第50話 ゴブリンスレイヤー

すべてを燃やす金色の炎は鎮魂の祈りだった。

無念に散った冒険者の魂よ。

この業火と共に天に帰る事を祈る。

不浄の小鬼は蝋燭ろうそくの火のように燃えて無くなって行く。

炎に焼かれて小鬼が消えてゆく。

周囲にいた小鬼らも光に集まる蛾のように炎の身を投じて燃えて行った。


「自分から炎に飛び込むなんて馬鹿じゃない?」

「上位種に制御コントロールされているさがです」

「炎に飛び込めと言っているのか?」

「いいえ、おそらく。『裏に回って、俺達を襲え』という命令に従って動き、目の前の炎に恐れずに飛び込んでいるのでしょう」

「飛び込んだ奴らは燃えているわよ」

「よく燃えていますね」

「馬鹿じゃねい?」

「助かりました。取りこぼしたゴブリンをどうするか? 悩んでいました」

「正義は勝つのよ」

「何が正義がどうかは知りませんが、支配されているゴブリン共に死ぬという恐怖がないから炎の中に飛び込む事を厭わなかったのでしょう」


ハイゴブリンは俺達を襲う命令を下した。

砦の中から1,000匹ほどが飛び出し、周辺にいた500匹と合わせてゴブリン共が押し寄せて来たが、ほぼ直角の断崖を登れない。

そこで迂回して襲う命令を下す。

断崖の一部がズレてできた洞窟の外周を迂回する為にゴブリン共が一斉に移動した。

油を投下し終わった俺は残っていた2,000匹余りのゴブリンごと、魔法で油に火を付けた。


移動するゴブリン達の前に炎が立ち上がった。

普通は火の恐怖で立ち止まるのだろうが、支配を受けているゴブリンに恐怖という感情はなく、その目の前に火の手に飛び込んで行った。

取りこぼした1,500匹のゴブリン共が勝手に消えた。

呆気ない。

見える景色はゴブリンの地獄絵だ。


何故、炎に飛び込んだのか?

自殺願望ではない。

そこが俺達を襲う最短ルートだからだ。

死など恐れぬ死兵ゆえの末路だ。

ゴブリン共は自ら燃えて消えて、苦労せずに周辺のゴブリンが一掃できてよかった。

ぐおぉぉぉぉぉ、ハイゴブリンが吠えた。

怒っている。怒っている。


「ア~ル。洞窟の前が安全地帯になっているわ。これではやっこさんと100匹くらいのゴブリンが助かってしまうわ」

「残念ながら少し油壺が足りませんでした」

「どうするの?」

「大丈夫です。こうします」


俺は手を翳して『火の矢ファイラーアロー』と唱えて、洞窟の中に打ち込んだ。

洞窟から炎が立ち上がった。

出口近くのゴブリンが火だるまになって飛び出して来た。

前と後、炎のサンドイッチだ。


「姉さん。炎には放射熱というモノがあります。炎に側は熱いでしょう」

「そうね。暖炉の近くは熱いわ」

「周囲が熱くなれば、その中心はさらに熱くなり、最後に中のモノも燃えるのです」

「真ん中も燃えるの?」

「はい。見ていて下さい」


俺が予言した通りに炎に近いゴブリンが燃え始めた。

熱ければ後ろに下がるのが普通の行為なのだろうが、支配下のゴブリン共はずっと同じ場所で立っていたので突然に火が付いて燃え始めた。

燃え始めてからのた打ち回った。

見ていて哀れだ。

後ろのゴブリン共も燃えていないが、膝を付いて倒れ始めた。

酸欠だな。

ハイゴブリンはこちらを睨んだ儘で諦めていない。


「ア~ル。森から来るわ」


姉さんの声で森を見た。

木々の間からゴブリン共が溢れてきた。

その数は500匹以上だ。

日が昇る前に森に入っていたゴブリン共が残っていたのか?

