第16話 乙女の花園
菜の花畑に息を呑んだ。
一面に黄色い花が咲いていた。
これが秘密の花園か。
姉さんがお土産に菜の花を摘んで来て、塩汁にその葉っぱが入っていた。
天ぷらにするとサクサクして美味しい。
そう想像すると
美しい景色を眺めて食欲が湧くとは、俺もこの世界に馴染んできたと思う。
「ア~ル、綺麗でしょう」
「凄く綺麗」
「私の花園なのよ。お母さんにも内緒よ」
「うん」
家の南側に草むらが広がっている。
草むらに抜けると空き地があり、そこが子供らの遊び場だった。
さらに奥の草むらを進むと一角に花園が広がっていた。
黄色い花が咲き乱れ、春風に靡いて揺れていた。
最近、俺は姉が出掛けている日に魔法の特訓をしている。
夜中に布団の中で光の魔法や部屋中に浄化の魔法を掛けているが、実践的な魔法を家の中で使えない。
姉の目を盗んでの特訓だった。
だが、姉も俺が家から抜け出しているのを承知していた。
「ア~ル、今日はお外に散歩に行きましょう」
「はい」
「ア~ルは良い子ね。お姉ちゃんがお外に連れて行ってあげるから、一人で出ちゃダメだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ダメよ」
「はい」
ほっぺたに手が伸びそうだったので急いで返事した。
危なかった。
どうやら姉は俺が町を探検しに外へ出たがっていると思ったみたいだ。
姉さんや下兄じゃない。
だが、そう答えて、この町の事を魔術士に聞いただけで見ていなかった事に気づいた。
知らない事が多い。
俺ら住んでいる居住区と呼ばれる所の南に空き地があるとは知らなかった。
倉庫街は家の場所よりかなり南の方まで伸びている。
そう考えると南の空き地は居住区がスッポリと入るくらいの大きい事が推測される。
「南の空き地ですか?」
「はい」
「それは19区以降の居住区予定地です」
「まだ、広げるのですか?」
「当分、広げる予定はありません」
その日、担当官さんに聞いてみた。
姉さんが花園をバラすのではないかとじっと睨んでいた。
菜の花の事は言わないよ。
他に考えている事があるんだ。
領主様は人口が3万人の城壁町をもっと大きな町にするつもりでいた。
だが、この辺りは東からも魔物が出現し、開拓が中々巧く進んでいないそうだ。
この為に成長できていない。
だから、中央区や商業区でも空き地が多い儘だそうだ。
俺達が住む居住区の18区も埋まっていない。
ウチの靴屋が儲からないのは人口が増えていないのもありそうだ。
「空き地を畑として使っても叱られませんか?」
「う~~~ん、どうだろう?」
「ウチの食を改善する為に芋とか、野菜などを育てたいです」
「そうね。確かに必要ね。判ったわ。許可は下りないと思うけど、開発課の先輩に話を通しておく。叱られる事はないようにしておくわ」
「ありがとうございます」
「その代わりにノルマ追加ね。頑張って13巻を書き終えて頂戴」
「はい」
担当官さんは異世界の文庫の為ならば、何でも言う事を聞いてくれる。
俺のヤル気を無くさない為に必死だ。
我が家の食事事情は厳しい。
俺が銀貨10枚も稼いでいるのに月の半分を過ぎると煮込み芋と塩汁になる。
担当官さんの差し入れで何とか凌いでいる。
親父の収入は月に銀貨9枚だ。
少ないと思っていたが、近所の収入は銀貨5枚程度で断然多かった。
子供が家事手伝いをできるようになると、奥さんも工場や工房に働きに出て銀貨3枚から4枚を稼ぎ、ウチと同じ位になる。
母さんは親父の手伝いもしているが家事もしている。
親父の稼ぎは悪い訳ではなかった。
悪いのは親父が売れもしない革靴を作って店先に展示している事だ。
革靴の材料費の為に家計費を削った。
我が家の台所は火の車だ。
革靴が売れれば、一気に取り戻せると夢を見ていた。
5歳になると教会の学校に通うようになるが、子供を通わせるには銀貨1枚の寄付か、それと同等の労働力を教会に奉仕せねばならない。
ウチにはそんな余裕がなかった。
もちろん、母さんは教会に奉仕に行けない。
寄付が出来ないので5歳になった上の兄は学校にやらない予定だったと言う。
来年になると下の兄も学校に通う年になる。
学校では昼食が出る。
上の兄と下の兄の二人分の昼代が浮けば、月に銀貨1枚の寄付をしても元が取れると、かなりセコイ事を母さんは考えていた。
だがしかし、予定が変わった。
俺が銀貨10枚を稼ぐようになると、母さんが喜んで感謝とキスの嵐を降らした。
毎月、銀貨1枚の寄付をして上の兄が学校に通わせる事になった。
お昼のスープに肉が入っていたと上の兄が自慢し、下の兄が羨ましがる。
飽きずに同じような会話が続く。
さて、改善したハズの我が家の家計は再び悪化する。
