第十話 天才

「さてパトリック君がすぐに材料を用意してくれたおかげで刻印こくいんする素材が手に入った」

「こ、これに刻印するんですか?! 」

「なに、予備よびは幾らでもある。じゃんじゃん使おう」

「ひ、一つにつき一体いくらかかるのですか……」


 目の前に並べられた多くの宝石に目をくらませながらニアが言う。


「この程度なんでもない。もし宝石類や魔石類は魔道具にはめ込む物としては基本だぞ? 」

「た、確かにそうですが……。て、鉄剣ではダメだったのでしょうか……」

「何を弱気よわきな。この程度の緊張を持たないと単なる作業だ。上を目指すなら死ぬ気で頑張れ」

「で、でもぉ」

「短期間で上達じょうたつするにはあら療治が必要だ。さいわいにして君には才能がある。ここで踏ん張らなくてどうする? それとも止めるか? めるのならめないぞ? 」


 泣きそうなニアが少し顔を下に向ける。

 そして半泣き状態で顔を上げてこちらを見た。


「やります! やってみせます! 」


 こうしてボク達の訓練が始まった。


 ★


「まずは手本だ」


 そう言い小石サイズの宝石を手に取る。

 ニアは気付いていないようだが、これらは加工の過程でいらなくなったものや加工に失敗したものだ。だからそれほど商品価値はない。そんな石くずを渡してもらい練習用として使うことにしただけで本当はそんなに高いものじゃない。

 緊張感を失ったらいけないから本人が気付くまで言わないけど。本命ほんめいは、彼女が技術を身に付けた後だな。


 ん? 待てよ。あの言葉足らずなカーヴの事だ。魔技師の事もある。宝石の事をニアに説明していない可能性もあるな。


「……説明しておくか。本格的な商売は分からないがこれら宝石類は結婚などに使われることが多い」

「確かにそうですね。父さんもよく作っていました」

「正直なところ宝石の種類に振り分けられている意味とやらは分からないが、刻印魔法——特に魔導線ライン駆使くしした物はかなり高額でしかも物によっては貴族からの特注とくちゅうを受けることがある。何故だと思う? 」

「ま、魔法で身を護れるから、でしょうか? 」

「そうだな。基本的にそれであっている。しかしそれならば刻印魔法だけでいいと思わないかい? 」


 そう言うと少しうつむく。


「魔法、とりわけ魔力操作ができる者なら刻印魔法だけでいいだろう。しかし魔技師が使う技術は一味違う。それは――魔法が使えない者でも刻印された魔法が使えるという点だ。何故一般食堂の魔導焜炉マジック・レンジが君の所へ修繕しゅうぜんに来ていたと思う? たして彼らは魔力操作にけていたのかい? 」

「!!! 確かに魔法が使えるとは聞いたことがありません! 」

「そうだろ? ならば魔法適正てきせいのない貴族や貴族子息しそく子女しじょへ送る結婚指輪の宝石にこれを使うのもうなずける。そして何よりこの技術を使えば――魔剣が出来上がる」


 それを聞きニアは言葉が出ないようだ。

 口をパクパクとさせている。

 まぁそこまでの技術をこの短期間で出来るとは思わないが。


「魔剣の作り方は様々だ。だが最も簡単な方法の一つがこれだろう。だから――覚悟して使えよ? 技術というのは時として人をくるわせる」

「わ、分かりました」


 一睨ひとにらみし、目を机の上の宝石に移す。


「よし、手本に入ろう。と、言っても簡単なものだ。今回刻む魔法陣は物理防御マテリアル・プロテクション硬化ハードニングだ。この二つをき、つなげる」


 言った瞬間集中力を高めて――刻む。


 ★


「凄い」


 ニアはそう一人呟いた。

 今、彼女の前で行われているのは神業かみわざとも呼べる技術であった。

 彼女の父も凄かった。

 それこそ町一番、いや下手へたをすると領内りょうない一番の魔技師と呼ばれるほどに。

 

 しかし目の前でり広げられているものはそれをはるかに凌駕りょうがする。


 (父さんが規格外って言ってたけどそんなレベルじゃない……)