これは読んでいなかった。

戦略的撤退だな。


「アル。どうする?」

「逃げます。あの数と戦っていられません」

「ア~ル。何とかしなさい」

「置き土産を残すつもりですけど、当たるかどうか?」


まだ、レールガン擬き『ライフル』を撃つ程度の魔力は残っている。

巨大なボアを仕留めた魔法だ。

だが、正面から撃って素直に当たってくれるだろうか?

ハイゴブリンは誰から奪ったかは知らないが、冒険者の防具と盾、そして、俺達が回収を放棄した鎚矛メイスを持っていた。

レールガン擬き『ライフル』を見たハイゴブリンは逃げ出す。

2度目はない。

ならば、奥の手を使うか?


俺は左のポケットに手を入れると、人工ダイヤモンド弾に手を付ける。

ダイヤモンドの融点は3,548度だ。

加速板15枚で音速20倍の摩擦熱でも溶けない必殺の弾だ。

撃ち出した瞬間に6km先に到達するので回避は不可能であり、ダイヤモンドは盾すら紙のように貫通する防御不可の弾丸だ。

当たれば、必殺だ。

だが、ぶっつけ本番なので当たるかどうかも判らない。

悩んでいると姉さんが指差した。


「ア~ル。大丈夫みたいよ」

「アル。味方だ」

「はい、味方です。今の内に見つからないように隠れましょう」


俺達は身を屈めて姿を隠した。

ゴブリン共の後ろから冒険者らが追い掛けて来た。

冒険者が剣を振ると、一振りで2、3匹のゴブリンが引き裂かれて行く。

逃げるゴブリンを後ろから襲う一方的な蹂躙だ。

ゴブリン達はそんな事を気に掛けず、一目散に巣に戻ろうとしていた。

密集し過ぎだ。


ぐおぉぉぉぉぉ、再びハイゴブリンが吠えると、ゴブリン共が反転して冒険者と対峙したがもう遅い。

数で圧倒しているのに、冒険者の武技が炸裂してバタバタと倒されて行く。

前だけ向いて戦うのは冒険者が得意とする戦い方だ。

こうなると戦略も戦術もない。

純粋な力と力の戦いだ。

所々に体格の大きい進化種のゴブリンリーダーがいるが数はそれほど多くなく、戦局を覆す事はない。


冒険者の後続が到着すると、さらに冒険者に勝利が傾いた。

誰かが油樽のようなモノを投げ入れた。

落下する油樽の魔法使いが『炎の柱ファイラーフレア』をぶち込むと、割れた油樽から油が飛び散って、『炎の嵐ファイラーストーム』のように炎の竜巻が起った。

密集している所為もあるが、50匹以上のゴブリンが燃えた。

油壺が次々と投げ込まれて、合計5回の『炎の嵐ファイラーストーム』を起こし、半数まで行かなかったが、200匹近いゴブリンを葬った。

油にあんな使い方もあるのか。

勉強になる。


「良し。これで勝った」

「そうね。冒険者が勝てそうね」

「いいえ、ハイゴブリンが残っています」


ぐおぉぉぉぉぉ、ハイゴブリンが吠えて鎚矛メイスを振り回しながら炎の海を突き抜けると地面を転がって炎を強引に消した。

周りのゴブリン共も土を被せて消火を手伝う。

遅ればせながらゴブリン共が密集陣形を取って反撃に転じる。

冒険者が先陣のゴブリンをなぎ払うと、武装したゴブリンリーダーが攻撃を加え、それを避けた後にハイゴブリンの鎚矛メイスが撃ち出されて潰された。

一人、二人、三人、四人と犠牲者が増える。

どうやらハイゴブリンは包囲を突破して逃走するつもりらしい。


だがしかし、先陣を切っていた冒険者が戻って来て背後から攻撃にハイゴブリンが盾で受けると、鋭い鎚矛メイスの横一閃の一撃を放った。

体格の良いナイスミドルの中年冒険は自らのバスターソードで鎚矛メイスを受けて、自分から後ろに飛んだ。


「すげぇ、カッコいい」

「中々、ヤルわね」

「振り切った大剣ソードを強引に引き戻しましたよ。人間業ですか?」


ナイスミドルは中々のやり手だ。

