づくりのようなものだよ」


 複雑そうな顔をするパトリック君だが、彼も先行せんこう者として恩恵おんけいを受けているはずだ。彼女がどのくらいの技量かはっきりと認識しているだろう。

 それにニアの体力づくりは彼にとって悪い事ばかりじゃない。


「ま、そういうことだよ、パトリック君。これからも引き続きよろしく」

「はは。こちらこそ、でございます」


 席を立ち、握手をする。

 では仕事があるので、という彼を見送った後扉を開けた。

 そこにはまだ本調子ではなさそうな顔色をしたニアが立っていた。

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