親父の悪癖が悪化した。
売れもしないのに、より良い材料を求めて買った。
良い皮には良い油もいる。
整備用具もいる。
家事費をくすねるので、月も半ばを越える貯金が底を付き、食事が芋と塩汁のみなる。
食の改善が必須だった。
料理レシピを一枚、二枚多く書いても改善すると思えない。
「姉さん、花園に行きたいです」
「ア~ルに気にいったの。いいわよ。行きましょう」
二人で手を繋いで草むらの中を抜けて行く。
子供らの遊び場を奥に進むと菜の花畑に到着だ。
俺は菜の花畑の外側の草むらに移動した。
「ア~ル、何をするの?」
「菜の花畑を広げます」
「もっと大きくするの?」
「姉さんの菜の花畑をもっともっと大きな畑にします」
手を翳し、指輪に魔力を注ぎ、風の魔法陣を手の平の前に愚見化する。
姉さんがきょとんとした顔になる。
俺は高速詠唱ではなく、短文詠唱を声に出して叫ぶ。
“風の精霊よ。
我の願いを聞き給え。
すべてを切り裂く風の刃よ。
立ちはだかるモノを引き裂け。
ウインドカッター”
白い刃で地面スレスレに出現すると、雑草らを一瞬でなぎ倒す。
まるで積み木倒しのようのバタバタと倒れていった。
きょとんとした顔から目を丸くした。
「えぇ、えぇ、え~~~~~っと、どうなっているの?」
「これは魔法です」
「ア~ル、凄い、凄い、凄い、凄い!」
凄いと言う度に姉さんがぴょんぴょんと跳ねた。
そして、力の限りにぎゅっと抱き締めてきた。
まるで万力だ。
ぐげぇ、潰される。
「姉さん、痛い。痛い」
「ごめん。大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
中身が出るかと思った。
それから数日は雑草を刈り続け、枯れて良い感じ乾燥した所で火を付けて燃やした。
焼き畑だ。
もちろん、担当官さんには事前に知らせたので問題なかった。
『ティンク君、無償で草刈りをしてくれる冒険者を見つけたそうだな。お手柄だ』
『そんな事はありません』
『この調子で予定地を更地に戻して貰うように頼んでくれ』
『了解しました。ただ、宅地が始まるまで一部を畑として使いたいそうですので、ご了承下さい』
『ははは、雑草の駆除をしてくれるならば許可しよう』
『ありがとうございます』
こんな感じで除草する許可を取って来てくれた。
畑として使える期間は開発が再開されるまでだ。
この町には予算がないので5年以内に再開される予定はないので安心だ。
問題は焼き畑をしていると子供らが寄って来た。
「おい、俺の土地で何をしている」
「ここは私の花園よ」
「ここは全部、俺のモノだ」
「私のモノよ」
出会って3秒で決闘だ。
二人が走り出して巨大なキャップファイヤーをバックに体の大きなガキ大将と姉さんが戦った。
俺が介入する暇もなかった。
黙々と上がる煙の下でガキ大将の突撃攻撃と姉さんのヒットアンドウェイ攻撃が交差する。
拮抗した闘いであった。
「ねぇ、ねぇ、これ何しているの?」
「焼き畑です」
「やきはたって何?」
「この後の芋や豆を植えて育てます」
えっ?
後ろで聞いていた大きな子が少し疑問の声が上げる。
大きな子と言っても7歳くらいだ。
8歳になると奉公に出されるか、職人に弟子入りして修行が始まる。
子供として遊べる期間は短い。
疑っている目だ。
俺は出し惜しみせずに魔法を見せた。
風の刃で草むらを倒し、大地の魔法で土を耕す。
その後にゴロゴロと石ころが排出された。
石を運ぶのが面倒だな。
刈った草を一ヶ所に姉さんと一緒に集めたが面倒だった。
草の次は石ころか。
「手伝ってくれませんか? 出来た芋や野菜を分けて上げます」
「やる。お芋好き」
「私も」
「おれも」
「勝手に畑を作って怒らないの?」
大きい子らしい尤もな意見だ。
俺は担当官さんから貰った除草の許可書を見せた。
役所の印が押されている。
「手伝う。よろしく頼む」
「あれはいいのですか?」
俺は姉さんと戦っている奴を見る。
戦っているガキ大将を無視して決めて問題ないか聞いておく。
だが、返事は意外だった。
「俺はあいつの仲間じゃない」
「俺もだ」
「あいつが勝手に言っているだけだ」
「何かして来たら兄貴を呼ぶ」
この中ではガキ大将が一番強いみたいだが、リーダーという訳でもないらしい。
報復する手段があるらしく、三人は別グループを形成していた。
人手を確保した。
「ア~ル、勝ったわよ。
ガキ大将が息を切らして倒れていた。
姉さんは11区の子供らに加えて、新たな子分を手に入れたみたいだった。
清々し笑顔で俺に微笑んでいる。
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