 わずか、ほんの見えるか見えないかの指の動きであの小さな宝石に――連続的に魔法陣を刻んでいく。

 通常宝石類は――種類によるけれども――硬く、崩れやすい。

 シャルロッテはそれを絶妙ぜつみょうな力加減で、壊さないように、魔法陣を刻んでいる。


 刻んだ先から緑に――輝く。


 魔力を流し込みつつ錬金液れんきんえきを流しているのだ。

 魔力と錬金液が反応して緑に輝く。

 軽く異臭いしゅうがするも慣れた臭い。


 このような作業をする場合は普通刻んでから錬金液れんきんえきを流し込む。

 しかしシャルロッテはそれをはぶき刻んだ先から流している。


 まさに神業かみわざ


 (こんな人がいるなんて)


 そう思いながらもニアはシャルロッテの作業を注視ちゅうしする。

 突然現れた彼女は父が教えたことを――本人は否定していなかったが――否定した。

 それにいきどおりを感じ少し距離を置こうと思った先の出来事だ。

 借金しゃっきんを肩代わりしてもらいあまつさえ彼女の技術を教えてくれるという。


 屈辱くつじょくだった。


 父を否定した相手に教わるのは。

 だがしかし気付く。

 彼女が本当に父の師であったことに。

 その技術を持って。


 (私も、必ず)


 この日新たな天才が――動き出した。


 ★


「さて、このような感じだがどうだったかな? 」

「凄いです!!! シャルロッテさん!!! 」

「お、おう。君は突然どうしたのかね? これまでの態度とは打って変わって好意的に見えるけれども」

「わ、私頑張ります!!! 」


 ふんす、と意気込み顔をこちらに向けるニア。

 対面に座っていて良かったよ。これが隣だったらどうなっていたことやら。


「やる気があるのは何よりだ。さぁ時間は待ってくれない。始めよう! 」

「はい!!! 」


 夜。

 作業室で必死になって魔技師として技術をみがくニアと教えるシャルロッテの姿があった。


 その扉の向こう側で一人バトラーが音を立てずに移動している。

 幾つか部屋を通り作業室前から受付の方へ。

 そして扉へ向かい外に出た。


「……なんだ、てめぇ」

「シャルが予想していた通りですね」


 扉の向こうにはガラの悪い連中がいた。

 それを見て軽くにらみ、相手はたじろぐ。


 異常。


 にらんだだけでたじろぐ相手ではない。

 ガラこそ悪いが装備は一級。技術も一級。実際誰にも気づかれずにここまで来れているのだから。

 幾ら夜だとは言えここは商業区。中にはまだ光が灯っている店もある。

 気付かれずにここまで来るだけでもその技術の高さがうかがい知れた。


 しかし彼らは運が悪い。


「全員構え――」


 瞬間賊達が言葉を失う。

 執事風の狼獣人がどんどんと体を大きくする。

 肥大化していき建物ほどの大きさになった。

 しかし体が蒼白く透き通り、月や建物からの光は遮っていない。


「ば、化け物……」


 その言葉を最後に彼らは気を失った。

 そして扉の方から人影が一人。


「おや。済んだのかい? ボクの手柄てがらを取ってしまうとは何となげかわしい同居人どうきょにんなんだ」

「思った以上にもろかったのですよ。シャル」

「最近の若い者は根性こんじょうが足りないね」

「まるでお婆さんのような言い方ですね、シャル」

「何を言うか。私はまだピチピチの二百十八だ。エルフ族の中では若者だよ」


 月光に照らされ神々しく光る銀狼に声を掛けるシャルロッテ。

 軽く見上げて話しかけるとあわを吹いて倒れている者達を一瞥いちべつし再度見上げる。


「ボクは少々用事を思い出した。そこのゴミの処理は任せたよ」

「カーヴの護りはどうするのですか? また来ないとは限りませんよ? 」

「抜かりない」


 そう言い親指で軽く建物を指さした。

 バトラーがその方向を見ると視認できるかできないかのレベルで魔法陣を確認できた。


「……この建物を要塞ようさいにするつもりですか? 」

「コンテストが終われば消すさ」

「……ならいいのですが。忘れないでくださいよ? 」

「もちろんだとも。じゃぁね。よろしく」


 そう言い一人のエルフが闇に消えた。

 巨狼は見送った後下を向き軽く溜息ためいきをつく。


「フェンリル使いの荒い人ですね」


 こうして今夜もカーヴの安全は確保された。

 ちなみに消息しょうそくった彼らの事を後で知り派遣はけんしたランドは怒り狂ったそうだ。

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