第33話 黄金の粉、その名は悪魔。女性を誘惑する敵

「アル様、宜しくお願い致します」

「任せよ。エロイムエッサイム エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」


悪魔を呼び出す呪文を唱えた。

担当官さんが俺を祈るように跪いて待っていた。

目の前に現れたのは黄金の悪魔、砂糖擬きだ。

そのサラサラさに目を輝かせた。


夏、秋、冬前の魔術士の来襲を防いだ担当官さんは、冬の社交シーズンに突入して、俺の家に飛び込んで来た。

何故かあると俺に助けを求めてくる。

下級貴族の担当官さんが平民以下の子供にだ。


『アル君、助けて下さい!』


突然、馬車を家に横付けにしてやって来た。

ご近所さんもびっくりだ。

馬車なんて貴族様しか乗らない。

担当官さんは最初から貴族です。


ご近所さんは二度びっくりした。

役所の制服を着ていても、平民だと誰もが思っていたからだ。

貴族様は下層民の所に来る訳がない。


何度も母さんは説明したが、何度も奥さん方も聞き直した。

流石、度々馬車が止まるようになると、もう母さんに事情を聞きに来なくなった。

慣れたようだ。

適性は遅いようでは下層に住めない。


何でも昇進したらしく、担当官さんは夏から秋に掛けて課長から馬車を使うように命じられた。

それで東通りの店の正面に馬車が止めれば大騒ぎだった訳だ。


「何ですか?」

「領主夫人様のお茶会に誘われたのよ」

「おめでとうございます」

「おめでとうじゃないのよ。お土産が無くて困っているの」


お茶会に向かう時は手ブラでは失礼になるらしい。

高くもなく、安くも無い。

それでいて、喜ばれる品を贈るのが礼儀らしい。

定番はハンカチなどの小物であり、派手な人は絵画などを贈る。

東のガラス細工や西の工芸品も定番だ。


「そんな物を買う余裕などありません。ウチは貧乏な貴族なの」


担当官さんと旦那の給与を合わせると、月に金貨4枚しかないらしい。

き、金貨4枚だと・・・・・・・・・・・・!?

銅貨1枚で芋6個を100円と仮定する。

銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10で小金貨1枚、小金貨30枚で金貨1枚だ。

つまり、金貨1枚で300万円だ。

金貨4枚ならば、月収1,200万円 (年収1億4,400万円)になる。


“なんじゃそりゃ!”


それで貧乏なのか?

ご近所の月収は銀貨4枚 (4万円)だ。

親父は店をしていて、銀貨9枚程度 (9万円)

金貨4枚 (月収1億4,400万円)も貰って、貧乏って格差社会が酷すぎるだろう。


「課長職に就くと金貨100枚ですよ。そんな人らと付き合えません」

「付き合わなければいいでしょう」

「誰の所為だと思っていますか?」


俺の頼みで、開発課、商業課、農業課、衛生課 (植林など担当)、教会と交渉の窓口に立たされているので、その課長夫人とも付き合う羽目になったそうだ。

そして遂に、領主夫人のお茶会に誘われた。


「責任取って下さい」


これまでは俺が提唱した『ダイエットクッキー』で誤魔化してきた。

ダイエットとは砂糖を減らしたクッキーの事だ。

砂糖は高いので小麦から作った水飴を代用して作ったクッキーが好評だった。

しかし、領主夫人の同じお土産を送るのは失礼にあたる。


「責任、責任、責任を取って下さい」


泣いてすり寄られた。

仕方ない。

俺が提供したのはモンブランケーキだ。


モンブランケーキを作ったのは担当官さんの家に勤める侍女だ。

栗に似た味のタリルという実を潰し、芋から作った水飴を凝縮して混ぜた素材を提供した。

モンブランケーキとは呼ばず、タリルケーキと呼んだ。

こうして、ダイエットケーキは大好評だった。


好評過ぎて、他の夫人のお茶会に呼ばれるようになったらしいが、それは俺の所為ではない。

沢山食べれば、ダイエットにならんぞ。

ダイエットに失敗しても責任を持たないと念を押した。


さて、水飴をウチで作ると芋を使用する事になる。

ウチに芋しか在庫がない。

小麦なんて高くて買えない。

我が家の主食はキビによく似た雑穀だった。


この芋から木の魔法と水の魔法を使うと水飴を作る時間が短縮できるのだが、母さんが禁止した。

多くの芋を消費する水飴は勿体ないから駄目だそうだ。

地下の冷蔵庫に大量に保管して、売るほどあるのだが駄目なモノは駄目なのだ。

加えて、芋で作る水飴は芋臭い。

石灰などを使って濾過すれば、臭みはなくなるが、それはもう水飴ではなく、砂糖ではなかろうか?


そういう訳で、次回から水飴は用意して貰った。

侍女さんが小麦から水飴を作った。

俺はその水飴を乾燥させて黄金の砂糖擬きを作り上げる事だ。

砂糖の代わりに使うと、柔らかい甘みに抑えられる。

我が家で作る芋臭いミルクレープではない。

素材の味を味わえるケーキだ。

侍女さんはイチゴショートも作ったらしい。

領地の夫人方々はダイエットケーキが大ブームになっていた。


「水飴を直接に使った方が楽と思いますよ」

「それはもう試しました。食感が均一にならないので駄目だったそうです」

「まぁ、俺は手間賃さえ貰えればいいですけどね」


ケーキの出来を良くする為に、俺の乾燥が欠かせないらしい。

お土産に小麦粉から作った水飴を貰って兄らと姉さんが喜んでいる。

懐柔済みなので引き受けている。


先日は、侍女さんの水飴製造が間に合わないと泣き付かれ、菓子工房に水飴の生産を頼めばいいとアドバイスを送った。

今度は、ケーキレシピが尽きたとやって来たとアイスのレシピを公開した。

すでに在ったと思うけどね。

冬場ならば、途中で解ける心配もない。


シュークリームを始め、クリームの部分をアイスに替えるだけで食感が変わる。

今までのケーキレシピが再利用できる。

もちろん、アイスを作る所で水飴を使う事で“ダイエットアイス”だ。

毎週、毎週、追加の水飴って食べ過ぎじゃないか?

本当にダイエットなるかは責任を持たないぞ。

こうして今日も水飴を持って、担当官さんがやって来た。


「先生。お願い致します」

「任せなさい。エロイムエッサイム エロイムエッサイム 我は求め訴えたり」


最近、ちょっと悪乗りをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る