しかし、捨て石のゴブリン共が集めって来て、ナイスミドルに襲い掛かる。

軽く引き裂いて捌くと、ゴブリンリーダーの攻撃があり、避けた後にハイゴブリンの鎚矛メイスの一撃が飛んでくる。

これではハイゴブリンへの反撃の余地がない。

一度空いた穴に雑魚ゴブリン共が流れ込み、背後に回って空いた穴を押し広げていた。

ナイスミドルの仲間はまだ近寄れないでいた。


やっこさん。仲間を犠牲にして逃げるわよ」

「そうなのか?」

「俺もそんな気がします」

「ア~ル。気がするのじゃなく、確実よ」


姉さんが言うので周りを再度確認する。

正面の犠牲を無視して穴を押し広げ、雑魚ゴブリンは背後に回る事を優先していた。

退路を確保した時点で、ゴブリンリーダーを盾にして森の中に敗走するつもりか?

そんな策が見えた。

だが、圧倒的に数が少ない冒険者は一度空いた穴を埋められない。

逃がさないよ。


今ならハイゴブリンもこちらを気にする事ができない。

なら、ライフル級で十分だ。

俺には強面で眉毛が厚い超A級狙撃手のように一発で仕留める自信はない。

だから、散弾だ。

俺は右のポケットから鉄球を5個取り出した。

身を隠しつつ、手を翳して11枚の加速板を並べて狙い定めた。

距離は400m。

頭の中で放物線を描いた計算式を解いて誤差を修正する。


ナイスミドルがゴブリンリーダーの攻撃を巧く避けて、ハイゴブリンの懐に入った。

うおぉぉぉ、気合いでハイゴブリンに斬り掛かる。

が、やはり大盾で受け止められた。

ゴブリンリーダーが背後から攻撃を加えたので、ナイスミドルが回避に気を取られるとハイゴブリンの鎚矛メイスが頭上から襲って来た。

ヤバいと感じたのか、ナイスミドルが後ろに飛んだ。

鎚矛メイスが地面を抉って土埃つちぼこりを上げた。


“今だ!”


手に持っていた鉄球を加速板に投げ入れる。

ズボッっと小さな音を残して、時速1474.56kmで小さな鉄球がハイゴブリンを目掛けて飛んで行った。

ラッキー!

頭と胸に合計3発が当たって血飛沫が見えた。


後ろに飛んだナイスミドルは三方から待ち構えていたゴブリンが槍を躱さなければならない。

バスターソードを振り回して2本を捌いたが、一本が脇腹を捉えた。

ナイスミドルが吠える。

返すバスターソードで脇腹を刺したゴブリンをミンチにすると、槍を強引に抜いて、再度、ハイゴブリンに挑んだ。

うおぉぉぉ、痛みを忘れる為に声を上げたのか?

固まっているハイゴブリンの胸を突き刺して止めを刺してくれた。


「姉さん。終わりです」

「そうみたいね」

「アル。これからどうするんだ?」

「もちろん、見つからない内に撤収です」


背負子しょいこを背負い直すと、見つからないように断崖の少し奥を歩いて川沿いを降って戻って行った。

実は、この世界にはステータス画面というシステムがある。

ゲームか?

そう叫びたくなる神々の恩恵ギフトだ。

この時点で俺は見た事も聞いた事もなかったのだ。

だが、俺達三人のステータス画面には、ゴブリンを1,000匹以上倒した者に送られる『ゴブリンスレイヤー』の称号が示された事にまったく気付いていなかった。

俺にはまったく恩恵ギフトがなかったからね。


「さぁ、明日から薬草摘みの再開です」

「おい、休ませてくれ」

「あと10日ほどで5回の貢献度を上げないと、肉が手に入らなくなりますよ」

「それは駄目だ。肉は食いたい」

「なら、頑張りましょう。姉さんもそれでいいですね」

「もちろんよ」


まさか、明日から城壁の外に出られないとは思っていなかった。

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